第3話~正気と狂気~「LILIUM」
「ごきげんよう。貴女、好いわね」
家庭科室には、
疑いなく歌坂さんと一途尾さん、Eやeの方々のみという、
あたくしの思慮に欠けた思いは大いに外れ、
Gクラスとmクラスの皆様がいらっしゃった。
そして、
歌坂さんと一途尾さんにケーキ作りへの感謝をお伝えさせていただく間、
妙な視線を送ってくる女性がいる事に気付きます。
それから、歌坂さん達から離れて、
邪魔にならないようにクラスの皆さんが集うのを待っていると、
気になる視線を投げかけてくる女性があたくしの眼前までやって来て、
唐突にそう告げました。
おそらくその妙は、広義では好奇心の範疇に収まるものでしょうが、
何か彼女からの異質さが、わずかに不安を煽られる。
しかし、自身の名さえ名乗らず、第一声が「貴女、好いわね」ですか……。
ずいぶんコミュニケーションがお上手ですこと。
虎頼さんがあたくしの隣りにいたら、彼は黙ってはいなかったでしょう。
ですが、虎頼さんが仰る護衛は、
少なくとも町中においてはあたくしには不要です。
あたくしの護衛をして下さるのでしたら、
先ずはあたくしよりも腕が立つ様になってからにして下さいな。
少々キツめに釘を刺しまして、
虎頼さんからは一旦離れていただく事になりました。
それは奏功したみたいですわね。
厳密には、
近距離戦においてあたくしは虎頼さんに文字通り太刀打ちできませんが。
それより、今の問題は彼女です。
「それはどうも」
初めての会話に「初めまして」程度も交わせないお相手とは、
長くお話していたくありませんわ、といった声色で適当にあしらう。
少なくとも彼女への印象は良くありません。
「あら、つれないのね。ますます好いわ。貴女、名前は?」
訂正致しましょう。彼女への印象は最悪です。
他人は自分を映す鏡。醜い姿が映されれば、何らかのケアが必要でしょう。
慈愛にはまだ遠い狭量なあたくし。
「あたくしは星野 清夜花です。
貴女も良いですわね。あたくし羨むくらいですわ」
あたくしの言葉に、彼女は無論の微笑みを浮かべる。
「貴女にならお解かりになるでしょうね。
このわたくし、『名取 涙』の麗しさが」
本当に羨ましいわね、貴女の麗しさではなく厚顔さが……ね。
「わたくし、清夜花と親密になりたいわ。清夜花もそうでしょう?」
あたくしには根拠が不明な確信さをもって、
彼女はあたくしの方へゆっくりと右腕をあげて、
あたくしの顔に触れようとしてきます。
それをあたくしは左手でやんわりと防ぐ。
その間に、あたくしは彼女の異質さの一端を理解します。
嗚呼、これはセクシャリティにおける問題なのですね、と。
捧華と出会うまでのあたくしも、
もしかしたらこれ程の尊大さを有していたのかしら……。
川瀬先生と虎頼さんのお陰で、あたくしは存在する事を決めました。
ですから、あたくしを皆さんは認識できる。こちらの、名取さん程度ですら。
「名取 涙さん、貴女があたくしとどうなりたいかは解りましたが、
残念ながら、あたくしは貴女に現在はそれ程の好意は抱いておりません。
あたくしなりに貴女を尊重は致しますが、
今日のところはこれでお引き取り下さい」
彼女の微笑みには妖しさが浮かんでいる。
「ぅふふ、そうね。欲しいモノは手に入れるまでの時間が、いつでも一番よね。
清夜花がわたくしの腕の中で、
可愛らしく囀ってくれる日を楽しみにしているわ」
「貴女の器でそれが可能でしたら良いですわね」
「そうね。清夜花の霊格はこの室内でもトップクラスですものね。
けれど所詮器は器に過ぎないわ。
わたくしには器に何が彩られているのかが大事なの。
清夜花もわたくしに染まれば解るわ。
純潔を守り続ける事こそが、最もアブノーマルな行いだって事に。ふふっ。
それでは、ごきげんよう」
そう告げて、名取 涙は自分のクラスの輪へと戻っていった。
彼女が立ち去った後の芳しい香りに、あたくしは白百合を想起致しましたが、
彼女とのやりとりとの落差が余りに皮肉めいたものでしたから……、
「クスッ」
思わずあどけなく笑んでしまいました。
あなたはわたし
わたしはあなた
ユリのはなたち
歌 野間久美子 作詞・作曲 小西香葉 近藤由紀夫