アルバート・バレルとの正式な出会い、四人で過ごす時間
誤字・脱字等あれば、ご報告お願いいたします。会話の最後に読点がついてないのは、意図してやってることなので、ご報告はご勘弁いただきたいです…。
読みやすくなるように、修正・整理中です。
あの人と出会ってから、一週間くらい経った後のこと。父様が二人のお友達を屋敷に連れ帰ってきた。
お休みを貰えたから、しばらく二人を家に泊めて、疲れを癒してもらうんだって。嬉しいな。
一人は、イリオス様で、もう一人は、あの時に会った人だった。彼は、私を見ると、口に人差し指を立てたので、それに頷いておく。父様は、その人を紹介してくれた。
私は、お気に入りの縫いぐるみを抱えて、その紹介を聞いていた。
「ヨル、こいつは、俺のもう一人の友人で、アルバート・バレルという。お前と同じ、髪と瞳を持っている、珍しいだろう?」
「……ヨル、初めましてだな。二人からよく話は聞かせてもらっていたぞ?」
その人のことをじーっ、と見つめる。
「……?どうかしたか?」
むー…………。胸がもやもやする…………。なんだろう。
「まあ、立ち話もなんだ、書斎に行こう。……ヨルも、ついてくるか?」
その言葉に頷いて、ついていく。書斎に着くと、三人はそれぞれ好きなところに座っている。
「ヨル、おいで。」
父様がそう言ってくれる。
……誰のところに行こう。
バレル様の方を、じーっと見つめていると、不思議そうに私を見ている。
「……さっきから、しきりに我のことを見つめているが……、どうかしたのか?」
「同じ髪と瞳の色だから、気になるんだろう。それに、お前は包帯を巻いているしな。」
ててて、とバレル様のところに行き、隣にくっつく。
「ヨル…………!お前……、なんでよりにもよってそいつのところに…………!」
「んー?どうしたのだ。」
彼は私を膝の上に載せてくれた。彼の顔を、じっと見つめる。
「アルバート、そうしていると親子みたいだね。顔は全然違うけど、同じ髪と瞳の色をしているし、雰囲気もよく似てるから。」
「む、そうか?娘、か……。悪くないな。」
この人がおとうさんかー。うーん、でも、私には父様がいるしなあ……。でも、お父さんが二人いちゃだめだって決まりもないよねー。うんうん。
「お前にはやらんぞ。ヨルは、俺の娘だからな。」
父様はそんなことを言っている。
…………包帯、気になるなあ。とっちゃえ。えい。
私は、彼の顔の包帯に手をかけて、ぐいぐいとひっぱる。
「あ、こら!なにをするのだ、やめろ、やめないか!」
顔の包帯がするするとほどけていく。
「ちょ、お前らも見ていないで助けてくれ!」
二人は、その様子を笑いながら見ている。包帯が解けて、彼の素顔があらわになった。
……かっこいい。好き。
縫いぐるみを横に置いて、彼に抱きついて、べたべたとくっつく。
「あっ、こら、ヨル!男にそんなにくっつくんじゃない!離れなさい!」
えー、やだー。
彼の胸元に、顔を擦り付ける。
「……君、そんな素顔だったんだね。初めて見たよ。……なかなか、かっこいいじゃないか。」
「やめてくれ。全く……、これだから子供は苦手なんだ。我を見ると、すぐに包帯をほどこうとする…………。」
彼は、そう言って、私の手から包帯を回収し、巻こうとしている。
させないもん。もっと見ていたいし。
彼をじーっと見つめる。
「…………そんな顔で見てくれるな…………。」
「ヨル、その男だけはやめなさい。結婚とか許さないからな。」
「我も、お前が義理の父親とか願い下げなのだが。」
……?結婚?お嫁さんになるってこと?この人のお嫁さんにはならないよ?だって、大きくなったら父様のお嫁さんになるんだもん。
私は、バレル様から離れて、紙にそう書いて父様に見せた。
「ヨル……、うれしいことを言ってくれるじゃないか。」
父様は私を抱っこして、頭を撫でてくれた。その隙に、バレル様は包帯を巻きなおしている。
「……はぁ……、ひどい目に遭った。ヨル、我は病を患っているのだ、だからもう包帯をほどくのはやめてほしい。」
……仕方ないなあ。
じとーっとした目で、バレル様の方を見る。
「…………なんだその眼は…………、やめてくれぬか……。悪いことをしていないのに、悪いことをしたような気分になってくるぞ……。」
父様の首に手を回して抱きついておく。
「……今日はどうしたんだ、やけに甘えてくるじゃないか。」
……だって、この二人がいると、なんだか胸が変な感じがするんだもん……。
「アルバートとは、会ったことがなかったからね。きっと、緊張しているのもあるんだろう。」
イリオス様は私の様子を見て、そう言っている。
……ほんとは一度会ってるんだけどね。バレル様と私の、二人だけの秘密なのだー。ふふん。なんだかこういうのって、どきどきするなあ。きっと、それもあるんだろうなあ……。
「さて、これからどうする?魔術の訓練をするにはもう遅いが、夕食まではまだ時間がある。」
……じゃあ、みんなに本を読んでもらいたいな。
父様から離れて、紙に文字を書く。
―ご本読んでほしいの。
「お、いいぞ。何を読んでほしいんだ?」
―みんなが好きに選んでほしいな。魔術に関する本でもいいよ。
「そうか、なら書庫に行こう。二人も、それでいいな?」
「うん。いいよ。何の本を読んであげようかな……。」
「我、読み聞かせとか苦手なのだが…………。」
それぞれ、思い思いのことをつぶやきながら、みんなで書庫に行った。
「……ん、これは……、よさそうだな、これにするか……。」
「女の子にはこんな話がいいのかな?うーん、迷うなあ。」
「…………我は……、これにするか。」
書庫で座って待っていると、みんながそれぞれ本を持ってきてくれる。
「誰から読む?」
父様は二人にそう聞いている。
「あー、我は最後でいい、読み聞かせはへたくそなのでな、時間ががかりそうだからな……。」
「分かった。ツウェルツはどうする?」
「んー、君の後でいいよ。」
「そうか、なら決まりだな。俺が最初で、次がツウェルツ、最後がアルバートだ。……ヨル、こっちに来なさい。本を読んであげるから。」
父様たちは、書庫にあるソファに座っている。ててて、と歩いて、父様の膝の上に座る。父様は笑って、本を開いて、読んでくれた。
内容は、魔術に関するもので、魔術構造を生み出すときの術式の組み上げ方、魔術構造の術式の解析の仕方、制作者以外に術式を改変させられないようにする方法などだった。
……難しいなあ……。でも、魔術構造って、面白そう。……いつか、作れるようになりたいなー。父様、きっと驚いて、喜んでくれるよね。
「なあ、ディー……、それお前が書いた本じゃないのか。その子が理解するには、まだ早いと思うぞ…………。」
え?これ、父様が書いたの!?すごいなあ。
「これくらいのころから、理解できなくても読んでやることが大事なんだ。大きくなった時に、その分だけ理解が早くなるからな。」
「はは、英才教育だね。この子がギルドに入った時が楽しみだなあ。きっと、いろんな記録を塗り替えてくれるよ。」
「……そうか?我らの記録など、そうそう塗り替えられるものではないと思うぞ?」
「まあ、ね……。私たちは、入学後、半年で行われている下級への昇格試験に参加資格を得て、そのまま合格し、その一年後の上級昇格試験も、すぐに資格を得てそのまま合格してしまったからね。他の人たちは、驚いていたよね。……それだけじゃなく、私とアルバートは今回、20代でマスターにまで上り詰めたわけだから。」
……私、そんな人たちに囲まれて育ってきたんだ。私も、がんばらなくちゃ。
「次は……、ツウェルツだな、頼むぞ。」
「うん。ヨル、おいで?本を読んであげよう。」
イリオス様がそういうので、父様の傍を離れて、彼の膝の上に座る。
イリオス様は、おとぎ話を読んでくれた。
実の母親が死んで、新しく来た継母と姉にいじめられていた少女。ある日、お城で舞踏会が行われると聞き自分も行きたいというが、相手にされない。泣いていたところに、魔女が現れ、魔法でドレスや靴を用意し、カボチャを馬車に、ネズミを馬に変え、お城に送り出す。
少女は王子とダンスを踊るが、12時が近づいてきたので慌てて家に戻る。その時、履いていた靴の片方を落としてきてしまう。王子は、その少女のことが忘れられず、彼女を妃にすると決め、靴の合う女性を探す。
様々な女性が試すが合うことはなく、ついに少女の家に王子がやってきた。母親は姉二人に履かせるが当然合わず、もう一人少女がいると聞かされ、その子を出すように言いつける。出てきた少女に靴を履かせると、ぴたりと少女に合い、王子は彼女を妃に迎え、幸せに暮らした。めでたしめでたし。
イリオス様は、そう言って本を閉じる。
……納得がいかないなあ。どうして、女の子を虐めていた、義理の母親や姉には、何もないんだろう。父様は、自分のやったことは、めぐりめぐって自分に返ってくるのだと、あの日、言っていた。だから、この3人にも、自分のやったことが返ってこないといけないはずなのに。
……あと、この作品の父親はいったいなにをしてたんだろう?
むー……、とした顔をしていると、イリオス様がその顔を見て、言う。
「女の子は、こういう話が好きかなと思ったんだけど……、違ったかな?」
イリオス様から離れて、また、紙に文字を書く。
―どうして、女の子を虐めていた母親と姉たちには、何もないの?ひどいことをしているのに、それが返ってこないなんて、おかしいよ。それに、父親はいったい何をしてたの?
「……あー……、これ、実はね、色々と内容が子供向けに改定されているんだよ。……一度、原典を読んだことがあるけど、あれはちょっと子供には残酷すぎると思う。……大きくなって、まだ興味があったら、読んでみるといいよ。……きっと、君が疑問に思っていることも、解消されると思う。それから、父親は、仕事で遠くに行かなければならなかったんだけど、話の本筋とはあまり関係ないから、次第に省かれていったみたいだね。」
―そっか。でも、お話自体はとても素敵なものだったよ。……魔法と魔術って、どう違うの?
「うーん、そういうのは、ディートハルトの方が説明がうまいと思う。……頼めるかな?」
「ああ。……魔法というのは、こういう物語に出てくる、不思議な力のことだ。物事の法則を無視し、実際にはありえないことを起こす。この物語を例にすれば、カボチャが馬車になったり、ネズミが馬になったりだな。魔術をかけたところで、どうあっても元の存在が持つ以上の大きさにすることはできないんだ。……普通の人間は、魔法と魔術を混同していることもあるが、俺たちは決して、そういうことをしてはいけない。魔術にだって、できないことはあるんだ。……死んだ人を生き返らせたり、な…………。」
父様は、そう言って、どこか昔を思い出しているような、遠い目をする。
「次は、アルバートだね。どんな本にしたんだい?」
「……永遠を生きる異形と、それを愛した、姫君の話よ。……ヨル、おいで。」
彼は、優しそうに、それでいて、悲しげに、私を呼んだ。私は、彼のところに行って、そっと、身を寄せていた。
「……へたくそだが、許してくれ。」
バレル様は、つっかえつっかえになりながら、不器用に、その物語を読んでくれた。
あるところに、ヒトとは違う姿を持った、異形の存在がいました。そして、その異形は、いつからそうだったのか覚えていないほどの時間を生きていました。その異形は、ヒトの傷を癒すことのできる、不思議な力を持っていました。
……ある日、異形は、森の中で傷つき、倒れている少女を見つけます。少女は、深い傷を負っていて、その怪我がもとで、死にかけていました。そんな少女を、異形は自らの力を使って、救います。目を覚ました少女は、異形の姿に驚きながらも、決して怯えず、助けてくれたことに感謝の言葉を言います。自分に怯えない少女に、異形は驚きます。それに対し、少女は言います。
「あなたは、私の命を救ってくれた人だから。あなたは、そんな姿をしているけれど、とても優しくてあたたかい人なのね。」と。それから、少女は、ある国の姫君であることを話し、帰っていきました。もう会うこともないだろうと、異形は思っていました。
しかし、何日かに一度、少女が会いに来るようになったのです。……自分に怯えずに、自分の姿の理由も聞かずに、ただ、傍に寄り添うようにいてくれる少女に、異形はいつしか、安らぎを感じるようになりました。そして、異形は、少女に今まで感じたことのない感情を抱き始めます。少女が笑っていると、胸が温かくなり、少女が悲しげにすると、胸が痛むのです。その感情に、戸惑いを覚える異形。そんな異形に対し、少女はただ黙って微笑んで、異形に身を寄せているのでした。これが、幸せというものなのか、と異形は考えるようになりました。
けれど、そんな幸せな時間は、長く続きませんでした。異形と会っていることを知った彼女の父親が、異形の討伐命令を出します。少女には、すでに政略結婚として決められた相手がいたからです。そして、その婚約者もまた、異形の討伐隊に加わります。少女は、父親に懇願しました。
「彼は、姿が異形であるだけで、何も悪いことをしていない。死にかけていた私を救ってくれた、命の恩人なの。」と。
けれど、父親は、聞く耳を持ちません。それどころか、「それはあの異形の自作自演なのだ。」と、そう言います。
……異形は、追い立てられ、傷つき、ぼろぼろになっていきました。少女は、そんな異形のところに行き、異形を抱きしめ、涙を流します。
「ごめんなさい、あなたが私の命を救わなければ、こんなことにならなかったのに。」と。
異形は、ただ黙って、何も言わず、彼女の涙をぬぐいます。そんなところに、彼女の婚約者が現れました。
「よくも彼女を誑かしたな。」と怒る婚約者。少女を無理やり引きはがし、すがりつく彼女を突き飛ばし、持っていた剣で、異形の胸を貫きました。……けれど、異形は、死ななかったのです。そう。異形は、死ねないがゆえに、永遠の時を生きてきた存在だったのでした。剣を引き抜き、何度も何度も突きたてても、傷はゆっくりと癒えてしまいます。結局、婚約者はそのことに怯え、逃げてしまいました。
異形は少女に言います。
「こんな我は、気味が悪いであろう?我のことなど忘れて、幸せになれ。どうせ、我はずっと、この姿のまま、永遠を生きるのだ。人は皆、我を置いて、死んでいく。いつしか、それが嫌になり、こうして引きこもって暮らしていた。お前を助けたのは、ただの気まぐれよ。感謝など、されるいわれもないのだ。……お前も、我を置いていく。あの時……、お前の傷を癒さず、そのまま放っておけばよかった。そうすれば、このような感情、知らずに済んだ……。こんな想いを抱えて、永遠を生きる苦痛を、知らずに済んだというに…………。ああ……、この感情は、なんなのだ……?お前のことを考えると、胸が痛くなる。苦しくなる。お前が笑うと嬉しくなり、お前が悲しんでいると、同じように悲しくなる。我は、このような感情、知らぬのだ。知らなかった、のだ……。」と。
そんな異形を、少女は強く抱きしめます。そのことに、異形は、とても驚きました。少女は微笑みながら言います。
「私と同じだね。私、ね、あなたが好き、なの。あなたを愛してる。あなたの傍にいるとね、心が安らぐの。私は、あなたの傍にいるだけで、幸せ。だから、あなたのことを忘れるなんて、できないよ。……一緒に、逃げよう?どこか、遠くへ。誰も、私たちのことを知らないところまで。私は、命に限りがあるけれど、それでも、生涯、あなたの傍にいたいの。それくらい、あなたを愛してる…………。」
そう言って、少女は、異形の口に、自分の唇を重ね合わせます。
すると、不思議なことが起こりました。異形の姿が、人間の青年へと変化していきます。青年は、美しい金の髪と瞳を持っていました。
かつて、異形は、自らの驕りからある存在に呪いを受け、そのせいで見た目が変わってしまっていたのでした。そして、その呪いを解けるのは、真実の愛のみ。……そんなことすら、異形は忘れていました。
人間に戻った異形は、その姿を見て、驚きます。かつての自分が、そのような姿であったことすら、忘れていたからです。そして、異形から人間に戻ったことで、彼の持つ不思議な力も、失われてしまいました。ただの人間に、そのような力は必要ないのです。けれど、そんな二人はとても幸せそうでした。
青年と少女は、その国から離れ、遠い、遠い、二人のことを誰も知らない場所へと行きました。そしてそこで二人は結ばれ、二人の間には子供もたくさん生まれました。
……ヒトに戻った異形は、ヒトとして幸せな生涯を送り、子供や孫に看取られながら、少女と共に息を引き取ったのでした。
バレル様はそう言って、本を最後のページまでめくって開いたままにしてある。
……とっても、いいお話。私、このお話、好きかもしれない。……でも、今まで、こんな本読んだことなかったような…………。
「……愛、か。そんなもので、呪いが解けるはずがなかろう。そんなもので、解けているのであれば、我は……、とっくに…………。……一度、異形となったものは、決して、ヒトに戻れはしないのだ。それが……、普遍的な真理、よ……。」
彼は、悲しげに言う。
……この人は、いったい、どんなことを抱えているんだろう。とても、つらそうで、苦しそう。
「まあまあ、アルバート。物語なのだから、そこまで目くじらを立てなくても。それとも、君は、異形が人間に戻らず、異形は異形のまま、少女は人のまま、生きていく話の方がいいというのかな?それは……、異形に取って、一番つらいことだと思うよ?いずれ、愛する人はいなくなり、それでも、たった一人で、また永遠を生きなくてはいけないのだから……。」
……けど、もし、異形との間に、子供ができたとしたら?そして、その子供もまた、同じように永遠を生きる存在で……、愛する人の記憶を抱えながら、愛する人の残してくれた子供と、永遠を生きていく。……それならきっと、まだ救いがあると、私は思う。
「…………。」
バレル様は、それに対し、黙り込んで何も言わない。
「しかし、お前、よくこんな本を見つけてきたな……。」
「……偶然よ。なぜか、目に留まったのだ。しかし……、こんな話、いったいどんな人間が思いついたというのか……。永遠を生きる異形など、普通の人間に考えつくことではあるまい。」
最後のページに、走り書きがしてある。
―我が親愛なる友、A・Bにこの物語を捧ぐ。この物語が、少しでも彼の救いになることを、ただ願っている。 コンラッド・ウォード
バレル様の袖をくいくい、と引っ張る。
「ん?どうしたのだ?」
走り書きを指さすと、彼の眼が大きく見開かれた。
「これ、は…………。そうか、あやつが…………。あやつは……、我の抱えることに気付いていたのか……。それなのに、何も聞かずにいてくれたのだな…………。」
バレル様は、そう悲しげに呟いた。
―コンラッドって、誰?
そう書いた紙を見せると、父様も驚いた反応をしている。
「そう、か……、彼が、この話を、な…………。……ヨル。コンラッドというのは、俺とアルバートの古い友人だ。彼は、体が弱くてな……、若くして、亡くなってしまったんだ。魔術の才能はなかったが、物語を書く才能にあふれていてな、色んな民話などを聞いてはまとめていたり、自分で物語を書いたりもしていた。……俺たちにも話をしてくれと、よくせがまれたよ。自分には時間がない、だから少しでも多くの物語を書き、自分が生きた証として残したいのだと、そう言っていた。結局……、物語を書きかけたまま、死んでしまったが…………。」
父様は、昔を懐かしむように、そう教えてくれた。そして、こう言葉を続ける。
「……ああ……、そうか、すっかり忘れていたな……。これは、あの時の本か…………。」
「ん?ディー、お前何やら知っておるのか?」
それに対し、バレル様はそう尋ねている。
「自分が死んだら、お前に渡してくれ、と言って託された本だったんだよ……。最も、それから俺は奴隷解放戦争に召集されたり、はぐれ魔道士による屋敷の襲撃だったり、学院に入ってからの生活だったりで、書庫に置いたまま忘れていたというわけだ。……すまなかったな。」
「はは、よいのだ別に。我が持っていては、どこぞにやってしまいそうだからな。ここにあったおかげで、今日、この本を読むことになったのだ。……我は、物語をあまり読む方ではないからな…………。」
彼はそう言って、笑っている。
「コンラッド・ウォードといえば、彼の残した物語は、今も多くの人に愛されているよね。ただ……、彼は……、あの戦争が始まる前に、亡くなったんじゃなかったかな…………。もう、10年以上前のことだ……。」
イリオス様は、目を閉じて、何かを思い浮かべるかのようにして、言った。
……奴隷解放戦争って、なんだろう?戦争なんて、あったんだ……。いつか、聞いてみようかな。
「ん?ああ、俺は、13で家を飛び出したからな……。堅苦しい貴族の雰囲気が嫌になったのと、何もしようとしない父親に腹を立てて。それから、あちこち旅をしながら、世の中というものが、どういうものなのかを体験したよ。彼は、俺たちより年上で、物語を書くだけあって、知識にあふれていた。」
父様は懐かしそうにそう語る。
「奴隷解放戦争が始まったのは……、俺が15になった冬のことだ。だから、彼とは……、たった1年半ほどしか、過ごせなかったよ。本来なら、もっと早くに亡くなるはずだったのだろう。彼は、貧しかったからな。……俺は……、本当は、頼りたくなかった、実家の助けを借りてまでも、彼の病に効く薬を買い、彼に与えたんだ。アルバートも、苦しそうなときは、彼に回復魔術をかけてやっていた。そのおかげか、少しは長く生きられたようだ。」
そのことを話す父様は、どこか悲しげだった。
きっとその人も、大切な友人だったんだろうな……。悲しげなのは、もう、その人はいなくなってしまったのもあるんだろうな。
「我とディーはな、ディーが家を飛び出してすぐくらいに出会ったのだ。そして、二人で共に行動している時に、倒れているコンラッドを見つけてな……。彼とはそうして、知り合いになったのだ。最後は、ほとんど寝たきりになり、それでも、物語を書き続けていた。……我らは、彼を看取ったのだ。彼は、病で動けなくなったせいで、樹海に捨てられた、悲しき存在であったからな……。……最後に、ありがとうと。君たちに出会えて、よかったと……、そう言ってくれた。しかし……、いつ、こんな物語を書いていたというのだ……。我は……、全く気が付かなかったぞ…………。」
バレル様は、そう言って、走り書きを優しげな眼で見つめ、そっとなぞっている。そんな彼に、ぎゅっと抱きついた。
どこか、寂しげで……、悲しげで…………。胸が苦しくなったから。
「どうしたのだ、ヨル。……そんな顔をするな。そんな顔をされると、我は……、どうしていいか、分からなくなる…………。」
そう言って彼はただ、私の頭をそっと、愛おしそうに撫でてくれる。父様は……、そんな私たちの様子を、腕組みをしながら、黙って見つめていた。
…………ん。
私は、バレル様の首に腕を回して、頬のあたりにちゅーをした。
……包帯に当たって、変な感じ。でも、なんでこんなことしたんだろう?分かんない……。胸がもやもやする……。
「……ん?ヨル……、何をしたのだ……、何やら柔らかいものが頬に当たる感触がしたのだが……。」
「アルバート!お前!!このロクデナシが!!殺す、殺す、殺してやる!!」
父様はバレル様の胸元に掴みかかって、とっても怒っている。
「ちょお前何をするのだ我は何もしておらぬぞ」
「唇ではないとはいえ、ヨルの初めての口付けだぞ!それを寄りにもよってお前なんかが…………!」
「我なんかとはなんだ。お前我の扱い雑だぞ。」
どうして?あ、そっか、おとうさんにだけしたわけだもんね。父様にも、してあげないと駄目だよね。
父様にも、同じようにして、頬にちゅーをする。
「…………ヨル?俺にもしてくれるのか……!?」
―だって、おとうさんだけなんて不公平だもん。
紙に書いて見せる。
「いやちょっと待て。誰がおとうさんなのだ。」
―お父さんが二人いちゃいけないなんて決まり、ないでしょ?
「ははっ、確かにその通りだね、ヨル。あ、でも、アルバート、分かっているよね?君が彼女にそういうことをするのは犯罪だからね?」
紙に書いた言葉を見たイリオス様は、そう言う。
……犯罪?ほっぺにちゅーするのが?
「何を言い出すか突然。我は……、そういう気持ちなど抱いておらぬわ。ただ……、本当に……、娘のように、大切に思っているだけなのだ……。」
バレル様は、そう言って、また頭を撫でてくれた。
……きっと、この「好き」、は、父様が好きなのと、同じ「好き」なんだろうな。だって、おとうさんみたいに、思うんだもん。……父様と、バレル様が……、本当のお父さんだったら、いいのにな。
だって、私の本当のお父さんは……、私を■■■。
イリオス様は……、お兄さん、かな。えへへ。お兄ちゃんが増えちゃったなー。それでなくても、私にはお兄ちゃんみたいな存在が、いっぱいいるのになあ。
「……全く、お前は……、すぐ表情がコロコロと変わるな……。でも、こいつだけは駄目だぞ?なんせ、皮肉屋で悪趣味でロクデナシの変人だからなー?」
父様は、そんな私を見て、苦笑しながら言う。
「そうそう。絶対に苦労するから、やめといたほうがいいよ。」
イリオス様まで、そんなことを言い出す。
「……我……、お前らにそんな風に見えているのか…………。まあ、悪趣味なのは、自覚はしているがな……。」
「なんだ、自覚していたのか。驚きだ。なら、直す努力でもしたらどうなんだ?」
「……今までずっとそう生きてきて、今更直せるとでも思っているのか?」
二人は顔を見合わせて言う。
「無理だな。」
「うん。無理だね。」
「ええい、即答するでないわ!お前らー、我の扱い雑ー!我らは親友だよな!?」
それに対しバレル様がそう返している。
「………………。」
父様は目を逸らし、黙っている……。イリオス様は、何かをこらえるようにしているけど、口元に笑みが浮かんでいる。
「なぜ黙るのだディー!!」
「……………………。」
「あっはは、ははははは!っ、ディートハルト、毎度のことながら君、ひどいね!っ、ははっ、ははははは、はー、はー……、お腹痛い……。」
その反応に、耐えきれなくなったのか、イリオス様がお腹を抱えて笑い出している。
「笑い事ではないぞツウェルツー。お前、結構笑い上戸よなー。我らがこんなやり取りをする度に笑っておらぬかー?っ、く、ははっ……。」
「全くだ。それだけじゃなく、俺たちが口喧嘩を始めると決まって吹き出しやがって。お前のせいで、喧嘩する気など失せてしまうじゃないか。……っ、はははっ…………。」
父様とバレル様はそう言って、イリオス様の笑いっぷりにつられて笑いだし、三人で笑い合っていた。
……父様たち、とても楽しそう。父様やイリオス様は、バレル様のこと、あんな風に言ってるけど、大切なお友達なんだろうな。
それから、四人で夜ご飯を一緒に食べて、父様と一緒に寝てもらった。いつもは一人で寝てるんだけど、なんだか、今日は寂しくなってしまったから。
それからの日々は、とても楽しかった。バレル様は、私に、あの時教えてくれた風と地の魔術を、より詳しく教えてくれた。私がその魔術を使うと、父様とイリオス様は、とても驚いていた。
……王国人?は、風と地の魔術を使えないんだっけ?父様たちは、よく、王国人という言葉を使うけど……、それがどういう意味なのか、よく分からない。
みんな、いろんなことを教えてくれた。魔術のこと、この国の歴史のこと、昔のこと。世界のことも。
……この世界は、人間界って呼ばれていて、他にも、ルクス・レイという神様?がつかさどる世界と、アビス・フィンスタールという神様?がつかさどる世界、クティノス・ルーガファという神様?がつかさどる世界があるみたい。
あとは生き物が死んだら行くという、運命界アードという世界があると教えてくれた。アードには、「運命の紡ぎ手」?と呼ばれる存在がいて、その存在が、死んだ人に新しい運命を与えて、生まれ変わらせていると言われているって、教えてくれた。
歴史を教えてくれた時に、奴隷解放戦争についても聞いてみた。もともと、この国には、奴隷階級とも呼ばれる、第三級市民?がいて、それは獣人だったり、樹海と呼ばれる場所に住む人たちのことを指していたりしたんだって。
10年くらい前に、その人たちが、奴隷という身分からの解放を求めて、戦いを起こしたんだと教えてくれた。イリオス様も、その戦争で、解放軍側で指揮官として戦ったと、悲しそうに言っていた。その戦いは、五年くらい続いて、多くの人が犠牲になって、ようやく講和条約?が結ばれて、終わったそうだ。それで、奴隷階級は無くなったとされている。
けれど、未だに、元奴隷階級の人たちは、差別に苦しんでいるのだと。だから、私たちが差別をなくしていけるように、頑張らないといけないんだよ、とイリオス様は言って、父様も、「人間」も獣人も、平等なのだと。だから、この国は間違っている、と言ってた。バレル様は、ただ黙って、悲しそうにしていた。
そんな楽しい日々は、あっという間に過ぎて、お別れの日になってしまった。
二人とも、また来るよ、と言って、帰って行ってしまった。……二人が帰って、お屋敷の中はシン、と静まり返ってしまった。
……少し、寂しい。
そんな私の様子を見て、父様は、私を抱きしめて頭を撫でてくれた。
重い雰囲気が漂いすぎるのは苦手なので、吹き飛ばせるような一節にしました。基本的に、この物語はそんな感じで進んでいきます。物語は楽しんでもらってこそだと考えているからです。