第5話~観察と牽制~「Sombre Dimanche~暗い日曜日~」
わちは家庭科室に入り、“映鏡”の能力によって得ていた、
杏莉子と一途尾のもとへ迷わず歩みを進ませる。
これもまた“映鏡”にて、eとEクラス以外の人物達が居る事も把握していたち。
ふたりのケーキ作りに関心があるのか、
ひとりの、おそらく外国人女性の存在も認めていたち。
ハーフかと想起させるようなアジア系よりの顔立ちをしながら、
わちはもしやと一考をする。
その間に捧華もその女性が気になったのか、
捧華らしい屈託なく、けれど控えめな様子でその女性に話し掛けたち。
「は……ハ、Hello, My name is Sasage Hayami.失礼ですが日本語わかりますか?」
捧華の英語の発音は流暢なもので、わちは一番の友人が誇らしくなる。
けれど、彼女は沈黙で捧華に応えた。いや、有り体に言えば黙殺だち。
しかし、このやりとりでわちは、思い至り言葉をフランス語で発する。
「ワチはトコヨノイノリ。アナタにアえてサイワいだち」
そこで初めて彼女の関心を惹く事ができたち。
やはりこの女性はフランス出身の方なのじゃろう。
杏莉子たちの、
ジュテーム モワ ノン プリュに惹かれているのじゃ。
「……、礼には礼で返します。イノリ、私は『Sophie Magnolia』です。
貴女のような方が居て下さって嬉しいです」
彼女の声音には必要最低限の礼儀は込められているち。
それでも彼女にまとわりつくような、暗澹たる様子に、
容易には踏み込ませないという彼女の明確な意志を感じる。
日曜日の開放感はまるで感じられないち。
彼女がまとっているものは並大抵の事ではないと判断し、わちも諦める。
がじゃ――、
「ソフィー? アクシュしてもいいかち?」
漆黒のドレスを心にまとうソフィーに握手を求めてはみたち。
それくらいなら、許されるじゃろうと……。
じゃがソフィーは何かしら躊躇を見せていたち。
「イノリ? 私も握手したいのは山々だけれど、
貴女に不快な思いをさせないか心配だわ……」
不快な思い……、彼女の能力にまつわる出来事じゃろうか……。
しかし、
「ソフィー、わちは余程の事でもない限り身体はいつでも健やかじゃち。
心配ご無用」
「そう、それなら、ほんの少しだけいただくわ」
謎が深まる言葉を残し、ソフィーとわちは握手を交わした。
途端?! 何か違和感を感じるち。形容し難い体感がわちを襲う。
とはいえ、気のせいと思える程度の瑣末なもので、
彼女がわちに何を具体的に行ったのかは解らなかった。
すると、ソフィーはわちをまじまじと見つめ、
「イノリ、失礼だけど貴女は本当に人間なのかしら?」
そう率直な感想が述べられたち。
けれどそんな質問にはもう飽き飽きしとる、
わちは微笑んで、
「わちの身体はちと普通ではないち。普通じゃけどな、ちち♪」
「そう……。そうなのね。貴女に出会えて嬉しいわ」
ソフィーの感情の起伏に乏しい声音には、本心をあらわにする想いがないち。
きっと彼女は想像もできない程の暗闇に身を置いている。
わちでは荷が重そうじゃ。
「ソフィーさん、あたしフランス語が今はまだ分からなくて、
これから勉強するね。失礼な事をしてしまって、ごめんなさい」
捧華が間合いよく入ってきて、ソフィーも仕方ないという感じだったち。
それでもこれまでのやりとりで彼女が笑みを浮かべる事はなかった。
憶測の域を出ないが、彼女の過去の重さに思いを馳せる。
日曜日も彼女を、決して明るくする事はできないち。
いけるところまでいき
しぬべきところでしぬ
わたしはあなたをえいえんにうしないました
歌 Damia 原題「Szomorú vasárnap」
作詞 ヤーヴォル・ラースロー 作曲 シェレシュ・レジェー