第7話 愛を乞うフール
本日2話更新しています。
「おかえり!ファウスト殿下、帰ってくるのが遅いじゃないか!僕本当に待ちくたびれちゃうかと思ったよ!」
「悪いね。会議が長引いたんだ、シスト」
自室に帰るなり、先客は優雅に茶菓子を食べてリラックスしていたにも関わらず僕に向かって愚痴る。
緩いウェーブの掛かった金髪に碧眼の彼は、鏡でも見ているかのように僕と瓜二つ。よく見比べないと誰にも分からない位そっくりである。
「えー、そうなの?何かあったの?」
「アルフィオが父上に既に決まっている婚約を破棄させるにはどうしていいかと聞いていてね……」
「アルフィオ殿下ぁ?僕あの殿下嫌いなんだよね。あの殿下の側近のフィリウス侯爵のガキも嫌い。だって、ファウスト殿下睨んでくるんだもん」
口を尖らせて不満を爆発させるシストに、僕は思わず苦笑いをこぼした。ずっと前に僕の部下が僕の為に見つけてきた影武者、それがシストだ。
シストは僕よりも年下ーークラリーチェとアルフィオと同い年だけれど、時々子供っぽさが残る反面、たまに大人びた考え方をする。幼い頃、シストの両親が重罪を犯して捕まった時、シストは孤児と同じく孤児院に入れられようとしていたが、僕の部下の提案で影武者をする事になった。
自分の役割をちゃんと分かっていて遂行してくれているが、こういう気の抜ける場面では子供らしい一面を見せることが多い。
シストは弟のアルフィオと同じように可愛がっているが、周囲の事もあってかアルフィオが僕に対してコンプレックスを抱いているのは知っている。それに葛藤するのも。
その分シストはそのまま僕に懐いてくれているので、気楽ではあるが。
それにしても、と先程アルフィオと交わした言葉を思い出す。
アルフィオがクラリーチェとセウェルス伯爵の婚約破棄を画策してるのは意外だった。……というか、アルフィオがクラリーチェに興味を示したという事が。
聞けばフィリウス侯爵家の嫡男サヴェリオの頼みらしい。やはり姿形は違えど、中身は同じ人と言うべきか。クラリーチェみたいに直感的に分かった訳では無いが、敵意を向けられて注意深く彼を見て分かった。誰であるかを。
かつての親友に完全に嫌われてしまっているのは、もう随分と前から知っている。エレオノラが亡くなってしまった辺りから、僕とフォティオスは絶縁状態だ。
きっと今世も妹であったクラリーチェを気にかけて、二十も年上のセウェルス伯爵に嫁がせるのは嫌だという事だろう。だが、たかが侯爵子息に決まった婚約に横槍を入れるのは無理だ。
アルフィオが僕に頼みに来るのも分かる。
だけど、僕にも出来ることなんてほとんどないんだ。
昔も、今も。
僕が全ての力を持っていれば、僕が地位などに縛られなければ。
エレオノラをあんな目に合わせなかったのにーー。
そっと目を伏せると蘇ってくる。無邪気に慕ってくれたかつての少女の姿が。
キラキラと輝く黄金の髪を揺らして、桃色の瞳がくるくると色々な表情を浮かべていた。その姿がとても可愛らしくて、僕へ向ける笑みがとても無垢で、何色にも染まって欲しくなくて、ずっと大事に守っていたかったのに。
「ファウスト殿下?」
「いや、なんでもない」
首を傾げて不思議そうに僕を見るシストに、ハッと我に返る。いけない。感傷的になってしまった。
「もー、ラウルからの報告聞いてなかったでしょー!」
頬を可愛らしく膨らませるシストの隣には、いつの間にか部屋に入ってきたのか一目見て覚えられなさそうな地味な顔をした男が立っていた。
「何か大変な事でもあったのですか?」
「うーん、少し面倒な事になった感じかな」
苦笑いをこぼすと、男は眉をひそめた。彼はシストと同じく、僕の影から支えてくれるラウルという基本なんでもできる万能な部下。シストを拾ってきた本人でもある。
それにしても、フィリウス侯爵家の嫡男に、フォティオスに見つかったのはとても面倒だ。アルフィオにも興味を示される事になった。
まさか、婚約していても結婚発表前にセウェルス伯爵に伴われてクラリーチェが社交界に姿を見せるとは思わなかったのだ。想定外だった。
「ファウスト様。実はお耳に入れておきたい事が……」
「どうしたんだい?」
「グローリア王妃がクラリーチェ嬢に目を付けました」
「そうか……」
予想はしていた。アルフィオの母親であるグローリア王妃が、アルフィオの周りを彷徨く蝿を叩き落とさない筈がないから。
それはアルフィオの側近であるフィリウス侯爵家の嫡男でも同じなのだろう。
第二王子派に害を成す者を許す人ではない。醜聞なんか王妃は絶対許さないだろう。
「ファウスト殿下。どうなさいますか?」
「クラリーチェを影から護衛してくれ。絶対に僕の手の者だと悟られないで。まだバレる訳にはいかない」
「分かりました」
正直、クラリーチェとセルウェス伯爵の婚約に首を突っ込まれると、僕達の計画に支障が出る。
フィリウス侯爵家に上手いこと横槍を入れられたら困るのだ。レオーネ男爵の事だ。クラリーチェがフィリウス侯爵家と婚姻を迫りそうだが、クラリーチェの肩身も狭くなりそうだし、何より結婚してしまったら手出しがしにくくなる。
アルフィオは国王になりたいと言うが、僕から見たらまだまだだ。とても甘すぎる。
今の立場でもそうだが、自分の言動1つで誰かの人生を左右することになるのを分かっていないのだ。
特に今みたいな第一王子派と第二王子派で分かれた状況では。
「本当に、王位継承権が産まれた順番だなんて迷惑な話だよね」
なんの因果か、前世も今世も多くの人々が憧れる王位に一番近い男になるなんて。
僕が王位を望んだことなんて1度たりとも無かった。
王であるが故に、孤独を強いられた僕には。
「でも僕どっちかというと、アルフィオ殿下よりファウスト殿下の方が王様がいいー」
「こら、シスト。そんな事を言ってはいけません」
「もー、ラウルは頭硬いんだよ。どう見てもファウスト殿下の方が王様に向いてるじゃん?」
腕を組んで口を尖らせるシストにラウルが窘める。僕は苦笑いで答えた。
「実はね、僕は全然王様には向いていないんだ」
「もー、ファウスト殿下いつも言うよねそれ。僕から見たら全然そんな風には見えないけど」
「見えなくても事実なんだよ」
「一国を滅亡に導いた国王なんて、想像つかないよ」
全く向いていないんだ。
僕の大事なものの前には、国なんてどうでもよかった。僕の世界に国なんてなかった。
だから、僕は絶対に諦めない。
エレオノラを、クラリーチェを。
彼女が僕を愛してくれている限り、ずっと。