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永遠を生きる異形と「運命の申し子」の少女の物語  作者: 相沢龍華
第三章 魔術・世界についてと王国の歴史や現状、三人の選択
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バレル様が起こした騒動1

前回言っていた一部三章~四章間の話です。誤字脱字等あれば報告お願いいたします。

 バレル様とイリオス様がマスターになって二年ぐらい経ったある日のこと。その日はお昼ご飯を食べた後、父様とお勉強をしてた。

 父様は長いお休みをもらって私と一緒にいられるようにしてくれた。そして色んなことを教えてくれて、できるとたくさんほめてくれるからうれしい。できなくてもまだはやかったんだな、しかたないと言って、優しく頭を撫でてくれた……。できなかったら怒鳴られて、殴られて当然なのに、どうして父様は頭を撫でてくれるんだろう。


 たまに夢を見る。知らない誰かが、自分から言い出したことなのにどうしてできないんだと怒鳴っている。その誰かは私のことを殴る。……そんな夢を見た時は、父様のお部屋に行った。私が行くと、父様はいつも起きていて、私のことを抱きしめてくれた。怖い夢を見たんだなと言って、頭を撫でてくれる。どうして私にそんなことをしてくれるのか分からない……。



 そう考えていると、父様が心配そうな顔をして私のことを見てた。


「どうしたんだヨル。そんな顔をして。何か不安なことがあるのか?」


 ―ううん。何でもないの。大丈夫。



 言えないよ。言えない。……言ったら父様のこと困らせちゃう。困らせちゃいけない。わがまま言っちゃいけない。甘えちゃいけない。迷惑でしかないから。迷惑をかけちゃいけない。いい子でいなくちゃいけない。だって、だっていい子じゃなかったら。……ここにはいられない……。



「こんな時……アルバートがいてくれればいいんだがな……。……くそっ。どうしてあのバカには素直に甘えているのに、お父さんには甘えてきてくれないんだ!あの野郎、俺の娘を誑かすとはいい度胸をしているじゃないか……!どうしてくれようか。……俺とあのバカの何が違うというんだ……俺の方があのバカよりも傍にいるというのに!」


 父様はこぶしを握り締めてそんなことを言い出した。



 ……父様?



「ヨル……お父さんとあのバカ……アルバートと、どっちが好きだ?」



 えっ。どうしてその流れでそんな質問が来るの?どっちも好きだけど、そう言ったら言ったで答えになってないだろうし、バレル様の方が好きって言ったら父様怒るだろうし、でも父様の方が好きって言ったらそれはそれでバレル様に何かしそうな気がする……。うーん。うー……ん……。どうしよう。困っちゃったなあ。



 私がそう考えて悩んでいると、父様は何かに気付いたのか、魔術構造を取り出している。そこには誰かがうつっていた。


『ハインリヒ卿、お手数をおかけしますが学院に来ていただけないでしょうか。バレル殿が自分を捕まえなければ仕事をしないなどと言いだして逃げ回っているのです、彼を捕まえるのを手伝っていただきたい……!』

「断る。俺は今娘に勉強を教えているところなんだ、なんであんな奴のために時間を割かねばならん!!」

『し、しかし、我々の手では―』


 そこで父様はその映像を切断した。そして何事もなかったように言う。


「……ヨル。勉強の続きをしようか。」


 私は紙に書いて聞いてみる。


 ―いいの?


「いいんだ、ヨルは気にしなくていい。あのバカのことなど知らん!」


 と、そこでまた魔術構造が起動した。今度はイリオス様がうつっている。


『あー……ディートハルト、ヨルと過ごしているところ悪いんだけどさ、アルバートのこと何とかしてくれないかな……。私まで駆り出されているのに全然捕まらないんだよ……。もうずっと、彼の高笑いがどこかしらから響き渡っていてさ……、他に仕事をしている上級魔道士の人たちにも多大な迷惑をかけているんだ……。』


 イリオス様は何だか疲れ切ってる……。


「ツウェルツ……。あいつ……、人に迷惑をかけるのもいい加減にしろよ!」

『その通りだと思うよ……。もう……、もう、ね……。いい加減落ち着いてほしいんだけどね……。ははははは……。』


 イリオス様の乾いた笑い声が聞こえてくる……。そんな様子を見て、父様は目を閉じてこめかみの辺りを押さえて唸った後言う。


「……仕方ない。行くとしよう。準備をする、待っててくれ。」

『本当かい!?ありがとうディートハルト!!あっ!!待てこの―』


 そして騒がしくなったかと思うと映像が途切れた。父様はため息をつきつつ言う。


「というわけでな、今日の勉強はここまでにしようか。俺はこれから、学院に行かないといけなくなった……。……なんなら、ヨルも一緒に来るか?」


 ―うん。一人は寂しいから、行っていいなら行きたい。


「そうか、分かった。じゃあいっしょに行こうか。お気に入りの縫いぐるみも持って、な?」


 ―はーい!



 あ。何だかうやむやになっちゃった。でもいっか。



 私は父様に抱きかかえられて、自分の部屋に行って、置いてあった犬の縫いぐるみを抱きしめる。そのまま、私は父様と一緒に学院に行くことになった。


 門をくぐって、学院についた。中に入ると、なんだかあわただしい。


「ハインリヒ!来てくれたんだな、ありがとう!!」


 一人がそう言って、走り寄ってきた。


「ハンスか。アルバートは?」



父様の知り合いの人なのかな?



「あいつ、あちこち逃げ回ったり隠れたりを繰り返していて手に負えないんだ。見つけても転移魔術で逃げやがる!!」

「あのバカは……!転移魔術を何に使っているんだ……!!……仕方がない。俺に考えがある。少し待ってくれるか?」

「ああ。もう、自分たちでは手に負えないんだ……。」


 その男の人は何だか疲れ果ててるみたい。すると父様は思い出したかのように言う。


「……ところで、ハンス。この時間帯って講義があったような気がするんだが。」

「そうなんだが……自分もその講義を取っていたんだがな、担当官がアルバートの捜索と捕獲に駆り出されて休講になったんだよ……。それで、同期のよしみで自分も捜索に加わっているんだ……。」

「あいつ……。何をやってるんだ本当に……。」

「お前の言う通りだと思うぞ……。」


 そして、父様は私に言った。


「ヨル、すまないがこの先の中庭にある噴水で待っていてくれないか?あそこは分かりやすいし、誰かを待っているにはいい場所なんだ。」


 父様からもらったスケッチブックの紙にペンで文字を書いて見せる。


 ―うん。いいよ。でもどうして?


「ありがとう。……アルバートを捕まえたら行くから、あそこから動かないでくれないか。学院は複雑でな、迷いやすいんだ。前に来たときは、任命式の参加だけであまり中に入らなかったしな。あのバカを探すとなれば、あちこち探し回らないといけない。そのせいではぐれると大変だからな。」


 ―そっか、バレル様を探しているのに、私まで探さないといけなくなっちゃったら大変だもんね。


 私は納得してうんうん、と頷く。そんな私の様子を父様は笑って見てる。


「よし、じゃあ行こうか。」


 そう言って、父様は歩き出した。ハンスという人もついてくる。


「その子がお前の娘か?」

「ああ。かわいいだろう。血のつながりはないが、それでも俺にとってはかわいい一人娘だよ。魔術の才能も有り、俺がいろいろと教えると、キラキラした目で嬉しそうに俺のことを見てくるんだ、その姿がまたかわいくてだな……。」


 父様はにこやかな笑顔を浮かべながらしみじみとそんなことを言ってる……。


「はは、お前もすっかりいい父親になったな。お前のそんな姿を見ることになるとは思わなかったよ。だが、自分の娘だって負けていないぞ。最近生まれたばかりなんだが、かわいくて仕方がない。家に帰ってきて、娘の寝顔を見ると疲れなんて吹き飛ぶよ。」

「分かる。分かるぞ。娘の寝顔は、何物にも代えがたい宝だよな。」


 父様はそう言って、うんうん、と頷いている。



 えっ。と、父様……?いつ見に来てたんだろう、全然気が付かなかった……。私、ちょっとの物音ですぐ起きちゃうんだけどな……。



「分かってくれてうれしいよ。同期で結婚してるの、今のところ自分だけだからなあ。最も自分の場合は、学院に入学する前に働いていた時の職場の同僚だったんだが。学院だと、あまりそういう縁はないよな……。」


 ハンスさんは何だか悩ましげにしてるみたい。すると父様も同意するように言った。


「まあ、な。そもそも今のマスター二人が独身だからな。あいつらは女に縁とかなさそうだが。正直、どっちかがヨルの婿にでもなってくれればいいんだが。わけのわからん有象無象の貴族どもの所なんかより、あいつらの方がずっとましだ。貴族など、元平民のくせに偉そうにするなとか平気で言うに決まっているからな。無論、俺の娘にそんなことを言うような貴族は抹殺してやるが。」


 父様はさらっととんでもないことを言い出した。



 ま……まっさつ……?



「いや……さすがにそれはな、年齢がな。20くらい離れてるだろう。あの二人もお前も、いつまでたっても年を取らないから、年齢がさっぱり分からないんだが。」

「俺は28だよ。アルバートも俺と同じくらいだろう。ただあいつ、出生に関しては自分でもよく分かっていないようだから、実際のところは年齢不詳だが。ツウェルツは俺の4つ下だから、24か。」

「そんな風には見えないよ、まったく……。いつまでも若々しくてうらやましい。自分なんて、もう32だ。もともと入学した年齢が遅かったが、それでもいまだ上級に上がれていない。子のためにも、もっと頑張らないとな……。」

「大丈夫さ、お前の実力ならそろそろ上がれるだろう。他の同期連中はどんな感じだ?今も、集まって飯とか食ってるのか?」

「いや、最近はやってないよ。同期の中にも、何人か上級に昇格したやつがいるし、それにアルバートもツウェルツもマスターになってしまったからな。まあ……そりゃ、集まれればいいとは思ってるけどさ。お前は娘がいるし、自分にも娘ができたし。だんだん疎遠になっていくかと思うと、少し寂しいよ。」


 ハンスさんはどこか寂しそうにそう言った。父様もそれに同意してる。


「そうだな。今のところはみな本部にいるが、上級に昇格したら支部に転属になるかもしれないし、王都周辺の出身じゃないレオンやカミルなんかは故郷の支部で働くことを選ぶかもしれないしな……。」



 地方ごとに街があって、そのそれぞれに学院があるってことなのかな?あんまり意識したことがなかったけど。王都には本部?で主要な街には支部?が置かれてるのかな。



「ああ。全員が上級に上がれたら、昇格祝いをしないかという話は上がってるんだが。その時は、お前もその子を連れて参加してくれないか。正直、みんな気になっているんだよ、お前が育てているという娘がどんな子なのかな。娘のために休職すると聞いて、みんなあのハインリヒが!?と驚いてたぞ。」


 その人はそう言って笑ってる。父様はそれを聞いてため息をついている。


「あいつら……俺をなんだと思っているんだ。ま、考えておくよ。だが、ヨルは人見知りする方でな。というより、未だ……大人が怖いんだろう。俺たち三人には慣れたが、それでもこの子が負った心の傷は未だ癒えていない。まだ話せないんだよ、あの事件から何年も経つのに。」


 父様はそっと、やさしく頭を撫でてくれる。


「焦っても仕方がないとは思っている。それでも……親としての愛情が足りてないんじゃないかと……そう思わされるよ……。」


 私は父様に抱きついて、頬を摺り寄せる。



 そんなことない。父様はいっぱい、私のこと愛してくれてる。だって、私ができなくても、許してくれるもの。まだはやかったな、焦らなくていいから自分のできることから積み重ねていこうな、って言ってくれる。あれらとは大違い。



「ヨル……。ありがとう。」


 父様は嬉しそうに微笑んでる。私も嬉しくてにこにこしてると、父様は頭を撫でてくれた。


「ハインリヒ、お前のそんな表情、初めて見たよ。お前、ホント雰囲気変わったよな。穏やかになった。ま、今休職中だもんな。仕事のことを忘れて娘とゆっくり過ごしていれば、そんな雰囲気にもなるか。」


 ハンスさんはどこか納得したように頷いた後、懐かしそうに言う。


「それにピリピリもするわな。お前は自分たちとは背負ってるものが違うし。最初の方は、イリオスも割とお前と似たような感じだったよ。お前とアルバートの二人と仲良くなってから、穏やかになったけどな。ぽつぽつ、自分や他の同期とも話してくれるようになった。頑なだったあいつの心をお前たち二人は強引ではあったが解きほぐしたわけだ。……すごいと思うよ。」


 ハンスさんはどこか嬉しそうに笑っている。


「あいつもだったのか。……ま、あいつ部屋を追い出されたり、上級生に絡まれたり、話したくもない戦争のことを無理やり聞き出そうとしてくる連中もいたりと、かなりきつい目に遭ってきたからな。そうなるのも仕方ないか。」

「自分もそう思うよ。……イリオスは……戦争が始まった時、たった11だった。それから5年という期間をずっと戦場で過ごしてきた。本来なら、同じ年ごろの子供たちと共に学んでいる時期だろう。そしてもっとも多感な時期でもある。……そんな……そんなころから戦場で人を殺さなくてはならなかったんだ。……話せるわけがないだろうに……。」


 ハンスさんは苦虫を噛み潰したような表情をしている。



 この人は父様の同期?ってことは、イリオス様ともそうだってことなんだよね。他にも同期の人がいるのかな?……イリオス様は……どれだけ苦しんだんだろう……。



「それを理解できん連中はいくらでもいるんだよ。後方支援部隊を指揮していた俺でさえ、あの戦争のことを話そうとは思わない。戦場に身を置いていたツウェルツならなおさらだ。それをにやにやと笑いながら聞き出そうとするなど、言語道断だ。その時のあいつは、とても苦しそうだった。だから俺は言ってやったよ、戦争のことを聞きたいのなら死んだ連中に会って聞いてこい、いくらでも話を聞かせてくれるだろうさとな?」


 父様は当時のことを思い出してか、なんだが悪そうな顔をしてくつくつと笑ってる……。


「ああ……そうだったな……。お前はあいつらにそんな感じのこと言ってたよな……。……そのあとそいつらみんな行方不明になったよな……。ははは。まあ……自業自得さ……うん……。」


 ハンスさんは父様から目を逸らしてそんなことを言い出した。


「……おい、ハンス。なんだその反応は?」

「自分は何も見ていないぞ。うん……。……思えば、そんな連中はみな、学院からいなくなったんだよな……。」


 ハンスさんは遠い目をしてため息ついてる。そして何かを振り払うように首を二、三度横に振った後言う。


「ツウェルツの部屋のやつらは授業に追いつけなくなったのと、素行の悪さも加わって、授業料を払えなくなって結局退学。戦争のことを聞いてきた奴らは行方不明。上級生も気付けばみな、彼に絡むことをしなくなった。すぐに昇格したのもあるんだろうけどな。」

「ああ。あの時の上級生の顔は見ものだったよ。自分たちが何年かかっても昇格できないでいるのに、あとから入った人間にあっさり先を越されるなんて、どんな気分だったろうな?」


 父様はおかしそうに笑っている。


「あとは俺とアルバートで、色々としたからな。あいつら、俺たちにまで絡んできて面倒だったんだよ。公爵家の人間に対する口の利き方がなってなかったからな、思い知らせてやったのさ。」

「自分は遠巻きにお前たちと上級生とかのやりとりを見たことがあるが、やりすぎじゃないか?……お前はすごいよ、本当に。のらりくらりと相手を丁寧な言葉で煽って、相手が激高したら怯えてみせる。それを多くの人が見ているところでやるんだからな。しかも平然とそんなこと言っていませんよ、聞き違いでしょう、としらばっくれるんだから……。」



 父様……。……そんなことやってたんだ……。



「はは、そうか?実際のところ、俺はもっと上の人間を知ってるからな。俺の祖父とかな。」

「ああ……はは……なるほど……。お前の気質は、その人譲りなんだな……。」



 父様のおじいさんってどんな人だったんだろう……。父様によく似ている肖像画があるけどあの人なのかな?瞳が青くて、あごにおひげが生えてる人の肖像画、飾ってあるんだよね。いつか聞いてみよう。



 話していると、中庭と思われる場所についた。真ん中には大きな噴水があって、座るところもある。父様は私をそこに下ろすと、頭を撫でて言った。


「すまんな、ヨル。こんな場所に一人きりにするのは心苦しいんだ、俺だってお前と離れたくはない。だがあのバカを何とかしないといけないんだよ、困ったことにな。でないと、お前と過ごす時間がさらに減るかもしれないからな。」


 スケッチブックに文字を書いて、父様に見せる。


 ―父様、お仕事頑張ってね。私ちゃんとここで賢く待ってるから。


「仕事、か。……あのバカの相手が仕事とか、考えたくもないぞ……。ま、すぐに戻るさ、心配するな。」


 そう言って、父様はハンスという人と一緒に行ってしまった。



 父様大変だなあ。せっかくのお休みなのに、呼び出されて。むー。もっと一緒にいたいのに。



 私は縫いぐるみを抱きしめる。



 バレル様何やってるんだろう……。お仕事投げ出して、みんなに迷惑かけて逃げ回るなんて、大人としてどうなのかなあ。



 私はそんなことを考えてしまった。


「ん?ヨルではないか。どうしてこんなところにおるのだ?」


 と、そこにバレル様が通りかかって、話しかけてきた。


 ―父様を待ってるの。お休みだったのに呼び出されて、一人にするのも、って言われたからついてきたの。


「あやつ……娘を放り出して何をやっておるのだ、全く。」



 そんな状況になったのはバレル様のせいなんだけどな。むー……。



 私がそんなことを考えていると、バレル様は隣に座ってくる。


「……あやつが戻ってくるまで、傍にいるよ。一人では寂しいであろう?」


 バレル様は私の頭をなでながらそう言ってくれた。ふと視線を感じて、そっちの方に目を向けると、父様が隠れている。



 あれ?どうしたんだろう?



 と、頭に声が響いてきた。


『ヨル。アルバートを捕まえるのを手伝ってくれないか?具体的には、そのバカをそこから動けないようにしてくれ。』



 これ、念話の魔術だっけ?



 私はそう考えた後、頷く。



 ちゃんとお仕事はしないと駄目だもんね。



 私はバレル様にくっついて、膝の上に座る。そして、バレル様のことを見上げながら、腕に触れる。


「ん?どうしたのだヨル。ああ、こうしてほしいのか?」


 そう言って、バレル様は縫いぐるみごと、私を後ろから抱きしめてくれる。



 よし。これで両手もふさがってるし、何かあっても逃げられないよね。



「はは、ヨルは甘えん坊だなあ。んー?」



 バレル様は私の頭をなでながらそんなことを言ってる。私は父様の方をちらり、とみて頷く。


「ヨル?どうしたのだ?」

「……よし、あのバカを捕まえるぞ!」


 父様の声が響いて、何人かの人たちが姿を現す。そこには、イリオス様の姿もあった。


「いい加減観念してくれないかな。もう逃げられないよ。」

「ふん、甘いぞ。我には転移魔術があるのだからな!」


 そう言ったバレル様の手を握る。


「……ヨル?」


 私はその手にかみついた。


「い、痛いぞ、何をするのだ?」


 私はじとーっとバレル様のことを見つめる。


「な、なんだ、なぜそのような目で我を見るのだ。」


 そしてバレル様のほっぺたをぐにーと引っ張った後、バレル様の膝から降りて、一旦縫いぐるみを椅子に置いた後、さらさら、と紙に文字を書いて見せる。


 ―お仕事ちゃんとしない人嫌い。


「ぐはぁ!?」


 バレル様は私の書いた文字を見て精神的なダメージを受けてるみたい。


 ―なんでみんなに迷惑かけるの?ちゃんとお仕事しなきゃダメでしょ?私そんな人嫌い。


 淡々と文字を書いてはバレル様に見せる。


「ヨ、ヨル……。」


 ―まえはバレル様と結婚したいなとか思ってたけどもうしたくない。結婚するなら父様やイリオス様みたいな人の方がいい。


「や、や、やめてくれ、そのようなことを書くのは!!つらい、つらいぞ!!」


 バレル様はそう言って嘆いてる。私はそんな様子を見つつ、椅子に座って縫いぐるみを抱きしめなおす。


「……よし、今のうちだ。やるぞ。」

「うん。これに懲りたらもうこんなことしないで欲しいね。」


 そう言って、父様たちはバレル様のことを捕まえてる。父様はバレル様のこと思い切り蹴飛ばしている……。そのあと、父様が座っている私の所にやってきて、頭をいっぱい撫でてくれた。


「よくやった、ヨル。さすがは俺の娘だ。」


 私は嬉しくなってニコニコとする。すると父様はさらに頭を撫でてくれた。


「よしよし。やはり俺の娘はかわいいな。うん。」


 父様はそう言って頷いている。そんな様子を見たバレル様は声を荒げて言う。


「お、お前、ヨルのことを我をおびき出す餌にしおったな!?」

「……人聞きの悪いことを言うな。ま、ヨルが一人でいたら、お前はのこのこやってくるだろうなとかは思ったが。屋敷に一人寂しくいさせるよりはずっといいだろう。」

「ディートハルトの読み通りだったね。あんなに苦労したのに、あっさりつかまって拍子抜けしたよ。……ところでヨル。アルバートにどんなものを見せていたんだい?彼、かなりショックを受けていたようだけど。」


 イリオス様に言われたので、私はスケッチブックを差し出した。父様も一緒になってのぞき込んでいる。


「うわあ。これはきついね……。娘のように思ってる相手から、嫌いって言われるようなものだからね……。」

「ヨル、嬉しいことを言ってくれるな。お前の選択は間違ってないぞ、うん。そんなバカより、俺と結婚した方がずっと幸せになれるからな。」


 そう言って父様はまた頭を撫でてくれた。イリオス様はそれを返してくれる。



 えへへー。だって、結婚って、好きな人とずっと一緒にいることだもんね。私は父様もイリオス様も大好きだから、ずっと一緒に居たいもん。バレル様は……ちょっと考え直し。一緒に居たいたいけど、でもちゃんとお仕事はしてほしい……。



「いや、さすがにそれはちょっとね。色々……色々問題が……。うん……。」


 イリオス様がそんなことを言い出したので、私はまた文字を書いてみせた。


 ―なんで?結婚って、好きな人とずっと一緒にいることなんでしょ?


「あー……なるほどね。だから、かあ。……ふふ、私は難しく考えすぎてたのかもしれないな。好きな人とずっと一緒にいたいから結婚する。それでいいんだよね。」


 そう言ってイリオス様は微笑んでいる。


「つ、つまり我とはもう一緒にいたくないと!?」


 バレル様はそんなことを言い出した。私は紙に文字を書いて、そっぽを向きながらバレル様に見せる。


 ―これから心を入れ替えてちゃんとお仕事するなら、考え直してもいいよ。


「わ、わかった、もう二度とこのようなことはせぬから!だから我と一緒にいたくないなどと言わないでくれ!!」


 ―仕方ないなあ。もう。


「はは、アルバートも、ヨルにかかれば形無しだね。ま、これからはまじめに仕事をしてくれるようでよかったよ。今回初めてディートハルトの所に連絡が行ったわけだけどさ、この騒動、実を言うと何回もあって困ってたんだよ。いやね、最初は私たちだけで何とかしようと頑張っていたんだよ?だけど、捕まえるたびにさ、だんだん捕まらなくなってきてさ……。君を頼りたくはなかったんだけど、君ならいい案を出してくれるかなって思ってしまって……。」


 イリオス様は疲れ切ったように肩を落として深いため息をついてる。


「おいアルバート。ふざけるなよ。ヨルと過ごす貴重な時間を削りやがって!!」


 それを聞いた父様はバレル様のことを殴っている。


「あだあ!?」

「……お前、また燃やされたいのか?」

「いやそれは勘弁してくれぬか」


 そのやり取りを見たイリオス様は割と冷たい声で言う。


「殴られて当然だと思うよ、というかディートハルトが殴ってなかったら私が殴ってたよ。いい加減人に迷惑をかけるのはやめてくれないかな……。なんで同じマスターである私まで、君の捕り物に付き合わされないといけないんだ。また業務が滞るじゃないか。」

「よいではないか別に。たまには息抜きも必要であろうぞ。」


 ―そういうのは人に迷惑をかけてまでやることじゃないよね?


 私はそう書いてバレル様に見せる。


「うぐっ。そ、それは……。」

「いいぞヨル、もっと言ってやれ。」


 ―バレル様……さいてい。


 それを見たバレル様は、がくりとうなだれている。そんな様子をイリオス様はちらりと見た後、そのことには触れずに父様に言う。


「ところでディートハルト、君、これからどうするんだい?」

「ん?……どうせ学院に来たんだ、今日はこいつが仕事をさぼらないかヨルと一緒に監視することにするさ。ヨル、おいで。」


 父様はそう言ってかがんで手招きしてくれているので父様の所に行くと、また抱き上げてくれた。



 はぐれちゃうと大変だもんね。



「じゃあ私は仕事に戻るよ。……ヨル、またね。」


 私がイリオス様に手を振ると、イリオス様も手を振り返してくれた。そしてイリオス様は歩いて行った。

あと四つあるので近いうちに投稿します。

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