第2話~剪定と調律~「アルエ」
「ふぅ……」
小生は人に囲まれるのが苦手です。
まさかこれ程家庭科室に人々が集っているとは……。
皇 承である事を明かしただけで、
この和歌市には家以外は窮屈な場所が多過ぎる。
ただ皇家である事。
ただ門に選ばれただけの事で、良し悪しも分からず人が寄ってくる。
先程ようやくGクラスとmクラスの方々からの奇異の目から解放された。
正直、うんざりです。
eクラスとEクラスの空気感は悪くありません。
それは小生の直感に過ぎないが、
このふたクラスには、殺人者がおそらく居ない事の影響が大きい。
最初は多少濁っている部分もありましたが、
どういう意図があったのかは把握できずとも、
雁野先生、川瀬先生、お二方のご尽力、「かくれんぼ」によって、
かなりの部分が浄化されました。
その影響は当然小生にも及んでいる。
まさか雁野先生との剪定で、
小生が正しくないと神仏にご判断されるとは思っていませんでした。
小生からすれば、人生は傍観するに限る。
何処に居ても、命を懸けなくてはならないのは同じですが、
見るともなく見て、機が訪れ臨み、次第に能力を振るう。
その為に小生は存在し、また存在しない。
それこそが剪定者として果たすべき責務と考えています。
とはいえ、殺人者が誰かは分かりませんが、
Gかm、どちらかのクラスには確実に存在しているでしょう。
これに関しては小生の勘としか言えませんが、
生まれた家柄から、数多の人間に触れざるを得なかった小生の出自によるもの。
単に殺意と言えど、どれも理解には遠い、
憎悪はもちろん、愛情によるものもあり、
小生が最も苦手とするものは、無関心な殺意。
通りを歩く者が、例えば無関心に蟻を踏み潰す様な、
人を殺す事にさえ、その感情を適用できてしまう人間がこの室内に居る。
小生の剪定も、言葉を言い換えるのでしたら、剪定の、一瞬とさえ呼べぬ間に、
数千万、数億の人間を殺しているのと変わりありません。
否、実状はもっと酷いのかもしれません。
ですから小生は眠る事にしか安らぎを見出せなくなってしまった。
目が覚めれば、“鬼 天血”を行使し即座に眠る。
それが小生の、神仏の園に仕える剪定者としての生き方でした。
ですが、弟の起の能力により学園に生きる今があります。
久方振り、徐々に徐々に、人間というものを思い出してきました。
とにかく、Gとmは、eとE程おとなしいクラスではないという事は解りました。
今後こういった出会いが学園内で増えていく事が必然と思うと、
「ふぅ……、やれやれ、ですね」
小生は皇家の長男であり、門に選ばれし者。
もっと断固たる精神力と覚悟を身に付けねばな……。
起を小生の様な立場にする訳にはいかない。
そう決意している最中に、
家庭科室内の集団から離れた小生へ向けて、
小気味の良い靴音を鳴らしながらやって来る人物が居た。
「皇さん、お疲れ様♪
皇さんは人気者なんだなー♪ さっきまで大変だったろ?
オラんとも仲良くしたってな♪」
この人は先程まで小生を囲んでいた人達の中には見掛けませんでしたね。
それに、小生の事を存知ないのであれば、
和歌市の生まれではないのでしょうか。
それは楽です……。
それにしても靴音から言葉まで、まるで音楽を奏でている様な方だ。
小生は淡い関心を抱いたが、皇家という立場が一瞬にその想いを粉砕させる。
「オラんは、『在絵 音』と申します♪
良かったら憶えておいてくれると嬉しいです♪」
「在絵さんですか……。お気遣い、有難う御座居ます」
「そう言う皇さんの方が、よっぽど気を遣って生きているようにみえるよ♪」
在絵さんの声は相変わらず弾んではいるが、
それを純粋に褒め言葉としては受け入れられない曇りも帯びていた。
同じ曲を演奏しても、初心者と熟練の者とでは、
その奏でが一聴で明らかなように、小生の心に在絵さんの音色は深く響いた。
小生だけが辛い訳ではないのだ。想像力が足りないな……。
ですが、同情など不要です。
在絵さん、貴方のお名前通り、
貴方の絵や音を在るべき場所へと剪定致しましょう。小生に躊躇はない。
大切な者を増やせば増やす程、何も大切にはできなくなるのであろうから。
“言の葉廻し”
「“鬼 天血”」
そして目の前から在絵さんは消失しました。これで良いのです。
皇家に近付いても、貴方はそれを理解できないし、小生も希望を抱かずに済む。
無関心の殺意が苦手なのは、小生の同属嫌悪に他ならないのでしょうね……。
感傷に浸る間もなく、
「やっと見つけた」
小生の背後から、生まれてこの方、
否……、門に選ばれてから絶えて久しい音色に包まれ、
小生はそっと抱擁されていた。
この小生に湧きいづる想いを一言で表すのなら、そう……、
「オラん初めての友だち」
友愛です。
そして、心底想い出す。
友愛と呼ばれるもの程、心地良く、また…………、
これ程居心地の悪いものもない。
もしもぼくがしんでも
かわりはいくらでもいる
それはじじつだけれど そんなことききたくない
歌 BUMP OF CHICKEN 作詞・作曲 藤原基央