第6話~疾駆と射出~「Because the Night」
俺は三尾と待ち合わせて、一緒に家庭科室へやって来た。
歌坂と一途尾の差し入れは祷ちゃん達に任せてあるので、申し訳ないが手ぶらだ。
単独行動が常の俺が人と待ち合わせをするなんざ、苦笑してしまうが、
三尾はクラスの中でも常識人だと判断しているし、
これが気が合うってヤツなんか。
家庭科室にはGクラスとmクラスの奴らが先に揃って居た事を知り、
色々面倒くさそうな予感がしたが、とにかく歌坂と一途尾への礼が先だ。
歌坂は相変わらず必要最低限にしか応対しない、
一途尾は歌坂と協力関係を築ける時点で尊敬するしかねぇな。
俺の為が主目的ではないにしろ、世話になるのは間違いねぇ。
「歌坂、一途尾、お疲れ様。ありがとな」
「わいさは美味いもんに目がないからな、わいさからも有難う」
歌坂は何も言わなかったけれど、気遣いは感じられる。
一途尾は、「とびっきりをご馳走してやんぜ♪」と自信たっぷりに返してきた。
さて、あとは俺らは邪魔にしかならない。
三尾とアイコンタクトしてその場を離れようとした。
その時を見計らったように――、
「Hello,コレ食べてよ?」
明らかな外国人女性がふたり傍まで来ていた。
国籍を推定できる程、俺の眼は養われていない。
しかし、「食べていいよ」と言ってくれているのは聞き取れる。
「あ――、ァ、I'm not used to speaking English」
そう三尾が、英語を話す事になれてない事を伝えてくれた。
俺にも十分な素養はないので、同意を促す。
「オーケー、Gとmクラスは今親睦でたこ焼きパーティー、タコパしてるノ。
たくさんあるから、良かったらドウゾ」
「サンキュー、わいさは食べる事が大好きだから嬉しいです。
それでは、いただきます」
そう言って三尾はこちらの食欲まで煽られるような勢いで、
次々とたこ焼きをたいらげて行く。それにしてもわずかに音調は気になるが、
日本語をここまで学んでくれている事は素直に嬉しい。俺も努力しなきゃな。
三尾の気持ちの良い食べっぷりに感心したのか、
片方の女性が「Come here!」と言って三尾を連れ出していったので、
俺はひとりになった。いや、正確には、
「あんたはクラスに戻らないのか?」
もう片方の女性とふたりきりだ。
「オレはあんたに興味があるからね」
興味……、俺のアルビノの肌と白髪の事を言っているのか……?
まぁ、気を遣ってくれた礼もある、自己紹介くらいは済ましとくか。
「Hi,My name is Mikado Ekieboshi」
「オレは『Hailey Lockhart』だ。ヨロシクな」
「俺に興味とか言ってるが、別に見慣れたら俺の外見なんてすぐ飽きるぜ?」
「そんな事オレは一言も言ってない。
そうだな、ストレートにアンタに表現するなら、
今夜オレと寝ないか? どうだ?」
俺のこれまでの人生に現われた事のない問い掛けに一瞬躊躇したが、
彼女の声音には冗談めかしたものは感じられない。
俺も本気で応える事にする。
「わりぃな、あんたに恥をかかせる気はないが、俺はそういうのダメなんだよ」
「そう、だからアンタはおかしい。男性にあるべき情欲がまるで感じられない」
「おいおい、初対面で踏み込み過ぎじゃねぇか? あんたに何が分かるんだよ?」
「別に、何も分からないさ。単に日本人にしてはマシな野郎だし、
その理由によっては、オレが抱いてやろうと思っただけさ。
アセクシャルやノンセクシャルなら問題はないが、
それがアンタの能力に起因しているなら危なっかしいから、
情欲のはけ口くらいにならなってやりたいと思っただけだよ」
「生憎だな、俺には惚れてる女がいるから心配ねぇよ」
「ミカド、あんたは聖人にでも憧れているのかい?
ガキじゃあるまいし、そんなまっさらな好意を向けられても、女は濡れねぇよ」
「ヘイリー、おまえは口が過ぎるな。笑えねぇ」
「本当の事を言ったまでさ。しかし、確かに突っ込み過ぎたかな。
射出は男の専売特許なのにな? ハハハ」
ヘイリーの笑い声は乾いていて、明らかに俺を煽っているのは解る。
けれど、彼女が心配していると言っている真意には辿りつけてはいないのだろう。
空蝉先生ちゃんと同種の忠告なら、まだ耳を傾けておくべきだろうか……?
「ミカド、オレは結構ギャンブルが好きだ。
こうしないか、オレが勝ったら今夜オレと寝ろ。
おまえが勝ったら、オレを好きにしていいぜ」
「その賭けおまえになんかメリットあんのか?」
「言ったろ。オレはおまえが気に入ってる。
おまえの初めてを喰えるのは悪い話じゃないさ」
「負ける気はしないが、もし負けても悪ぃが俺は勃たねぇぞ」
「わかってねぇな。出し入れだけが情欲じゃねぇんだよ。
ま、ひらたく言えばあんたみたいな奴を知らねぇから剥いてやりたくなった。
それだけさ」
「俺もこの学園に来てから感じてる違和感があるんでな。
その賭けにのってやるよ。ヘイリー、何で勝負するかはあんたが決めりゃいい。
俺は勝ってもあんたを抱かないし、勝ってしまえばあんたを黙らせる事ができる」
「Oh! 余裕だねぇ。
そうだな、今この場でと言ったらRock-Paper-Scissorsくらいだな。
一回勝負、それでオレには十分だ」
「…………、じゃんけんか……、あいこはどうすんだ」
「ミカドをなめてる訳でもねぇが、オレも負ける気はしない。
あいこだったら、オトモダチにでもなろうぜ」
「解った。さっさと終わらせよう。掛け声は日本語で良いか?」
「オーケー」
事実として、俺は物心ついた時から、
故意を除けばじゃんけんで負けた事がない。
ヘイリーの提案は俺には心底つまらないものだった。
だが、今回は負ける訳にはいかない。全力でゆく。
ヘイリーとの霊格差が判然としないので、“独裁の両眼”は使えねぇな。
あとの選択肢は、“瞬輝”か“疾黒”になる。
このふたつの能力は表裏一体、
どちらも相手を強制的な変性意識に入らせるものだが、
今回は俺とヘイリーの体感時間に誤差を生じさせる“疾黒”を選択する。
その間にお互いのじゃんけんは開始されていて掛け声をヘイリーが発している。
「じゃ……ん……」
俺はヘイリーの視線を誘導し、“疾黒”を掛ける。
瞬時に俺の世界はスローモーションになり、彼女の掛け声も急激に遅くなる
「け…………ん…………、ぽ…………」
あとはヘイリーが「ん」を言い終われば、いつも通りに勝負が終わる、
はずだったが――……!
この段階においてさえ、いまだヘイリーは何のモーションにも入っていなかった。
後出しするつもりか……?
だが、それは俺も責められない、
疾黒によるじゃんけんの本質も後出しじゃんけんだからな。
そうして最後の「ん」が言い終わるかどうかの瀬戸際で、
ようやくヘイリーに動作が起こった。俺も動かなきゃ完全に後出しになる。
疾黒で限りなくスローモーションになっているというのにもかかわらず、
彼女の挙動は両眼で追うのがやっとだった。面白ぇじゃねぇか!
彼女の拳はグー。まだ俺には後出しの権利がある。パーで終わりだ。
しかしっ!! ここでヘイリーは自然にグーからチョキへの変化へ流れる!
ちっ! しゃあねぇな、認めるよヘイリー。大口叩くだけはある。
けど、俺だってな!
………………
…………
……
「まさかオレが引き分けるたぁね」
「それは俺の台詞だぜ」
結果は、両者チョキの引き分け、術を行使しなければ負けてたな……。
それにしてもヘイリーだってなにがしかの能力を使ってはいたはずだろうが。
「ミカド、楽しめたよ。だからこそ言っておく。
人間は悩むのが仕事なんだ。
どんなに見事に庭園を築こうが、どんなに掃き溜めに咲く花だろうが、
美も醜も抱えて、苦悩の先にあるものを見つめなよ。
罪を産まなければ、美とは呼べないね」
「悪ぃが俺には俺の理想があんだよ。
あんたの力は認めるが、俺は俺のやりたいようにやる」
「ミカド……、あんた可愛いねぇ」
「あ?!」
「ごめんごめん♪ マジギレすんなって、
女が男に対して思う可愛さってもんは、最高の褒め言葉のひとつなんだからさ」
なんつーか……、この女憎めねぇな。女性は俺の信仰対象だが、苦手でもある。
それは結局、勝てる気がしねぇからなんだろうな。
「オレは約束通りミカドがオレの魅力に気付くまでは静観しといてやるよ。
オレとミカドはオトモダチだ。改めて、ヨロシクな」
「嗚呼、だからって俺に性欲なんざ必要ねぇ。
誰よりも大切な女を泣かせるくらいならな」
その言葉が彼女にどんな影響を及ぼしたのかは分からないが、
ヘイリーは呆れ返ったような表情をひとつ残してからこう告げて、
「愛は天使だよ。容易く情欲に姿を変えるがな」
まるで少女のようにあどけなく、淑女のような気品を備えながら、
曇りなく笑った。
たくっ、敵わねぇなぁ、女ってヤツには。
だれがかつかなぁ?
じゃんけんぽん
じんせいはそんなかんじ
歌 Patti Smith 作詞・作曲 Bruce Springsteen, Patti Smith