<アルバート・バレル>:アルバートの選択
誤字・脱字等あれば、ご報告お願いいたします。※独白部分の一人称を変更しました。読みやすくなるように、修正と整理中です。
ヨルと出会ってから数日後。なぜかアークメイジから呼び出された。
なんだというのだ全く。
彼女の待つ部屋の扉を開けると、そこにはアークメイジだけではなく、両派閥のマスターもいる。
「……ノックぐらいはしたらどうなのかしら。」
アークメイジは嘆息しながらそう言う。
「は?なぜそんなことをせねばならん。どうせいることなど分かっておるのだ、する必要などなかろう。」
「……あなたは誰に対してもその態度よね。まあ、変に媚びへつらわれるよりかは、そちらの方がずっと清々しくていいわ。」
アークメイジは、そう言って軽く息を吐いた。
「で、何の用だ。わざわざ呼び出して。」
「……今日呼び出したのはね。あなたに、蒼の派閥のマスターになってもらいたいからなの。」
それに対し、私は吐き捨てるように言う。
「断る。我はマスターなど柄ではない。それにマスターになれば、やりたくないことまでやらされる。」
私は自分の行動を縛られるのが大嫌いだ。マスターなんぞになれば、制約も増えるし、自分のやりたい研究も進められなくなる。
それに、ディーの方がずっとマスターにふさわしいというものだ。出自の分からぬ私などよりな。
そのことをアークメイジに言う。
「我などよりもっとふさわしき人間がおるであろう。ディー……、ディートハルトのような。あやつは貴族なうえに王との血縁もある。功績もふさわしきものだ。それだけではなく、蒼の派閥は保守的な人間が多い。あやつほどふさわしき人間はおらぬであろう?」
「ええ、あなたの言う通りよ。けれど彼はマスターを辞退したわ。……理由は言わなくても分かっているのではなくて?」
それに対し、アークメイジはそう返してきた。
「……娘のことか。……あの子は……、魔術の才にあふれているが未だに話すこともできぬからな。仕方なかろう。傍にいてやる存在がどうしても必要であるからな。」
私と同じ髪と瞳を持つ、「運命の申し子」……。あの子には世界の運命を変える力がある。そして、あの男の娘となったのは「運命の紡ぎ手」が「それ」を望んでいるということなのであろうな。……我らの、500年に渡る呪詛が生み出した存在――。
それでも私は、あの子に人間らしく生きてほしいと、あの日出会いそう思った。私のように闇に堕ちてほしくない、と…………。
そんなことを考えていると、クラウディアは言う。
「そして、あなたのもう一人の友人である、ツウェルツ・イリオスは、赤の派閥のマスターになることを選んだわ。」
「ま、それは想定内のことだ。」
あやつは本気でこの国を変えたいと思っている。いつか、自分たちが受ける差別がなくなるまで闘い続けるのであろう。あの戦争が終わったといえども、差別との闘いは終わらないのだから……。それまでにこの国がどうなっているかは、分からぬがな……。
「でも、困ったわね。あなたが蒼の派閥のマスターになってくれないと、他の人間を選ぶことになるわ。そして蒼の派閥のマスターであるから、保守的な人間、つまりツウェルツを差別する側の人間が選ばれるでしょうね。……さらに、評議会は未だに差別的な人間が多い。そのマスターと共に彼を差別するでしょう。あなたはそんな中に彼だけ放り込んで、自分は彼が差別を受けているのを何もせずただ黙って見ているのね。残念だわ。」
この女め……。私がそのようなことを、できないと分かっていて、そう言うのだからな。
「……ちっ、女狐が。よくもまあ、我が引き受けざるを得ない状況に持っていくものだな。……我が友を見捨てられるような人間でないと、分かって言っているのであろう?」
私はアークメイジにまた、吐き捨てるように言った。
「ええ。あなたは、多くの友を作らないけれど、その分、友となった人とは、深い関係を築き上げるタイプだもの。」
どうしてこの女は私の性分を知っているというのか。そういうことは、あまり表に出さないようにしているというのに。
「……お前のいいように転がされるのは癪だが、仕方あるまい。…………アルバート・バレル。謹んで、蒼の派閥のマスターの任を拝命いたします。」
片膝をつき、右腕を胸の前に構え、一礼をした後、立ち上がる。
蒼の派閥のマスターが、口を開く。
「……すまないな、バレル。出自の分からない貴殿を、保守派の多い蒼の派閥のマスターに任ずるのは心苦しい。だが、私は保守派が多いからこそ、マスターは革新的な人間であるべきだと考えている。私は優秀であるなら、出自や貴賤、貧富の差に関係なく魔術を学べるようにしたいと考えているんだ。……私も平民出身だからな。そしてハインリヒや貴殿もまた、人間は平等であると考えてくれている。それゆえ、ハインリヒが辞退したこともあり、貴殿をマスターに選んだのだ。」
……あの男が、「人間」を平等と考えるのは、お前たちが考えているような理由ではないのだがな。
なあ、ディルス……。蝕月の民の王よ……。お前は……あの子のことをどう思っているのだ……。あの子は、お前が最も憎む奴隷の末裔であろう?なぜ、その憎むべき存在にあの名前を付けた。その名前はお前の最愛の妻であった女の名前であるというに……。
……魂の歪みは、そこまで達しているというのか。愛する者の名前すら、思い出せぬようになるほどまでに…………。
そんな彼に対し、私は言う。
「……我は、出自の分からぬ者。それでも、我を受け入れてくれたことには、感謝している。」
「だからこそ、私の後を任せられると思ったんだ。出自が分からなくとも、実力さえあればマスターになれるのだということを、貴殿は何よりその身をもって証明したのだから。」
「……ありがたきお言葉です。」
その言葉に一礼をし、そう返す。そして、赤の派閥のマスターもまた、口を開いた。
「……貴殿はな、赤と蒼の派閥、両方のマスター候補であったのだ。赤の派閥は身分や出自にこだわらない人間の集まりだからな。だが……赤の派閥のマスターにはやはりイリオスを、という声の方が大きかったのだ。彼は我らがこの国に招いた存在なのだから、それにふさわしい地位にいるべきだとな。」
「……分かっている。我も、赤の派閥のマスターにふさわしきはあやつだと思っていたからな。……よもや我が蒼の派閥のマスターになるなど、想像もしておらなんだわ。蒼の派閥のマスターにはディーが就き、我はその二人を支えるのだと、そう思っていた。」
深く息を吐きつつ、そう言った。
「ふふ、そうね、運命とは、分からないものよ?……アルバート。あなたは、何事にも縛られない、自由な人間だから、こういうことを嫌っているのは、よく知っているわ。そして、それでもあなたは友を見捨てられない優しさも持っている。……マスターになってからも、変わらずそのままでいていいのよ。それがあなたらしさであり、それを見て救われる人たちもいるのだから。」
「……我は変わらぬよ。何があってもな。……話は終わりであろう?ならば、我はもう、帰らせてもらうぞ。」
そう彼らに告げて、部屋を出る。そして、頭をガリガリと掻きながら、歩き始める。
……私を待つ「運命」からは、決して逃げられはしないのだ。……私がなれ果ててしまうまでには、学院を出ねばな……。成長したあの子に再び会うことも、叶わぬやもしれぬ。……私たちのことを話してやりたかったのだが……。私にあとどれくらいの時間が残されているのかすら、分からないからな……。
……時折、魂の奥底が痛む。そしてその感覚はあの頃より短くなってきている。いずれ、私の抱える闇は、私をすべて飲み込むのであろうな。その時私は……どのようなおぞましき姿になるのであろうか。
あの子の顔を思い浮かべる。……なぜか、胸が痛い。
……なんだこの痛みは。今まで、誰かに対し、こんな痛みを感じたことはなかったというに……。……あんな幼い子のことが気になるというのか?いや、まさかな……。私には、そんなことを感じる心など、とうに失ってしまったのだから……。
それに、年齢を考えるとな……。……私は……いったいいくつだったのか……、忘れてしまったな……。
遠い、遠い、遥かな昔の記憶。覚えているのは……ただ気付いたらそこにいた、ということだけ。あれからどれほどの時間、年月が流れたのだろう。長い放浪の末、赤月の都アヴァテアでディルスと出会った。あの国は……見た目の変わらぬ私を、唯一受け入れてくれた場所。故郷とも呼べる場所だったのかもしれない。
だが……その故郷も……もう、なくなってしまった。全てを奪ったルクスと、奴隷どもが打ち建てた国に、復讐を。それが私たちの誓いであり、悲願。そうだったはずだ。
それなのに、私は…………。……私、は…………。
彼は、変わった話し方をし、自由気ままに生きる人間ですが、決してそれだけではないことを彼の目を通して書きたかった。そして、彼の抱えることも。彼は、ちゃんとしなければならないところでは、そうする人間です。…ディルスとは、いったい誰のことなのか。察しのいい人は、勘付くかもしれませんね。蝕月の民については、あとで語られますので、その時までお待ちいただければ。
今回の更新は、これで終わりです。三人のマスターに対する選択を、変に分けるより一気に更新したかったのが理由ですね。