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第2話 愛を捧げたフール

 ()()()()()()が必ずしも素敵な事だとは限らないなんて、誰が想像しただろう。


 1度目の運命の出会いは、ずっとずっと昔。

 私がクラリーチェという名前じゃなかった頃。


 まだ8歳だった私は、国で五本指に入る位の裕福な家庭で生まれ育ったそれはそれは高貴なお姫様だった。両親の美貌を受け継ぎ、誰からも愛され、この世の全ての幸福を一身に受けたような立場にいたのだ。


 そんな私の父親が決めてきた婚約者がクリストフォロス様ーー現在のファウスト様である。


 今と政治体制は少し違い、国王と9人の貴族議会で国が成り立っているような時代で、クリストフォロス様は今と同じ王太子様だった。

 それでも王太子様であるクリストフォロス様は一人っ子だったし、王太子という立場が不安定だなんてことはなかったのである。


 今のファウスト様と同じく、クリストフォロス様は私より3つ年上のお兄さんだった。


 項のところで一括りにした、緩くウェーブのかかっている銀髪に薄氷色の切れ長の瞳。中性的な容姿は11歳という年でも、将来美青年になるであろうと皆が噂していた。


 深窓の姫君だった私の所にも噂は伝わってきていたし、クリストフォロス様と同い年で仲の良かった兄がクリストフォロス様についてよく話してくれていた。

 だから、貴族議会の一員である私の父がクリストフォロス様と私の結婚話を持ってきた時は、誰もが身分も年齢も釣り合うお似合いの夫婦になるだろうと祝福してくれた。



「はじめまして、お姫様。僕はクリストフォロス。将来君の夫になる者だよ」



 私の住む邸の中にある庭園。咲き誇る花々の真ん中で、私の前に跪いてニコニコと優しい微笑みを向けてくれた彼は、間違いなく物語に出てくる王子様そのもの……いや、それ以上だった。


 家族と仕えてくれる家臣以外の男の人と会ったことがなかった私は、噂以上の彼を見た瞬間完全にのぼせ上がってしまったのは言うまでもない。


 これが祝福された婚約で、彼も私の事を好きでいてくれていたので何の問題もなかったのだが。


 女子が結婚出来る14歳まで、クリストフォロス様は足繁く我が邸に通ってくれた。


 まだまだ子供で、庭園ではしゃぐ私をクリストフォロス様は辛抱強く毎回兄と共に相手にしてくれる。

クリストフォロス様といる時は大体必ず誰かが付き従っていたが、一度隠れんぼをしている最中、彼と二人きりになった時があった。


「ねぇ、クリストフォロス様。隠れんぼするなら2人で逃げるより、別々に逃げた方がいいのではないの?」


 鬼であるお兄様から逃げようとした時に、私はクリストフォロス様に手を引かれた。

 そのままどこに連れて行かれるか分からずに、私はお兄様に聞こえない位置でクリストフォロス様に尋ねた。


「うん。ちょっとね」


 言葉を濁したクリストフォロス様はお兄様を外に置き去りにして勝手の知る私の邸の中に入り、使用人達に遭遇することなく近くの客室へと入る。

 そして後ろ手で扉を閉めた彼が、いつになく真剣な表情で私を見下ろした。


「エレオノラ」

「クリストフォロス様?」


 私の名前を呼んだクリストフォロス様の薄氷色の瞳が艶やかなものに変わる。いつもの穏やかな雰囲気とは違って、少し妖艶さを纏った彼は王太子様というより、1人の男の人だった。


「エレオノラは僕の事ちゃんと好き?」

「はい!」


 自信満々に頷くと、クリストフォロス様は静かに私に問い掛けた。


「理想の王太子様じゃなくて?君は1人の男として、僕を愛してくれる?」

「ええ、勿論です!」


 今更何を聞いているのだろうと思いつつ、私が頷くとクリストフォロス様はすごく泣きそうで、それでもとても幸せそうにくしゃりと微笑む。


 私の左頬を壊れ物を扱うようにそっと包み込んだ彼は、右の頬に軽いキスを落とす。

 彼の顔がこんなに間近に迫った事は初めてで、心臓が痛いくらいに高鳴った。


「君が僕だけを愛してくれる限り、僕も君も愛すし、僕はみんなの理想的な王子でいよう。だからね、君は僕だけを見て、僕だけを愛して、僕だけのエレオノラでいて?」

「はい!ずっとずっとエレオノラはクリストフォロス様を愛しております」


 その時はすごくすごく幸せだった。

 私はクリストフォロス様のもので、クリストフォロス様は私を愛してくれている。家族も私を可愛がってくれていて、お金に困る事なんてない。


 それだけが、幸せに満ちた環境が私の世界だった。



 初々しいカップルに誰もが微笑んで見守ってくれた。

 私は彼の隣に立つ為に、今までよりも更に努力した。勿論当時の女に教養は必要なくて、貴族の娘もそれは同様だったので、女としてのお淑やかさや煌びやかに着飾ったりだったけれど。


 国民も次代を担う私達の結婚を歓迎した。


 そう、私は疑ってすらいなかったのだ。

 クリストフォロス様と結婚して、一生彼と幸せに暮らしていくことを。



 そして、『愛してる』という言葉がどんなに残酷な鎖となって私を縛り上げる事になるか、

私はまだ知らなかったのだーー。

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