新人戦1
秋の新人戦は、岐阜競輪場でニ日間にわたって行われる。一周四百メートル走路で大垣競輪場のバンクより直線が長い。
私とセイラは、五百メートルタイムトライアルとケイリンに出場する。
試合前日、私とセイラは少しでもタイムを縮めるためにある決心をした。
それは、毛を剃ることだ。
お風呂場でT字カミソリを使い、右側から慎重に毛並みに逆らって剃っていく。
剃った部分をシャワーで流す。
すると、綺麗なツルツルの肌が現れた。
よし!これでいける。
残りの毛も全て剃り落とした。
なんだか、スウスウする。
試合当日の朝、私とセイラとマリアは、学校に行き岐阜競輪場までワゴン車で送ってもらう。
だが、マリアは、メチャクチャ怒っていた。水谷監督に、言われたことに。
「マリア先生は、高校生の試合には出れません。いくら容姿が高校生でもです」
と、言われ激怒していた。
腕組みをしながら監督を睨み付けている。
「どうにかならないの?」
「僕には、どうにもなりません」
せっかく一緒にがんばってやって来たのに試合に出れないマリアが少しかわいそうに思う。
岐阜競輪場に着きピストバイク、ローラー、工具、毛布などを下ろし通用門から中に入り、バンクの見やすい位置に毛布を敷き場所を陣取る。
岐阜競輪場をホームバンクにしてる高校は、三校あり白熊高校、鷹巣高校、豹欄女学園。白熊高校は、男女自転車部がある。
まだまだ、女子自転車競技人口は、少ない。
試合前の周回練習が始まり、バンクの感触と自分の仕上がりを確認しつつペダルを踏む。
なんだか、調子がいい。
毛を剃ったせいなのかバンクも軽い。
周回練習が終わり、開会式が始まった。
三年の先輩達は、引退し人数も減っていた。男子50人、女子10人。
女子の中には、知ってる顔もなく、誰が強いのかも分からない。
だが、少し気になる人が居る。
私の左斜め前。
豹柄のレーサーパンツ姿に黒のジャージを羽織り背中には、黄色の文字で豹欄と書かれている。
前に並ぶセイラより10cmほど高い。
ショートヘアーでスレンダーな女子。
鍛え上げられた脹ら脛が逆さ向きのハート型になっている。
脛の右側には、剃刀で剃って失敗したであろう傷が横に伸び一本のかさぶたが目についた。
顔は、解らないが、何となくだけど、この人だけ回りの女子とは、雰囲気が違う。
なんか、強そうだ。
でも、この中で私がどれくらい強いのか、それを知れるのが楽しみだ。
開会式が終わり、男子の1000mTTから始まった。1000mTTは、男子全員走る。
それが終わると、女子の500mTTに移行する。
男子が終わるのを待ちながら、怒っていたマリアが気になっていた。
セイラは、ピストバイクの手入れで忙しそうにしている。
一人で探してこよう。
「マリアを探してきます」
そういうと、水谷監督は、居場所を教えてくれた。
競輪場を出て、ワゴン車を見に行き、助手席に座っているマリアを発見。
私は、窓ガラスを叩こうとしたが、叩くのを辞めた。それは、マリアが泣いていたからだ。下を向き、目を拭っている。
さっきまで怒っていたのに、一人になり、泣いていた。試合に出ることもマリアにとっては、青春イベントの1つだったのだろう。
そっとしておこう。
回れ右をしバンクに戻ろうとしたが、やはり、ほっとけない。ドアに手をかける。だが、カギがかかっている。窓ガラスを叩きマリアにカギを開けさせた。
「いやなとこみられたわね」
目に涙をためて憔悴しきった顔をあげた。
私は、とっさにマリアを抱きしめた。
「一緒に頑張ってきたのに辛いね」
マリアは、また泣き出した。
まるで子供のように。
力強く、抱きしめマリアの悲しみを和らぐようにした。
「優しいね、ほたるは、」
「友達だからね」
数分間無言のまま抱きしめ続けた。
落ち着いたマリアは、「ありがとう、元気が出たわ」と言い、私の背中を軽くポンポンと叩き、抱きしめてる手をほどいた。
「マリア応援に来てね、頑張るから」
「モチノ、ロンヨ!」
元気を取り戻したマリアは、ワンピースのファスナーを最大まで下げて、手を入れてボリボリと掻き始め、ため息をつく。どこかの親父みたいに。
私は、それを見て後退りし、マリアから少し離れて注視する。
「せっかく、気合い入れて陰毛まで剃ったのに試合に出れないなんて悔しいし、痒いし、チクチクするし最低よ」
私は、マリアが何を言ってるのか戸惑た。
「えっ!?何で、あそこの毛を剃ったんですか?」
「あんたたちが少しでもタイムを縮めるために毛を剃るって部室で話してたのを聞いたわよ。軽量化のためでしょ?」
「違いますよ、脚と腕の毛を剃り、風の抵抗を少しでも無くすためです」
また、股をボリボリとかきはじめた。
また一歩後ろに下がる。
「生えかけが一番痒いわ、あーイライラする」
どこでそんな話になったのかさっぱり分からなかった。それに、なんだったのか、さっきの感動的なシーンは。
マリアが急に声を荒げて怒り出したので、去り際に「ちゃんと応援に来てよ」と、伝えて逃げてきた。
マリアのおかげで、試合前だというのにどっと疲れた。
陣取った場所に戻り、セイラは、入念にチェーンを磨いたり、前輪を外してチェックをしている。
見習わなければならない。
二人でアップオイルを脚に塗る。
剃った脚が、カッと熱くなる。
そして、ローラーに乗り、走る前のアップをした。
女子500mTTが始まり。
岐阜競輪場をホームバンクにしている、
鷹巣高校の選手からスタートしていった。
第7走者までは、42秒前後の平凡なタイムが続いた。
次は、第8走者。豹欄学園のあの娘か。
マイクで次の走者の名前がアナウスされた。新田理夢さんって人なんだ。
ぴっちりとした黄色と黒の豹柄のワンピース姿の彼女は、切れ長の目をし眼光が鋭く、まるで10頭身の美人モデル。
私が張り合えそうなとこは、胸板だけだった。
発送機にピストバイクをセットし長い美脚で股がる。体を起こした彼女は、左右に手を広げて大きく深呼吸し、胸元で十字を切る動作をした。
ピストル音が鳴りスタートした。
飛び出すようなロケットスタートを決め、長い手脚を生かした綺麗なダンシング。そうとう上り坂を乗り込んでる。
腰を下ろしてからの走りは、大きな体を屈めて全くぶれない。私は、新田理夢の走りに見とれてしまっていた。
バンクからどよめきが起き、我に返る。
38秒52。
このタイムは、夏のインターハイ記録に迫るタイムだ。
私のベスト記録は、40秒10である。
私は、走る前に衝撃的なタイムを目の当たりにして気持ちが動揺する。
新田理夢に勝てるのか。
次は、私の番だ!
「お願いします!!」と、気合いの入った声で、動揺を振り払う。
発走機にピストバイクをセットして股がり、ペダルからシューズが抜けない用にクリップバンドをきつく締める。
発送機を使うスタートのコツは、ハンドルを握って腰をあげて後ろに体重をのせてスタートの合図で前に飛び出す様にペダルを踏んで行く。
体をおこし、ワルピースのファスナーを首もとまで閉め、深呼吸をする。
何処からともなく、「ほたるがんばれー」と、声が聞こえた。
声を辿るとマリアが応援に来ていた。
来てくれたんだ。
がんばるからと、心のなかで誓った。
かまえての合図でハンドルを握り、腰をあげる。飛び出すのが待ちきれない。
気負う気持ちを抑えつつ合図を待つ。
スタート音が鳴るまでが長く感じる。
ピストル音と同時にスタートした。
腕を引き付け、ペダルを踏んでいく。
ディスクホイールの音がリズミカルに音を奏でていく。踏むごとに、だんだん速いテンポになる。
立ち漕ぎしながらぐんぐんと、スピードを上げていき200mライン手前でトップスピードになり、腰を下ろす。
ここからは、脚との我慢比べになる。
できるだけ頭を下げ前方を見ながら風を切り裂く様に内圏線と外帯線の中を走る。
いつも以上に軽快にペダルが回る。
合宿での成果が出ている。
1周が過ぎ、残り100m。
がむしゃらにゴールまでペダルを踏み続けた。
ーー手応えは合った。
さっきと同様、歓声が上がった。
私は、上ハンを持ち呼吸を整えながらアナウスを待つ。
新田理夢さんのタイムを抜けたのか気になる。
マイクから、発表されたタイムは、39秒35。
ベスト記録を更新したが、新田理夢には、及ばなかった。
ピストバイクを担ぎ、陣取った場所に戻ると、マリアと目が合う。
悔しいが、この時はさほど感情が混み上がってこなかった。
「世の中には、上には、上がいるものよ」と、マリアに諭される。
「ほたるもセイラもよく頑張ったよ」
セイラも自己記録更新し、40秒21と、3位になった。
昼からはケイリン種目の予選が始まる。
私とセイラは、エントリーしている。
「ほたる、次は、ケイリンだから、ギアを上げましょう」
セイラに言われ、大ギアを1枚上げることにした。
ケイリンは、先頭誘導員が居て、ある程度スピードが出ているのでギアを上げておく必要がある。先頭誘導員を残り1周半までは、追い抜いてはならない。
400mバンクなら4周走ることになる。
私は、ケイリン選手になるのが目標だから、ケイリンでは絶対に負ける訳にはいかない。




