4(月齢)
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月齢カレンダーを見るまでもなく、次の満月は先の先。キリコの考えを頭ごなしにハズレと言うまい。あたしはタオルを水に濡らし、ギュッと絞った。「キリの字。やるよ」
「あいあいさー」
二度目の襲撃は、けっこう乱暴だった。分担は前回と同じ。キリコに足止めされている吉川先生を後ろから襲って、濡れタオルで口を塞いだ。先生はけっこうバタバタしてたけど、ぐんにゃり倒れた。さぁて、そっくりいただきましょうか。
「で?」とキリコ。
「で?」言われてあたしは頭を抱えた。「しまったー」いったい、これからどうするん?
ふよふよと、先生の鼻から、白い影が細長く立ち昇った。白い吉川先生は、「もうっ」って怒った。怒られた。
保健室の池上先生はやさしくなかった。
「なにしてくれちゃったのよ」ぶうぶう言いながら、ジャラジャラと鎖編み手袋をはめ、白い吉川先生を無造作に掴み、グイグイと口の中に押し込んだ。ベッドに寝かせられた吉川先生の身体がユサユサ揺れた。
「この阿呆ゥが」仕事増やすな、面倒増やすな。「校内で問題起こすな!」
すっごく怒られ、あたしたちは亀みたいに首を縮ませた。
「そこに立って歯ァ食いしばれッ」
問:鎖手袋で叩かれるとどうなるか。
解:すンごく痛い。
池上先生がくれた冷蔵庫の生肉を頬に宛てて帰った。何のお肉か知りたくなかった。
「ブタでもウシでもなかったよ」とキリコ。
食べたンかい。あたしは恐怖でのけぞった。
「もったいないでしょ?」
キリの字は、なかなかに恐ろしいヤツだ。そして唐突に、贄だ、と思った。必要なのは、きっとそれ。
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相変わらず、オトーサンはゆらゆらしている。細い釘を、あれから何本も打ち付けた。なんと居間に針の山! 此処は地獄の何丁目? ウッカリ踏んだらシャレにならん。
あたしは大事をとってイスを動かし、紐でコの字に囲った。部屋の明かりでオトーサンの影に被らないよう注意した。電気を点けっぱなしにして、光が動かないようにした。昼間も変わらぬよう、空き部屋のカーテンを外し、居間に移した。カーテンにカーテンを重ねて、光が入らないようにした。
オトーサンはゆらゆらしてる。あたし、がんばった。
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オトーサンは、じりじりと天井に向かっている。じりじりと、手持ちの時間が消えていく。
月齢カレンダーは晦日月を指していた。十五夜に何かが起こるのならば、三十日も何かが起きていい。それとも一を足して朔を待つ? あたしたちは再び夜の海へ出掛けた。月明かりは無かったけれども、空には星がいっぱい散っていた。手を伸ばせば届きそうなのに、どのひとつにも触れなかった。
「どこ掘るの?」お下げ髪のキリコが訊ねる。
あたしは物置きから引っ張り出したシャベルを装備していた。お父さんは丸スコって呼んでた。キリコには穴を掘るって説明した。どうしてって訊かれた。全部は持ち帰れないって答えた。
「重くないの?」
もちろん、重いさ。
「危なくない?」
もちろん、危ないさ。
あたしはシャベルを振り上げ、キリコの頭に振り下ろした。キリコはゴロンと転がった。両腕をバンザイにして、手首を紐で縛った。足も揃えてギュッと縛った。キリコは目を覚まさなかった。よしよし。シャツを捲り上げた。星明かりの下で白いお腹が浮かび上がった。ふむふむ。あたしはおヘソに金平糖をひと粒、落とした。ふたつ、みっつ、よっつと落とした。
金平糖がおヘソの上に積み上がる。早く来ないかと思いながら、砂糖のお城を組み上げる。風も無く、波も静かな夜。重たく湿ったモノが来た。
金平糖の山が震えて崩れた。白いお腹が闇に落ちた。キリコが目を覚ました。痛い痛いと訴えた。あたしは両手で肩の上から押さえつけた。お下げのゴムがパチンと切れた。お腹をゴリゴリ齧られ、目玉がぐるりと廻った。白目が濡れて光ってた。黒いもやもやが、口から鼻から耳から漏れて出た。そしてキリコは静かになった。
砂の上に、一組の小さくて細い足跡がついた。黒いもやもやは、もさもさ頭の影法師。
足跡は途方に暮れたようにうろうろして、それからぺたぺた遠ざかる。ほどなくすっかり夜に隠れる。
あたしはシャベルを手に取って、部活仲間を埋めて帰った。




