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エンカウント

 






 三月下旬。


 冬場は、すぐに日が落ち、雪が降ったりと自転車に乗る練習があまりできない。

 ウエイトトレーニングセンターで機械を使う練習や陸上部と合同練習したりと基礎の練習ばかりである。はやくロードバイクで長い距離が乗りたい。そんなことを思う日が何日も続いた。


 練習が終わり部室でセイラと一緒に帰るため着替えなが話をしていた。


「ほたる、太股太くなったね」


 セイラは、私の太股を見てそう言った。

 ウエイトトレーニングの成果なのか自分では、毎日見ているからわからないが、セイラが言うのだから間違いないだろう。


「そうだ、パパから聞いたんだけど、男子競輪選手のトップレーサーさんの太股の太さ、74cmもあるんだって」


 私は、驚きのあまり自分の太股ではなく、胸に手を当てて、あと数センチで私の胸と変わらない太さだと愕然とした。


「男子ってそんなに太いんだ」


「うんうん」と、頷くセイラ。


 話していると二人の体熱で暖かくなっていた部室が一瞬で寒くなった。

 振り向くとドアの前にはマリアが立っていて驚いた顔をしていた。


「ま、真面目な二人でもエッチな話もするんだ」と、驚きの顔からニンマリした顔に変わり、私に近づいてきた。


「そんな話してませんよ」


 私は、おかしな事を言うマリアを見て軽蔑の眼差しで睨み付ける。


「友達なんだからそんな目で見なくてもいいじゃないの。これからは、隠さなくても大丈夫だから男の事ならなんでも聞いて上げるわ」


 これはヤバイ、陰毛を剃ったときと同様に勘違いしている。訂正しなければまた厄介事が起きるかもしれない。


「で、どこの誰が極太なの?」


「いえ、競輪選手の太股が太いという話をしてただけですよ」


「ちぇっ、エロ話で盛り上がれると思ったのに」


 マリアは、ガッカリした表情で着替えだした。


「そうだ、明日休みだし、今日の夜ほたるの家でお泊まり会やりましょう」


 マリアには、家庭訪問と称して3回部屋に侵入されてる前科がある。


「いいですけど、変なことしないでくださいよ」


「モチのロンよ!」と決め顔でそういった。


 着替えが終わり、部室のカギを閉めて家路に着いた。


「またあとで」とセイラと別れて家に帰ると玄関に見たことのある靴があった。

「ただいま」と言うと「おかえり」と聞いた覚えのある声が混ざっている。

 もしやと思いダイニングに行くと、マリアが当たり前のように私のファミリーと一緒に夕食を食べていた。


「遅かったわね」


 なんでやねんと心の中でツッコミを入れた。それにしても同化の息を越えて家族になっている。


「夕食の後、お風呂も先にもらうことになったから、ほたるも一緒に入ろう」


 お父さんを見ると、そ知らぬ顔で新聞を逆さに読んでいた。なにか企んでそうだ。


 一人でのんびり入りたいとこだが、セイラが来るので仕方なく一緒に入ることに決めた。


 体を洗ってから髪と背中を洗いっこし、

 湯船に浸かった。

 

「あー極楽、極楽」と昭和臭のする歌を歌い出した。 のぼせるほど湯に浸かった後、大事な仕事が待っている。金魚すくいなら良いのだが、陰毛すくいである。


「毛浮いてるとお父さん喜ぶから桶ですくってね」


「ほたるのお父さん、なかなかのド変態ね」


 全ての毛をすくい終えお風呂から出ると、ちょうどセイラが「お邪魔します」といつもと同じ時間にやって来た。


「あれ、叔父さんは?」

 いつも出てくるお父さんをセイラは、キョロキョロと辺りを見渡して探す。


「あたし達の残り湯で遊んでるみたいよ」


 セイラは、笑いそのまま、三人で私の部屋に向かった。


 こたつに入り暖まりながらテレビを見たりと適当に時間を潰していた。


「セイラの部屋といい、ほたるの部屋も何もないからつまらないわね」


 自分がお泊まり会すると言ったのにつまらないって、、、


「そうだ、YouTubeに夏のインターハイの動画載ってるわよ、水谷監督が四、五ヶ月前に言ってたのを思い出したわ」


 そんな大事なことを何ヵ月を放置しておくって、無いわー。


 私は、自分のスマホで動画を探し、インターハイケイリン決勝を見てみた。二、三年生主体のレースの中、一人、一年の新田玲夢がケイリン決勝に出場していた。意外なことに結果は、6人中6位。

 あんなに強い新田玲夢でも全国だと負けるんだとショックを受けた。でも、一年生でインターハイ決勝で走るなんて私ももっと練習しなきゃと思い、気持ちが高ぶる。


 こたつを消してベッドの中に入る。セイラを中央にして私は、左側。マリアは、右側で寝ることにした。


 マリアとセイラが話してる事など頭に全く入ってこなかった。動画を見たことによって新人戦の時に言われた言葉がよみがえってくる。


 私は、いつ眠りに着いたのか解らないが薄暗い中、朝早く目が覚めた。

 新田玲夢の動画を見て興奮したからに違いない。時計を見ると4時45分。


 セイラとマリアは、狭いベッドの中で抱き合って寝ていた。私は、起こさないようにそっとベッドから出ると、洗面所に行き顔を洗い歯磨きをした。

 二人には悪いけどせっかくの休みだしロードバイクで遠乗りすることにした。


 レーサーパンツを履き長袖のロードジャージに袖を通し、後ろのポケットにスマホと財布と台所にあったバナナを3本ちぎってねじ込んだ。ボトルにポカリを入れる。音をたてないようにロードバイクを玄関から出した。


 ヘルメットを被り、ロードバイクに股がり、ペダルにシューズをカチッとはめて、久々に揖斐高原の方に行ってみるかとペダルを踏んだ。


 5時半を過ぎると日は出てないが明るくなってきた。私は、堤防沿いにロードバイクを走らせた。


 国道303号線に入り、日が差してきた。

 長いトンネルを抜けるのは危険なので裏道からトンネルを回避する。


 迂回してまた303号線に入り休憩場所のある公園に着いた。このまま真っ直ぐ行くと短めのトンネルがあり、通り抜けると登り坂が続く。その前に腹ごしらえだと、公園の六角形の屋根のあるベンチに座り、家から持ってきたバナナとボトルを中央のテーブルに置いて朝食がてら食べることにした。


 バナナを食べているとトンネルの方から車輪の回る音が響いてきた。何気にトンネルの入口に目を向けると、ピストバイクに乗った大きな男性が出てきた。

 私より先に来て練習してるなんて凄いな。男性は、ピストバイクを降りて道路側から公園に入って来た。年は35から40才位の男性でグローブを外しながらこちらに向かってきた。レーサーパンツの側面には、赤のラインが入っていて、赤のラインの中には7つの☆が並んでいる。ドラゴンボールや北斗の拳とは全く関係ない。間違いなくプロのS級選手だ。動揺する私は、立ち上がりおはようございますを噛んでしまった。やってまった恥ずかし。競輪選手からは、「おはよう」と笑顔で返ってきた。


 競輪選手のかたは私の対面に座り、ヘルメットの中にグローブを入れてタオルで汗を拭っている。鍛えられた太股を間近で見れる。自然と太股に目が行ってしまう。バナナを持ちながら下半身に目がいってる状態。この状況は気まずい、なにか話した方がいいのか、こんなときセイラとマリアが居てくれたらと、個人プレイに走った事を後悔した。

 あれこれと考えていたら競輪選手のかたから話しかけてくれた。


「こんな朝早くから一人で練習とは、感心だな」


 S級選手に誉められるなんて、なんという幸せ。さっきのは訂正で、個人プレイに走ったのは、正解だ。


「今日は、たまたま練習が休みになって一人で来ました。負けたくない人が居て追い付き追い抜くために頑張ってます」


「弟子もそんなこと言ってた気がするな。前は、反抗期かなんか知らんが嫌々練習してた感じがあったが最近は、表情も変わってきて率先して俺の練習にも着いてくるようになった」


 弟子か、競輪選手になるにはプロに弟子入りする必要があるとは聞いたことがある。


「もうすぐ降りてくる」


 S級選手の弟子がどんな人なのか凄く気になった。微かに車輪の回る音が聞こえる。トンネルの方に目をやると、入口から出てきた人影は、見たことのある姿だった。

 まさかあれは、

 私は、瞬時に立ち上がった。

 間違いない、彼女だ!


 私は、すかさず競輪選手に聞いた。


「お弟子さんって新田玲夢さんですか?」


「うむ、弟子といっても愛娘だがな」


 まさかこんなとこで会えるなんて。

 そうこうしてる間に公園の休憩場所に入って来る彼女を見てどうしていいのか解らなくなった。しかし新田玲夢も驚きを隠せない顔つきで挨拶してきた。


「おはよう。一回り体が大きくなったわね」


「おはようございます、あのとき言われた言葉が忘れられず追い付くために練習頑張ってます」


「お前ら知り合いか?」


「はい、新人戦の時に知り合いました」


「そうか、じゃあ二人でも大丈夫だな。俺は、岐阜競輪場で仲間と練習あるから先戻るから二人で好きなことしてろ。じゃあな」とピストバイクに股がる。


「お疲れ様です」と見送った。


 たぶん私達二人にきをつかってくれたんだと思った。


「新田玲夢さん、あの~」


「玲夢で良いわよ」


「じゃあ、私もほたるでお願いします」


「玲夢は、競輪選手目指してるの?」


「うん、なるよ。お父さんに弟子入りしたくらいだしね」


「私もなるよ、絶対!」


「じゃあ、約束ね」と握手を交わした。


「その前に、5月のインターハイ予選で良いレースしましょう」


「こんどは、不甲斐ないレースを絶対しないから私をライバルと認めて欲しい」


 私は、握った手を強く握って、おもいきって張り裂けそうな気持ちを伝えた。


「もう、とっくにライバルだよ」


 ライバルと思ってくれてたんだとその言葉に涙が溢れだし頬をつたっていった。


「また、すぐに泣いちゃって」

 玲夢は、あのときと同じ様にポケットからハンカチを取りだし私の涙を拭ってくれた。


「ありがとう、ありがとう、ありがとう」


 豚鼻をならしながら感謝を伝えた。

 涙を拭ってくれた事ではなくライバルとして認めてくれたことに。最大の目標でもあり、友達になれたことに。



「こんなとこで話し込んでたら寒いから一緒に練習しようか」


 玲夢が話を切り出し私達は、トンネルを抜けて揖斐高原の方へ走り出し、体力がなくなるまで練習をした。










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