<ツウェルツ・イリオス>:ツウェルツの選択
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アークメイジから呼び出しを受けた。この時期であれば大体想像がつく。
部屋の外には、ディートハルトがいた。何か、物思いにふけっているようだ。彼に声をかける。
「やあ、ディートハルト。君も呼ばれていたんだね。やっぱりマスターの件でかな?」
彼は声をかけたことに気が付いて言う。
「……ああ、ツウェルツか。お察しの通り、だ。蒼の派閥のマスターを引き受けてくれないかと言われたよ。辞退したがな。……理由も納得してもらえた。担当授業も外してもらえたし、これでようやくあの子のために時間を使ってやれる。」
そんなことを言う彼は、どこか嬉しそうだ。あの子を拾ってから、ディートハルトは少し、雰囲気が変わったようだ。私はその変化を喜ばしいものだと思う。
「……あの子が君に与えた影響は、大きなものだったみたいだね。……あの子は……王国人でありながら、不思議な雰囲気を持った子だ。なんでだろうね、あの子からは王国人が持つ、特有の雰囲気が感じられないんだ。彼女の両親は王国人であるはずなのにね。」
「ふむ……俺たちが『王国人』と呼ぶ連中と違うお前が言うのであれば、そうなのだろうな。お前は特に、人の雰囲気や気配を読むのに長けているからな……。」
……ディートハルト。彼も私が知る王国人の雰囲気とは、違う雰囲気がする。遠い昔に……大切なものをすべて失ってしまったかのような。彼は、家族を数年前に失った、と言っていたけれど、その時の彼の雰囲気はとても冷たく、底冷えするようなものだった。
彼は王国人や貴族について話す際、時に侮蔑するような目をする。王国の貴族でありながら、先進的な考えを持っているから、そのせいと言われればそうなのかもしれないが……。
そして、「無能」な人間が、国の上層部にいること腹を立てているのは、彼の言動から感じ取れる。だが……彼はそもそも「人間」が国を、そして世界を支配していることに腹を立てているのかもしれない、と時折思うことがある。
かつての彼は……この世のすべてに憎悪を燃やしているような眼をしていた……。
「……実はね、アルバートからもあの子と似た雰囲気がするんだ。けれどアルバートは……そうだね……『何か』を失ったような感じで、あの子は彼が失った『何か』を持っている、そんな感じかな。」
二人とも、どこか王国人でないような雰囲気がある。二人が出会えばきっとその雰囲気から惹かれ合ってしまいそうな。……まあ年齢差を考えたら完全に犯罪だから、さすがにアルバートも手を出さないだろうと思うんだけど。
……出さないよね?彼の人となりを考えると、否定できないのが恐ろしい……。
「それは……あの二人が、同じ髪と瞳の色をしているからか?」
「うーん……それもあるんだろうけど……もっと別の、本質的な、なにかというか。うまく説明ができないな……。」
こればかりは説明できない。私の「感覚」は、ヨルとアルバートが「同じ」存在であると、そう告げている。彼らはもちろん別人だし、血のつながりもない。それなのに「同じ」なのだと。こんな「感覚」を人に抱いたのは初めてだ。
「……あの子と、あのロクデナシの本質が、同じだというのか?」
「いや、そういう意味じゃないよ。ただ……本質よりももっと深い根本的な何かというか……。とにかく私の『感覚』が二人は『同じ』存在だと、そう言うんだ。理由が分からないから、やっかいなんだよ。」
私は苦笑しながら言う。
「まあ、俺も、あの子とアルバートは、どこか似た雰囲気があるとは思ったが……。同じ髪と瞳の色だからだろうと、深く考えないでいたんだ。……というか、こんな話をしていていいのか?呼び出されているんだろう?」
「あー……、うん。まあ、そうなんだけどね。はは、知らず知らず、緊張してたみたいだ。君と話せて、ホッとしている自分がいる。」
……これから、私が引き受けなくては、ならないこと。それは、この国を変える一歩になるかもしれないのだから。
「そうか。なら、よかった。行ってこい、終わったらまた話をしよう。」
「うん。アルバートも交えてね。……彼はまだ呼ばれていないのかな。私は彼も呼び出されているものと、てっきり思っていたんだが。」
「俺が来たときは、誰もいなかったぞ。ま、あいつのことだから、終わったらさっさと帰っていそうだがな。」
「ははっ、彼は自由な人だからね。そして、私は彼のそういうところも、嫌いじゃないんだ。何も縛られず、好きに行動できる彼が、たまにうらやましくなるよ。私は……一族の指導者として、そして、王国の魔道士としての、板挟みだからね…………。」
「お前の苦労は、俺なんかでは計り知れるものではないだろうが……話くらいは聞いてやれる。友人なんだからな。お前も一人で抱え込まずにもっと人を頼れ。何のために俺とアルバートがいると思ってるんだ。」
ディートハルトは、そう言ってくれる。
「……うん。そうだね。そうさせてもらうよ。」
自分で抱え込もうとするのは、私の悪い癖だな。心の通じる友人がいるというのに。アルバートも、同じような癖があるから、親しくなったのかもしれないな。彼は決してある一線を踏み越えさせないから……。私はそのことが少し悲しい。
「じゃあ、行ってくるよ。」
そう言って、私は、扉をノックする。
「どうぞ、入っていらして?」
その言葉に従い、扉を開ける。そこには、当代のアークメイジと両マスターが待っていた。
「お待たせして、申し訳ありません、アークメイジ、マスター。」
「いえ、いいのよ。話し声が聞こえていたから。緊張は解けたかしら?」
「はい。ありがとうございます。」
クラウディア殿……。私がこの王国に来てからずっと私のことを気にかけてくださった方。彼女は戦争時に見かけたことがある。その時の彼女の顔はとても苦しそうだった。10代前半でありながら戦場に身を置いていた私を彼女はどう思っていたのだろうか。もしかしたら、戦争時からずっと私のことを気にかけていてくれたのかもしれない。
「さて。ツウェルツ・イリオス。あなたが赤の派閥のマスターになることを、多くの人が支持しているわ。引き受けてくれるかしら?」
「……はい。謹んで、お受けいたします。」
胸に手を置き、一礼する。そんな私に現赤のマスターが声をかけてくれる。
「赤の派閥は、革新的な考えを持つ者が多く所属する派閥だ。そんな我らにとって、貴殿は重要な存在なのだ。貴殿は元奴隷階級であり、そして我らとは異なる魔術体系の一族の指導者でもあり、我らがこの国に招いた存在なのだから。貴殿が学院に入学したときから、赤の派閥のマスターにという声が上がっていたくらいだ。そして貴殿はその声に見合う実力を持ち、功績を残した。……私の後を頼む。これから魔術ギルドをより良いものにしていってくれ。」
「はい。もちろんです、マスター。」
そんな私に、クラウディア殿はこう声をかけてくださった。
「ツウェルツ。これから、あなたの歩む道は、つらく厳しいものでしょう。評議会は、未だに根強い差別的な思考を持った人間が、多くいるところです。けれど、あなたが一人でないということを、決して忘れないで。私もそうであるし、何よりあなたには王国に来てかけがえのない友人が二人もできたのだから。彼らはあなたを支えてくれる、頼もしい存在になるでしょう。そしてそんな彼らを、あなたもまた支えていかねばなりません。」
私は決意を新たにし、彼女に返答する。
「……肝に銘じておきます。彼らは私に分け隔てなく接してくれた二人ですから。……こんなことを言ったら、彼らには怒られてしまうかもしれませんが。彼らは私に言いました。人間は平等なのだと。対等に扱われたと思うのではなく、それが当然なのだと思うようにしろ。そして不当な差別には慣れるなと。そんなことを言ってくれたのは、彼らが初めてでした。」
……王国の貴族でありながら、ディートハルトは、普遍的な物の見方をする。人間は平等だと言い切れる人間はそうそう居ない。なぜならそれを認めてしまえばこの王国自体が成り立たなくなるからだ。
自らの権力に驕り、贅沢な暮らしを送る人がいる一方、その日の食事にすらありつけない人もいる。そんな中で、ディートハルトは、どうして人間は平等だという考えに至ったのだろうか。
「いい友人を持ったわね、ツウェルツ。」
「はい。彼らは、私にとって、かけがえのない、大切な友人です。」
おそらく、今の私の顔は、笑みにあふれているのだろう。
「……あなたは11歳の時から戦争に参加し、五年もの歳月を戦い続けたわ。最も多感な時期であり、友が必要であった年頃だというのに……。そして一族の指導者として、たった一人この王都に来ることになってしまった。けれど、あなたはこの学院に入ったことで、初めて友と呼べる存在ができた。その友と過ごした時間は、今まで決して得ることができなかった、貴重で、かけがえのない時間だったことでしょうね……。」
彼女はそう言って、優しく微笑んでいる。
「はい。王都に来て、初めてよかったと思いましたよ……。樹海では、私は指導者としての振る舞いをしなければならず、私を対等に扱う人はいませんでした。立場上、仕方のないことだとは分かっていましたが……それでも、歳の近い子たちが笑い合っている姿は羨ましかった…………。そんな私を彼らは対等な友として扱ってくれました。彼らの前では私は一族の指導者として振る舞う必要もなく、ただのツウェルツとして過ごすことができたのです。私は……それが何より嬉しかった……。」
アルバートが突飛な行動を取って、なぜか私も巻き込まれて、ディートハルトに諫められて。そんなディートハルトまでも巻き込まれて、三人で叱られて……。それでも私はそんな日々が、とても楽しかった。今までそんな日々を過ごしたことはなかったから。そしてそんな風に過ごせるなんて思ってもいなかったから……。
あの二人には感謝してもしきれない。長い間孤独だった私をそこから連れ出し救ってくれたから。上級生に絡まれていた時……私の腕をアルバートは何の躊躇もなく掴み、そのまま走ってくれた。あの時はとても驚いたな……。その後ディートハルトとアルバートは手を打ち合わせていたっけ。上級生が慌てふためいていたのは、ディートハルトがしたことだったようだ。思えば、あの時から私たちの関係は始まったんだな……。
ほんの3年ほど前のことなのに、ずっと昔のことのように感じるのは……その分充実した日々を送っていたからなのだろう。
そう言う私に、クラウディア殿は微笑みを向けて言ってくれる。
「あなたは、この王都で初めて、あなたとして振る舞うことのできる関係を築けたのね……。あなたの姓は……一族の指導者に代々受け継がれているものだったかしら。」
「……そうですね……。『イリオス』は、私たちの言葉で導くものという意味なのです。私は生まれた時すでに炎と氷の二つの精霊に愛されていたのだそうです。そんな私は一族の指導者として幼いころからそうなるようにふさわしい教育を受け続け、10になった時に正式に指導者になりました。それからずっと、私はイリオス―導くものという姓を背負い、生き続けなければならなかった。私たちは姓を持たぬ一族。だからこそ姓を持つ指導者は特別な存在なのです。」
彼女に私の一族についてのことを話す。
「そんな幼い時から、あなたは指導者として、生きてきたのね……。あなたを王国に招聘することになった際は、非常に悩んだのよ?差別の残るこの王都に、あなただけを招いていいものなのかと……。……でも運命というのは得てして奇妙なものね。あなたが入学した年にディートハルトとアルバートという、二人の天才も入学してくるなんて。そしてあなたたちは出会い、友になった。あなたを招かなければ、その出会いもなかったのだから……。」
彼女はそう言って、微笑んだ。
「そうですね…………。あの頃の私は友ができるなど想像だにしていませんでした。王国人は差別意識が強く、心を開くことのできる存在などできるはずがないと……。けれどあの二人は違っていた。貴族でありながら、差別を嫌うディートハルト。出自が分からないために差別の対象者であり、同じように差別を嫌うアルバート。そんな二人にいつしか私は、心を開いていたのです。」
二人にはきっと、私には話せないようなことを抱えているのだろう。そんな雰囲気がある。けど、それは私も同じこと。いつか……そのことを話せる時が来るのだろうか。
「ディートハルトは人を寄せ付けない雰囲気があるし、アルバートも病からくる見た目のせいで好き好んで近寄る人はいないでしょうから……。あの二人も、不思議な関係よね。お互い親友だと思っているようだけど、ディートハルトはアルバートのことをぞんざいに扱うし。アルバートもアルバートで、文句を言いながらもそんな扱いには慣れているようだし。」
あの二人は、不思議な関係だ。ディートハルトはアルバートのことをロクデナシというけれど、そのことに対してアルバートは特に反論しない……。悪口ともとれるようなことを言い合っているし。そのくせ、妙に息がピッタリな時もある。そんなときはたいてい、二人で何かを企んでいる時だ。
「はは。そうですね。アルバートがディートハルトに、『我お前の親友だよな?』という度に、ディートハルトは黙って目を逸らすんです。そしてアルバートが『なぜ黙るのだディー!』と言って、それでもディートハルトは何も言わないんですよ。私はそのやり取りがおかしくて、いつも吹き出してしまいます。……そんなやり取りができる関係でもあるのでしょうね。」
なぜかは分からないが、どうも私はそういうことに耐えられないらしい……。樹海では指導者として行動しなければならなかったし、私の周りでそんな風に会話をする人はいなかったから。
「あら、そうなの?ふふ、あの二人の見た目からは想像もつかないわね。」
それを聞いたクラウディア殿は笑っている。
「はい。アルバートは意外と悪戯好きというか、子供っぽいというか。ディートハルトが何かを言うとムキになって言い返して。それに対してディートハルトもムキになって言い返すんです。見ていて飽きませんよ。私は大抵、途中で我慢できなくなって笑いだしてしまって、二人も私につられて笑いだすので、ある意味私が彼らの口喧嘩を止めているようなものなのでしょうね。」
「……あなたは意外と、そういうことに耐性がないのね。でも、楽しそうに過ごしているようで、なによりだわ。」
「どうやらそのようです。……お時間を取っていただき、感謝いたします。それでは、失礼します。」
そう言って、一礼してから部屋を出る。すると、ディートハルトが待っていた。
「……待っててくれたのかい?」
「まあ、な。アルバートが来るかと思ったが、まだ来ないから、どうしようかと思っていたところだ。」
「そうなのか……。彼はまた後日に呼ばれるのかもしれないね。君が蒼の派閥のマスターを辞退したから。君に話が来たということは、評議会の話し合いで君がそうになることを支持する人間が多かったということなのだろうし。」
私の言葉に対し、彼は納得したように言う。
「ああ、なるほどな。俺が辞退したことでまた話し合いをして、誰をマスターにたてるか決めなくてはならなくなかったからな……。」
「まあ……彼が選ばれるのはほとんど決まったようなものじゃないかな。彼は仮想世界を作り、禁術である闇属性の魔術以外、すべての魔術を使える天才なんだから。」
彼は腕を組み、思い悩むように言った。
「あいつは……、どうだろうな、引き受けるだろうか。あそういうのが嫌いだからな……。」
「……こればっかりは、分からないさ。……ディートハルト、私は赤の派閥のマスターを引き受けたよ。」
「そう、か……。お前なら引き受けるだろうと思っていた。この国を変えたいと何より願っていたからな。……俺にとってお前は大切な友人だからな。マスターとなり、お前の隣で支えてやりたいと、思うのだが……。」
彼は言葉を濁す。
当然だろう。彼はヨルを引き取ったばかりだ。未だ話すことのできない彼女には、傍にいてくれる存在が必要だ。
「いいんだよ、それくらい。君が今、一番に考えるべきことは、あの子のことだ。」
「……すまない。」
彼は、よく謝る。それはきっと、彼の癖なのだろう。
「ディートハルト、謝らなくていいんだ。よく謝るのは、君の悪い癖だよ。」
そう言うと、彼は驚いた顔をする。
「……そうか。気付かなかったな。……ありがとう、ツウェルツ。」
「はは。君らの言葉を借りて言うなら、礼なんて言われる筋合いはない、かな?……君らからは、それ以上に、多くのものを貰っているんだから。……行こうか。」
「ああ。そうだな。……ヨルに、早く会ってやりたい。今頃、一人で寂しがっているだろうからな。」
彼と二人、並んで歩きだす。日はすでに、暮れかけていた。
ツウェルツ視点は初ですね。基本的には主人公とディートハルトの視点で進めているのですが、マスターに就くことになった彼の心情や、友人二人をどう思っているのか、そして彼の置かれている立場がどのようなものかを書いておきたかったのが理由です。