秋季大会二日目
大会二日目、澄みきった空気で空が高く感じられた。秋晴れに恵まれた大垣競輪場のいつもの場所で、私は大きく伸びをしてからマリアの柔らかな頬をつまんだ。
「イタタタタ、何するのよ!放してぇー」
「粛清」
さらにつまんだ頬に捻りを加えた。
「いだぃ~、うぅ、あだぢがなじちたっていうのょ~」
「昨日、大会本部で私の事を自慢してたらしいね」
「あ、あれびゃえらぞうにじでだぁ、ジジィどもぴぃ~マウンドどりだがっだだげぇょ~。だがらゅるじでぇー」
「許さない」
私は両手で両頬をつまんで、縦縦横横丸書いてちょんのリズムでつまんだ頬をこねくりまわしてから下にツンと放した。
「ギャーー、イタイー。ほっぺがちぎれちゃったじゃないのぅ。おしっこもチビったじゃない」
頬と股を押さえながらかわいい顔で睨み付けてくる。
「粛清終わりっと」
「なにが粛清よ。痛いだけじゃないの」
「また、恥ずかしいことしてたらやるからね」
私は両指の親指と人差し指をワキワキさせてマリアに見せた。
余程痛かったのか素直に「わかったから」と言って頬を防御した。
今日は午前中に愛の3000メートル個人追い抜きがあり、午後からケイリン決勝がある。
3000m個人追い抜き競走はホームストレッチ側とバックストレッチ側とで分かれて、二人の選手が合図と同時にスタートする。
500mTTの様な短距離ならスタートから全開でいってもいいが、3000mだとスタートで脚を使ってしまうと後半ペースが保てなくなる。
愛は監督のアドバイスを不安そうな顔で聞いていた。
練習ではやっているが、初の試合となると不安になるのも当然か。
私もケイリンの初の試合で緊張して、なにもできなかった事を思いだした。
愛もその時の私の気持ちと同じに違いない。
それに唯がケイリンで結果を出しているから、姉の愛としてもプレッシャーがのし掛かってると思う。
半周ごとのラップタイムを伝える役目の唯はボードを持って監督についていった。
3000メートル個人追い抜きが終わり、
4組8人が走り、愛は5位と上位には食い込めなかった。
愛は爽やかな顔で戻ってきた。
「走ったらお腹が空きました」
愛の3000m個人追い抜きが終わり、早めの昼食を取ることにした。
5人で毛布の上に座って囲みながら楽しく食べていた。
しかし、私の胃をもたれさせる事を言ってくる、カメラを片手に持った童顔ロリ女がいる。
「カメラの最初の部分に山田が映ってるのを見つけたのよ。それも全身を舐め回すようにくまなく撮ってるのよね。これ撮ったのは変態しかあり得ないわ」
昨日カメラ撮影の練習の為に、私が撮ったやつだ。
そう言ってマリアはカメラを皆が見える中央に置いて再生させた。
セイラと愛と唯は食い入るようにカメラを覗きこむ。
「今映ってるのは、レーサーパンツ姿のもっこりばかりですね。これマリア先輩が撮ったんじゃないのですか」
「あたしがこれを見つけたのよ。あり得ないわ」
一番に疑われたマリアだったが、私が練習がてら撮影したら、偶然山田が居ただけであって撮るつもりはなかった。
それに愛が言っている、もっこりなんて私は撮ってないと思う、多分…。
「あ、今、山田先輩チンポジ直しましたね」
愛の声に反応してしまい私もカメラを覗き込んでいた。
「こんなとこまで撮っているのは変態しか居ないわ。変態のあたしが言うんだから間違いないわよ」
なんだか私が撮ったことを知ってるかの様に、マリアはニヤニヤしながら私を見ている。
これは朝の報復なのか。
マリアの説得力のある説明と私が山田の事を好きなことを知ってる4人の目が私の方へと向けられた。
このままでは変態と言うレッテルが貼られてしまう。
もうダメかと顔を上げると、マリアの後ろにカメラを覗きこむように山田が立っていた。
ますますヤバイ状況になってきた。
「前半は俺ですけど、後半は俺じゃないっすね。多分三年のもっこり先輩ですよ」
そういえばどこかで見たようなデカイもっこりだった。三年生は引退していないはずなのに何でこんな映像があるのか。
「マリア、これは例のおかず映像のつなぎ合わせた動画でしょ?山田のもっこりとは明らかに違うし」
しまった、山田が居るのにもっこりと言ってしまった。私は恥ずかしさのあまり赤面してしまった。
「し、しらないわよ」
マリアのおかげで恥をかいた私は、しらばっくれるマリアの頬をさっとつまみ上げて捻りを加えた。
「イダァイーー、ギブよ、ギブ。あだじがやりまんじだぁー」
マリアが自供して犯人が暴かれた。
マリアは頬をさすりながら立ち上がり言ってきた。
「前半はあたしじゃないからねぇーー」
捨て台詞を吐いて、あかんべーしてからそそくさと逃げ出すようにトイレの方へと向かった。
「いつきても楽しそうでうらやましいよ」
と、言って山田は立ち去った。
マリアのせいで、午後からケイリン決勝だというのになんだかどっと疲れてしまった。
ケイリン決勝。
決勝戦は以下の6名で走る。
1番車、七星蛍 青春学園。
2番車、長良清良 青春学園。
3番車、黒田六花 豹欄高校。
4番車、浜口秋子 白熊高校。
5番車、日置唯 青春学園。
6番車、竹内久美 鷹巣高校。
気を抜けないメンバーが揃った。
今年最後の試合とあって皆が気合いの入った表情になっている。
決勝メンバーはホームストレッチでキャップを貰ってヘルメットに被せた。
私は玲夢に良いレースを見せて、早く戻ってこいと感じ取って貰いたい。セイラも六花もそんな気持ちなんだろう。
ハンドルを握り合図を待つ。
誘導員が通過してピストル音が鳴る。
一瞬5人が出渋るが私が前に踏み誘導員を追いかけると5人は動き出す。
私は受けてたつように前受けをした。
1周が過ぎ、私は後ろを向き並びを確認する。
←誘導員 ① ⑥ ② ③ ④ ⑤
残り2周になり、六花が早めに私に並びかけてきた。
こうなると後ろを確認するのが難しくなる。
残り1周半となりジャンが鳴った。
私は六花が何処で踏み出して来るのか警戒していた。
だが、私は観客の声で誰かが後ろから仕掛けた事を察知する。
まだ600メートル近くあるのに私と六花が並走している外を一気に駆け抜けて行った。
黄色のヘルメットの唯だ。
その後をピタリと追走するように⑥番車の竹内と④番車の浜口が通りすぎる。
並走していた六花も浜口の後を追いかけるように踏み出していった。
不意討ちの仕掛けに私は焦る。
唯のかましが決まり、私は追いかけるしかない。
まずは六花を追いかける。10車身ほど離されてるが、前に目標が見えるだけで精神的に楽になる。追い付くまでに脚を使わされてしまったが問題ない。
唯のペースが落ちると番手の竹内が発進した。
浜口は竹内の番手で車間を2車身ほど開けて後ろからの仕掛けに備えている。
来たら合わせて前に出るのだろう。
六花は追い付くまでに脚を使ったらしくまったく仕掛ける気配がなかった。
私は力尽きた唯を残り半周で抜き去り、六花の後ろから3コーナー入口から捲る。
浜口は仕掛けてきた私を見ると、合わせて踏み出して竹内との車間を詰めながら3段掛けのように前に出た。
4コーナーを出てゴール前の直線に入り、浜口をとらえて、力を振り絞りペダルを踏んだ。
残り10メートルあるかないかのところで、私と浜口の中を割ってセイラが突っ込んできた。
セイラは私の後ろにずっと着いていたのか。
私とセイラはハンドル投げをしてゴールを迎えた。
走り終えて、力を出しきった脚が痙攣する。
今の走り玲夢に伝わっただろうか。
いつもの場所に戻ると愛が泣いていた。
妹の唯が次々と抜かれていく様を見て悔しくて泣いてるのだろう。
唯が戻ると愛が抱きつき大敗した妹を慰めていた。
「愛と唯は喧嘩してたんじゃないの?」
「してませんよ」
「じゃ、何でケイリンに変えたの?」
私がそう聞くと唯は真剣な表情になり話し出した。
「私は蛍先輩やセイラ先輩を見てきて、
今までは愛ちゃんと楽しくやれれば良いかなと適当な気持ちで練習に取り組んできました。ですが蛍先輩のインターハイ優勝を間近で見た時、何か体の奥から沸々と沸きだすというか、私も何かやらなくちゃという焦るような気持ちになり、愛ちゃんの真似ばかりしてたら駄目だと思いケイリンに変えました」
これは良い兆候だと思う。今まで愛の後を追ってきた妹の唯が自ら選んだ競技に出場した。
それと姉妹の間でギクシャクしているとばかり思っていたが違ったようでほっと胸も撫で下ろした。
「一緒に走ってみて先輩達の凄さが改めてわかりました。好きなことを仕事に出来るなんて素晴らしいことですね。私もプロになりたくなりました」
今日の一戦で唯の顔つきが明らかに変わった。
「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」
この場に相応しくない声が響き渡った。
「この学園からプロが生まれたら青春学園もますます有名になって生徒がわんさか入ってきて…」
マリアはそこで言葉を止めて再度不適な笑みを浮かべて笑い出した。
「うひゃひゃひゃひゃ…」
「マリアーー!!粛清!」
「ひぃーー」




