梅雨の時期に
インターハイ県予選が終わりあっというまに梅雨の時期に入った。
雨の中、競輪場での練習が終わると自転車を解体してワゴン車に積み込んでいた。
「蛍部長、雨の中の練習は気が抜けませんね」
「うん、そうだね。でも試合で雨の中、走ることもあるから慣れておかないと力が出せなくなる」
唯が言うように雨の中の練習はバンクが滑りやすくなっているので気を付けなければならない。
それに前を走ってる人の後輪から水が跳ねて、ちょうど顔にかかってしまう。
ホースで顔に水をかけられてる様にだ。
そんな事を話しながら自転車の積みこみを終わらせた。
次の日の朝、早朝練習が終わって学園に戻ってワゴン車の中に入りピストバイクを下ろしていた。湿気と熱気で動くだけで汗がにじみ出る。
毛布の上にピストバイクを寝かして布などで水気を取ってから部室へと運んだ。
放課後部室に行くと部室の前にまだ練習着に着替えてない制服姿の一、二年生が集まって立っていた。
「みんな、何してるの」
「部室が臭くて中に入れません」
愛が答えて、大袈裟な事を言ってるなと思いつつ私は部室のドアを開けると愛と唯と恋子と輪が逃げ出した。
私は一段上がろうと足を一歩進めた瞬間モワっと異臭が襲いかかってきた。
鼻が曲がり、目は染みるほど臭い。これはやばすぎると速攻ドアを閉じて退散するしかなかった。
どうしたもんかと少し離れたとこで部員6人で考えていた。まずは匂いの元を見つけないことには対処が出来ないな。
栗林の匂いなら喜んで行くのだが、この匂いは今までに嗅いだことの無い異質なものだ。
まずはセイラが案を出してきた。
「6人で行っても入るのに手間がかかって全員犠牲になるよりは一人が匂いの元を突き止めてくるのが大事だと思う」
「では一番肺活量の多いセイラ先輩が息を止めて匂いの元を探してもらうことにしましょうか」
私は愛が言った案は良いなと思ったが、セイラは視線をそらして拒否の態度を見せた。
「お姉さまが臭くなるのはあたくしが嫌ですわ」
「じゃあ、輪が代わりにいきなさいよ」
「わたくしも臭くなるのが嫌です。愛先輩にお譲りしますわ」
「今日一茶と会うから、自称鉄砲弾の唯ちゃん、勢いにまかせて行ってきてよ。骨は拾ってあげる」
「ここは鉄砲弾の私が出る幕ではありません。組長。じゃなくて蛍部長お願いします」
「いや、公平にじゃんけんで決めようか」
「蛍部長、私はじゃんけんが弱いので他の作戦でお願いします」
「恋子、じゃあ良い作戦を出しなさいよ」
「そうですね。消臭剤を買ってきて部室に投げ込んでから突入するのはどうですか」
「催涙弾じゃないんだから突入するなんて自殺する様なものよ」
「うーん、心頭滅却すれば火もまた涼しいの匂いバージョンはどうでしょうか」
「じゃ、恋子が心頭滅却して行きなさいよ」
「やはり、部長の蛍先輩が行くべきですよ」
誰が行くのか6人でなすり合いをしていた。
なすり合いをしているとマリアが普通に部室に入って行くのが見えた。
何で入れるんだと私達は疑問に思って出てくるのか見守りながら様子を見ていた。
「5分経っても出て来ませんわ」
「中で泡吹いて倒れてるかも」
「だから蛍組長が見に行けば良かったんですよ」
「入ってからそろそろ10分は経ってますわ」
また6人で誰が見に行くかのなすり合いをしていた。
しかし普通に練習着のマリアが出てくると外にいる私たちに気づき、小走りで近くに寄って来た。
「あんた達何してるのよ。部活の時間とっくに過ぎてるわよ。早く準備しなさい」
「マリアストップ!」
私が声を出すとマリアは立ち止まり怪訝な顔をして腕組みをした。
「何がストップよ」
「いや、部室の匂い気にならなかった?」
「花粉症だから今は鼻が詰まってるの。それがどうしたっていうの?」
一瞬マリアの方角から風が吹くと私達に異臭が襲いかかってきた。部室の中で蒸されたマリアは匂いでコーティングされている。
私達6人はとっさに鼻を押さえて風上に逃げた。
「部室が臭くて入れないの。マリアが匂いの元を見つけてきてくれないかな?」
マリアは少し考えてからニヤツいた笑みを見せた。
「いいわよ、今年の合宿あたしに決めさせてくれるならね」
こんな場面で合宿を人質に取ってくるのか。去年マリアに決めさせたら高級リゾートホテルに連れて行かれ、全く練習出来なかった。
私達は6人で相談してマリアの提案に乗ることにした。皆は喜んでいたが私だけは渋々承諾した。
「わかった。今年の合宿もマリアが決めていいから匂いの元を探してきて」
花粉症で無敵状態のマリアにしか出来ないことなので仕方なかった。
マリアは部室のドアを全開にして、中へ入っていった。
数分後。
「ぎゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃぁぁぁぁ」
部室の中から奇声が聞こえると、部室のドアからレーサーシューズとグローブがなげだされた。
匂いの元はレーサーシューズなのかと私はピーンと来た。試合の時に恋子が脱いだレーサーシューズの匂いに驚いたことにだ。
その後、マリアが倒れ込むようにして部室から出てきた。
私達はマリアに消臭スプレーやら8x4をかけてから担いで涼しい場所に運んだ。
元凶のレーサーシューズとグローブにもスプレーをして匂いの元を絶つことに成功した。
「ちょうど花粉症の薬が効いてきて鼻が通ってきたら死ぬかと思ったわ」
「匂いの元はレーサーシューズとグローブだったみたいね」
「あのー、あれは私のレーサーシューズです」
恋子は気まずそうな感じで言った。
古いタイプのレーサーシューズは底板が木製で回りが革なのがあり、洗って乾かさないととんでもなく臭くなる。
私達は部室に消臭剤をまいて匂いが取れるようにドアも開けた。
今日の練習は中途半端な時間となってしまい、タイヤを使って校内を自転車で走る事となった。自動車用のタイヤにロープを付けてサドルにかけて引いていく練習である。
バンクで使うピストバイクのギア比に合わせてから下ハンドルを持ち腕を引きつけながらペダルを踏んでいく。
あまりインコースを回ると花壇のブロックや鉢などを引っ掻けたりすることがあるので大外回りが理想的である。
恋子はタイヤ選びに時間をかけていた。
どれも同じだろうと見ていたがタイヤをどかしていくうちに一番下にここのヌシが現れた。
「私はこれに決めました!」
恋子がタイヤ置き場から引っ張り出してきたのは私達が使うタイヤのふたまわりもでかい物だった。まさしくヌシと言っても良いほどの存在感である。トラックのタイヤだ。
「私はプロになるためにこれで練習します」
こんなに重そうなものを引いたら自転車のタイヤがすり減るのが早くなるだけだ。
恋子はグランドの端からトラックのタイヤについているロープを腰にかけて引っ張りながら自転車の置いてある部室前まで持ってきた。
全員揃ったので間隔を開けて舗装された学園内を15周する。注意する点はスピードを出さないことである。スロウペースで走らないとタイヤを滑らせてしまうためにせっかくタイヤの重さでかけた負荷が無くなってしまうからである。
順調に周回していると恋子の後輪がパンクした。やはり無駄に大きなタイヤを持ってくるからだ。
恋子はパンクした後輪を直しに部室へ行った。
10周が終わると帰ってこない恋子にみんながサボってるんじゃないかと疑い始める。
私達は15周して、練習が終わりとなり部室に行くとモワっと異臭がした。さっきよりは耐えられる匂いだ。
締め切った部室に恋子がパイプ椅子に座っていた。
私達は部室の窓を全部開けて悪い空気を外に出した。
「恋子、サボってるの」
私が聞くと恋子がこちらを向き、アへ顔した表情で気持ち良さそうにしている。
「#?!%&$+#」
恋子はろれつの回らない声で話している。全く何を言ってるのかわからない。
「これはシンナー中毒でラリってる状態だね」
Sのマリアが恋子に往復ビンタをして正気に戻した。
マリアは先生らしく厳しく問い詰めると恋子は泣きながら答えた。
「タイヤを貼り変えようとボンドを塗っていて乾くのを待っていたら頭が朦朧としてきてだんだん気持ちよくなってきました」
一日に2回もやらかすってないわ。
タイヤを張り替えるときは外でやるのがオススメである。




