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第9話 愛を捧げたフール

本日2話投稿しています。

 例えば、私を見る時の青空のような瞳が溶ける所とか、私と話す時いつも幸せそうに微笑んでいる所とか、どんなに忙しくても必ず私の所に来てくれる所とか。


 挙げ出すと、キリがなかった。

 クリストフォロス様が好きな理由なんて。


 でも、なんだかんだ私は彼の隣にいる時が1番安心して、私の1番の居心地の良い居場所だったからかもしれない。


 だって、彼は絶対私の味方だってちゃんと言動で示してくれていたから。


 初対面で美しい王子様にのぼせ上がったのは、ただの恋の切っ掛けに過ぎなくて、婚約期間を過ごすうちに段々とそれが愛情に変わっていった。


 今よりも早い女子の成人を私が迎えると共に、私は前々から気合を入れて用意した真っ白なヴェールを被り、彼と神の前で誓いを立てた。


 彼の元に嫁ぐために。


 国中の誰もが私達を祝福した。誰もが私達をお似合いの夫婦だと言った。誰もが私達を羨んだ。


 だけれど、私達の幸福な生活は突き落とされるようにして終わったのである。



 はじまりは、我が国の国境に近い隣国の村で発生した流行病だった。

 発症当初はただの風邪のようにしか見えないのだが、段々と悪化するにつれて身体を壊していくとても恐ろしいもの。


 それは、行商人を伝って我が国へと入り込み、国境付近の街からどんどん王都内へ広がっていった。国中で数千人もの人が罹って亡くなっていった。何人もの貴族も同じ道を辿り、それは私にも手を伸ばしてきたのである。


 普段滅多に動揺も慌てもしないクリストフォロス様が、その日はとても焦った顔をして、私の部屋にいきなり入ってきたのだ。

 私はまだ支度が済んでいなくて、侍女に髪を結ってもらっていた最中だったが、そんな事はお構い無しにクリストフォロス様は言った。


「エレオノラ大変だ……!一昨日謁見に来た貴族がいただろう?」

「ええ、確か流行病でお医者様がお亡くなりになられて、治療する方が足りないとの事でしたね」

「ああ。その者が(くだん)の流行病に罹ったそうだ」

「まあ……!」


 本当に非常事態で、私達の周りは隔離されていると言っていいくらい外から流行病が入らないようにしていたし、勿論宮殿で催される催事は全て中止となっていた。


「クリストフォロス様はお加減は大丈夫なのですか?」

「僕は何ともない。君はどうなんだい?!」

「ええ。私も何ともありません」


 取り敢えずお互いの無事を確認して、ほっと一息ついた。


「エレオノラ。何かあったらちゃんとすぐに言うんだよ。宮殿には医者もずっといるから、異変があればすぐに相談して」

「はい。クリストフォロス様もお気を付けて」

「ああ」



 ーーそれから3日の後に、私は軽い咳の症状が出るようになり、宮殿医の診察から例の流行病に罹ったと知った。


 クリストフォロス様とは勿論隔離だ。でも、宮殿医はまだ初期症状なので薬でなんとかなるだろうと、怯える私を宥めてくれた。


 当時、まだ一般の人は高価な薬を買えなくて、薬の効能もとても低い時代で、私の症状はどんどん悪化していったのである。


 数日間、ずっと高熱が続き、意識朦朧と過ごしているうちにもうダメかと思われていたらしい。

 奇跡に近いような回復を見せた私は、命の代わりに様々なものを失った。


 身体がかなり弱くなった。すぐに体調を崩すし、体力がほとんどなくなってしまった。

 そして、子供を宿す場所を含めてあちこちの身体の内部にダメージが残り、長生きする事は難しいだろうと言われた。


 最初私の回復を喜んで、完治した途端私の元に会いに来てくれたクリストフォロス様も喜びから一転、顔を真っ青にした。


「何とかする方法はないのか?!」


 近くにいる私の方がびっくりした。クリストフォロス様が声を荒らげる事なんて、今まで無かったから。


「申し訳ございません……!なにせ病の進み具合から見て、お命をこの世に留められた事だけでも奇跡のような事でして……」

「黙れ!!元々はというと、お前が初診で病の具合を見誤ったからであろうが!!」

「ひっ、!」


 ぶるぶると可哀想な位震えて平服する宮殿医に、クリストフォロス様は普段飾りで付けているような剣を、勢いに任せて抜き放つ。

 剣身が光を浴びて美しく煌めく。真っ直ぐな太刀筋と共に宮殿医に振り落とされそうになった所で、私は慌てて我に返った。


「クリストフォロス様駄目です!!彼はよく私を看病してくれました。それに医師も不足しています。今彼を殺してしまってはなりません!」


 大声で言い放った後、喉に違和感を感じて軽く咳き込んでしまう。ヒリヒリと喉が焼け付くように痛んだ。


「ごめん!!エレオノラ。ちょっと頭に血が上っていた」


 寝台の上で咳き込む私にクリストフォロス様は、慌てて剣を納めて駆け寄る。おろおろしながら、背中を摩って少しでも私の苦しみを紛らわせてくれようとする彼はとても苦悩に満ちた顔をしていた。


「クリストフォロス様」


 咳も収まり、乱れた息を整えた後に私は静かに彼の名前を呼んだ。

 宮殿医は言った。子供を授かる事は無理でしょう、子供は勿論王太子妃様の命さえ危ぶまれます、と。


 それでもクリストフォロス様は王太子様なのだ。


「……だ、駄目だ、よ、エレオノラ」


 私が何を言いたいのか正しく察したらしいクリストフォロス様は、みるみる顔を強ばらせて首を振る。

 普段の自信に満ちた、完璧な王太子様の影はどこにも見当たらない。


 それ位、怯えていた。


「クリストフォロス様。仕方がないのです」

「駄目だよ、エレオノラ。駄目だ」


 多分、クリストフォロス様と同じくらい私も怯えていた。いや、平静を装っているつもりだったけれど、失敗しているのかもしれない。


 嫌だった。本当はすごくすごく嫌だった。

 子供の我が儘みたいにずっと事実に目を瞑って、何も無かった振りを出来た方がマシだった。


 それでも私には生まれた時から王国に、国民に、貢献しなければいけない使命がある。それはクリストフォロス様と結婚した今、さらに力強く私を拘束している。


 だから、言わなければならない。

 お互い傷付ける事しか出来ないけれど、義務で言わなければならない言葉を。


「クリストフォロス様、私を離縁して下さいませ」


 クリストフォロス様に向かって頭を少し下げる。

 ポロリといつの間にか浮かんでいた涙が、掛布に落ちた。


 彼に言われるくらいなら、自分で言った方がマシだったんだ。


 近くにいた、私にずっと付き従ってくれた仲の良い侍女が私の言葉に息を呑む。宮殿医は既のところで刃から逃れられたのもあってか、腰を抜かしたまま固まっていた。


「僕は……」


 徐々にクリストフォロス様の顔から血の気の引いていく。私が言い出すのは、予想出来ていたはずだ。


 愛している。

 かつても今も変わらない私の気持ちは、彼の立場を考えれば必要のないものだ。


 彼は王太子様、女として子供の産めない私は彼にとって今や必要のない人物。


 だから、彼に捨てられる前に言いたかった。自分の手で終わらせたかった。


 愛しているから、彼の負担になりたくなかったの。

 愛しているから、捨てられる事に怯えてしまったの。

 愛しているから、他の女の元へ通う彼を間近で見たくないの。


 だからお願い、たまにでいいから思い出して。

 彼との思い出が、綺麗であるうちに別れさせてほしい。


 きっと、私は認められない。

 クリストフォロス様が違う女の元に通う事を。知らない女が彼の隣にいる事を。


 だから、私が嫉妬で醜くならないうちに。どうか。どうか。


「認めないよ、僕は。君にはずっと僕の傍にいてもらう」

「お願いします。クリストフォロス様……!」

「絶対に認めない。僕は……、僕は先程の言葉は聞かなかった事にする」


 皆もそのつもりで、と部屋の中の全員に命令を下したクリストフォロス様は、僅かに陰った青い瞳に私を映す。


「ごめんねエレオノラ。僕は君を離してなんて、やれそうもない」



 ーーそれから間もなくの事だった。義父である国王が流行病に倒れ、帰らぬ人となったのは。


 お義父様との思い出はあまりない。王妃様との関わりはあったが、お義父様と数人いる側室様には接する機会はあまりなかった。


 だから悲しいとは思っても、薄情な事に十代半ばを過ぎたばかりのクリストフォロス様が疫病が蔓延する中、若くしてこれからの国を担っていくのかと思うと、とても心配になってしまった。そして、私自身の身体の事を引き摺ってそのまま王太子妃から王妃になってしまうのかと。


 王妃になれば、更に離縁は難しくなる。王太子妃であってもそうだったけれど。


 クリストフォロス様の他言無用にとの命令で、私の身体の事は全く外部には漏れていない。しかし、私の体力も身体もボロボロで、あまり長い間外には出ていられないし、以前のように活発に活動する事なんて難しかった。


 部屋ばかりにいる私の事を誤魔化すことなんて、いつかは無理になる。だから、その前に別れなければ。


「そう、別れなければならないの。クリストフォロス様の為に」

「エレオノラ様は愛されていらっしゃるんですよ」


 ポツリと漏れた私の呟きを拾った私の侍女がニコニコと楽しそうに笑う。クリストフォロス様と結婚する前からとても仲の良い侍女で、私が病気にかかっても彼女は移る危険性なんかお構い無しに私の看病をしてくれた。


 彼女自身かなり身体が強いらしく、流行病も発症しなかったらしいが。


「随分呑気なのねイオアンナ。そうは言っても私はもう子供を産めないのよ?」

「あらあら。口を尖らして言うなんて、エレオノラ様はまだまだお子様ですねぇ」

「もうっ!私は真剣に言っているのよ!」


 そっぽを向くと、侍女のイオアンナはクスクスと楽しそうに笑う。クリストフォロス様と同い年の17歳の彼女は、当時としてはもう嫁ぎ遅れに近かったが、私の元でずっと働いてくれていた。


「でも、傍から見たらクリストフォロス殿下はエレオノラ様をすごく寵愛なさってますよ。子供のことは側室様に任せて、エレオノラ様はここで王妃様として胸を張っていれば良いではありませんか?」

「違うの……そうではないの……」

「エレオノラ様?」


 ただ、ただ苦しい。

 クリストフォロス様の隣に別の女性が並び立つのも、クリストフォロス様の妻が私以外に増えるのも、私以外の女性がクリストフォロス様を独占する時間があるのも、苦しい。


 嫌なのだ。

 私は王太子妃で王妃になる予定だった女なのに。国王には何人も側室がいることが当たり前なのに。

 こんな感情を抱くのは間違ってるって思っても、止まらない、止められない、止める方法を知らない。


 愛している。クリストフォロス様を。


 だけど私のこの醜い感情は、綺麗で美しくて華やかな色をしていた愛と言えるの?


 病で痩せ細ってしまった自分の首筋を緩りと撫でる。なんだか細い紐が絡み付いたように、私の首をじんわり締め上げた感じがした。

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