入部
自転車部の部室は、体育館横に新設されたばかりの立派な部室。扉の横にはケッタマシーン部と縦書きの木製の看板が掛けられていた。中にはいると内田先生がパイプ椅子に足を組んで座っていた。
部屋の広さは、自転車を入れるので広く作られている。中には、個人のロッカーもあり、いい環境で部活動に、打ち込めそうだ。
「もっと人が集まると思ってたけどな~、あなたたち二人だけだったわ。
大勢で、青春したかったのに残念」
内田先生は、ため息混じりの声で言った。私は、競輪選手になるのが目標なので人数はさほど気にしなかった。
「本当なら10人位集まって、キャッ、キャッ、言いながら楽しめたら良かったのに、まあ、しかたないわ。それで、自転車部って何するの?」
私とセイラは、顔を見合わせ内田先生が言った言葉に愕然とした、なにも知らない素人の先生が、自転車部の顧問とは…。
私は、きになり内田先生に質問した。
「先生、あのーですね、他に監督やコーチなど居ないのですか?」
私が質問すると内田先生は、目を細目て横目でこちらを見ていた。
「あたし一人よ」
最悪だ、普通なら顧問の他に監督やコーチがいるはずなに。
なにも知らない素人の先生だけって……。
「なんか不服そうな顔してるね」
今度は、真っ直ぐ向き可愛い顔で睨み付けてくる。
「いえ、そんなこと無いですーー」
良い環境で練習が出来ると思っていた矢先に、災難が降りかかった。
「えっとですね、私達は、山に行って練習をしてました。あと、競輪場での練習はわかりません」
「山かぁ~空気が綺麗で、眺めも良さそうね」
内田先生は、目を閉じ妄想しているように見える。しかし、急に机を叩き立ち上がると、
「明日から、練習を始めましょう」
まるでサイクリングを楽しむ様な口ぶりで、甘ったれた感じでいる先生をギャフンと言わせてやりたかった。
翌日の放課後、私達は部室でロードジャージとレーサーパンツに着替えて準備をした。
外に出ると、内田先生は、生徒が着る赤色のジャージ姿で来ていた。その横には、ママチャリが停めてあった。
車で着いてくるとばかり思っていたが内田先生の考えは違ったようだ。
私達二人は挨拶をし、内田先生の前にならんだ。
「先生、自転車のサドルもっとあげた方が良いですよ」
低すぎるサドルを高くあげて少しは楽に着いてこられるようにした。
「こんなに上げるとくい込んじゃうじゃない」
どこに食い込むかは、知らないがペダルに力が伝わるように高めに上げておいた。
先生は、私たちを整列させてサドルを叩き、「言っておくことがあるから」
と前置きし話し出した。
「あたしも、練習に参加するからね」
ヤル気満々の先生は、目を爛々と輝かせている。
見ればわかるが、遊びじゃないんだから、素人なりに勉強して指導して下さいと言いたい。
「あなたたち二人だけの練習を只、見ているだけなのは、あたしには、耐えられない」
普通なら、監督らがワゴン車で、着いてくるのが基本なのだが、この先生がなにを考えてるのか解らない。
「あたしも、一緒に青春ライフを満喫したいのよ!」
青春ライフを満喫!?
「美容と健康と若さを保つためにも」
美容、健康、若さ!?自己中的な考えだ。
「それと、あたしのことは、マリアと呼びなさい。大事なことだからもう一度言うわよ、マリアと呼びなさい!返事は?」
「はい」
二人同時に返事をした。
「この時点で、あたしもあなたたちと同じだから、三人で頑張りましょう」
「内田先生、同じってなんですか?」
「その前に、マリアと呼ぶこと忘れてない?」
「やはり、先生に呼び捨てなんて出来ませんよ」
「そこよ、先生と思わないこと、あなたたちと一緒になるんだから、あたしは、女子高校生になるのよ。そして青春を味わうの」
ただ単に、若い女子高校生と一緒になって青春したい、ただそれだけと理解した。
「友達になったからには、隠し事はいけないから、あたしの歳は34歳、他の生徒には秘密にしといてね」
でも、34歳で、今更一緒に青春したいとは、どんな学生時代を過ごしてきたのか気になる。
「だから今日から、友達でお願いね」
そう言うと、マリアは自転車に股がり、どや顔を見せる。
「あたしの秘密兵器のケッタマシーン電動式自転車よ」
マリアは、自信満々に言ったが、私は、電動式自転車のポテンシャルを知らない。清良のお店で見たことがあるが、興味も無かったので気にもしていなかった。それにケッタマシーンって…昭和臭が。
岐阜県では、自転車のことをケッタマシーンと言うらしい。
「じゃあ、行くよ~」
勢い良くマリアが飛び出して行き、その後を尾行するように着いていった。
マリアは、鼻唄を歌いながら快調にペダルを回す。橋の坂道も難なく進んでいく。なかなか凄い、電動式自転車のポテンシャルを舐めていた。
だが、池田山近くに来て急変する。
山の麓に来て、マリアの電動式自転車がバッテリーも無くなり、運悪くパンクもし、もつれるように路肩に倒れこんだ。
「マリア、大丈夫?」
ひぃー、ひぃー、ひぃー、と肩で息をしながら路肩に寝転がる。
「くそー、パンク魔に襲われた気分だわ
ふぅー、ふぅー、やっぱり、このケッタマシーン(電動式自転車)は、ダメねぇ ひぃー、ふぅー、ひぃー」
寝転がった状態で空を見上げている。
「自転車部なら、パンク直せないの?」
「タイヤの種類が違うので直せないです」
うなだれるマリアは、秘密兵器が無かったことの様に私達のロードバイクに目を向けた。
「あなたたちのケッタマシーンどこで買ったか教えなさい」
苦しそうに、息をしながら途切れ途切れに聞いてきた。
「私の家が、サイクルショップを経営してます。電動式自転車も放置に出来ないので、パパに電話して来てもらいますか?」
「ありがとう、そうしてちょうだい。
それと、若い男の店員は居るの?」
マリアは、からだを起こして聞いてくる。そんなことだけは、チェックを入れる元気はあるのかと、私は、軽蔑の眼差しでマリア見た。
「パパ一人で、やっています」
がっかりしたマリアは、また大の字に寝転がった。清良は、ロードジャージのポケットからスマホを取りだしパパを呼んだ。
15分後セイラパパが、ワゴン車にのって迎えに来た。マリアは、イケメンのセイラパパを見るなりあたふたとし、手櫛で髪を整え出した。
バックドアから電動式自転車を積み、私達のロードバイクも積み込んだ。
ワゴン車は、一路セイラ宅、兼サイクルショップへと向かった。
「セイラパパさん、ありがとうございます」
「いえいえ、これから娘がお世話になるからお礼なんて良いですよ」
「それにしても、良い男ですわ」
唐突にそんなことを言われたセイラパパは、頭に手をやり照れ臭そうにしていた。助手席に座るマリアは、前を見るでもなく舐め回すようにセイラパパを見ていた。私は、危険な香りがする人種だと悟った。
お店前に着きワゴンから降り、 いつも見慣れた風景だが、自転車の種類、その他もろもろにかけては、有名店並みに揃っている。
「マリアさん、私のパパと同じ歳ですね」
セイラが何もきにすることもなくそう言うと、セイラパパは、マリアを二度見し、驚きの声をあげた。
「いやー、驚きです。すごくお若く見えますよ」
セイラは、マリアに睨まれ慌てたセイラは、小声で、マリアの耳元で「忘れてました、ごめんなさい」をした。
「娘の同級生かと思ってました、あはははは」
セイラパパの言葉に、さっきまでイラついてた顔が満面な笑みに変わっていた。
気を良くしたマリアは、「この店で、高くて速いケッタマシーンをください」
「ケッタマシーンかぁ、懐かしいなぁ」
パパさんは、少し悩んだ感じだったが、ピンクとホワイトのツートンカラーのロードバイクを選び出してきた。
「これ、カーボンで作られてるから軽いし良いですよ」
マリアは、若いと言われた事が影響したのか、八十万円もするケッタマシーンを即決し買った。
「サドルの調整をするから一回、跨いでください」
「こんなに高いと、足も届かないし、
あそこにくいこんじゃうじゃないの」
平気でこんなことを口にだすマリア。
「このくらいあげないと、ペダルに力がしっかり伝わらないからね」
マリアは、納得してサドルにまたがり、何かを感じたのか。セイラパパの肩に手を置き、もう片方の親指を噛みながらあえぎ声をだした。
「すっごぉくぅいぃ~、サドルが恋人になりそうだわ~」
やりそうな人種だと思っていたが正直、ここまでやるとは…。
「マリアさん本当に気持ち良さそうですね、女性の方に多いみたいですよ」
セイラも天然で、言わなくて良いことを言ってしまうとこがある。
「はぁ~、三角木馬で攻められてる気分よ」
見かねた私は、マリアの頭をバシッと叩いた。
セイラパパの肩を借り、サドルから降りた。マリアはパパの耳元で、ささやく。
「いい仕事だったわぁ」
パパの顔が火を吹いたように赤くなる。
マリアは、コホン、と咳払いをし。
「冗談はさておき」
冗談にしては、本気で目がイッテただろうとは言えない…。
「あと、必要なもの全部下さい」
ヘルメット、レーサーパンツ、レーサーシューズ、ロードジャージ、グローブ、スピードメーター、ライト、空気入れ、スペアタイヤ、ボトル、カバン、工具など合計九十万円を爆買いした。
「マリアの家何処なの」
「すぐそこのマンションよ」
こんな近くに住んでるなんて、知らなかった。
「請求書は、学校の理事長宛に回しといてください」
荷物が多いので、マリアのマンションに私とセイラで、送り届けることにした。
「こんな近くに住んでたなんて、驚きです」
「そうね、あたしとしても意外だったわ。それに、担任で、自転車部の顧問で、同じ町に住んでるって何か良いことでも起きそうね」
マリアは、34歳だが子供の様な笑顔で笑う。
「マリアは、家族と暮らしているの?」
「一人よ、たまに二人になったりするけど」
「たまに二人って、彼氏ですか?」
「そうよ、最近はご無沙汰だけどね」
今まで、気にもせずマンションの近くを通っていたが、立派なたたずまいだ。
オートロックを解除し中へ入った。
玄関まで荷物を運びマリアに別れの挨拶をして帰った。
マリアは、家に帰り一人ぼっちの部屋で考え込む。セイラパパの年齢と15歳の娘がいることを思いだし、
「いままで何してたんだろう…」と呟き。
『鬱』になる…。