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第18話 愛を捧ぐフール

 前世のフォティオスお兄様、現フィリウス侯爵家サヴェリオ様にどうにかして連絡が取りたかった。私に関わらないようにって。

 けれど、フォティオスお兄様との繋がりはどこにもない。私にフォティオスお兄様と連絡を取ることは不可能だった。


 手紙を出そうにも、お父様とセウェルス伯爵が何と言うか……。特に、セウェルス伯爵は私を使って何かしようと企てていた程だ。私がフォティオスお兄様に手紙を出しただけで、どうそれをセウェルス伯爵が利用するか分からなかった。


 この時代では特に私の力は弱かった。

 男爵の愛人の娘だ。元々の立場も弱かったけれど、私のせいでフォティオスお兄様が窮地に追いやられるのは本当に嫌だった。


 それは、ファウスト様の事も同じ。


 私の大事な人達が私のせいで傷付いてボロボロになっていくのは、もう嫌だった。


 セウェルス伯爵の事は元々狸だと警戒していたが、前回の夜会で更に警戒心が深まった。やはり、人当たりのいい穏やかな顔の下には野望が渦巻いているのだろう。


 3度目の夜会は、更に私は注目を浴びた。

 セウェルス伯爵はそれには頓着せず、私を引き連れて挨拶をして回る。その度に私は様々な人から、好奇心、嫌悪、色めいたものまで様々な視線を向けられた。


 グローリア王妃様が私に興味を示されているのは継続中なのか、更に周りに広まってしまっているだけなのか。


「クラリーチェ」


 隣のセウェルス伯爵が私の名前をそっと呼ぶ。何事かと顔を上げると、彼はいつもの穏やかな笑みを浮かべて視線だけで示した。


「ほら、あそこに君を気にかけている殿方がいるよ」


 つられてそちらの方を向くと、黒髪碧眼の少し神経質そうな青年ーーフォティオスお兄様が立っていた。


 フォティオスお兄様は私の事を頻繁に見ていたのか、思いっきり視線が交わる。けれど、私は即座に視線をフォティオスお兄様から外し、セウェルス伯爵に戻した。


「それでも私はエヴァンジェリスタ様の婚約者です。私は誰にも(なび)きません」


 そう、ファウスト様以外誰にも。


 セウェルス伯爵はそうかね、と一言私に残してまた挨拶回りを再開する。

 その時、一際目立つ父娘が最後に会場に入ってきた。


 真っ直ぐな金髪を全て後ろに流した切れ長の紅色の瞳の男の人、王太子派筆頭のアウレリウス公爵。

 そしてその隣を歩くのは、綺麗に巻かれた金髪にアウレリウス公爵と同じ色をした大きな瞳の美少女、アウレリウス公爵令嬢オリアーナ様だ。


 ファウスト様の、婚約者。


 かつての私と同じ立場にいる人だ。

 社交界に出る上でどこかで会うとは思っていた。幸いにも、ファウスト様の隣にオリアーナ様がいる姿を見た事はないが、この先社交界に出入りしていたら避けられないだろう。


 ちゃんと、平然と彼らを見ることが出来るだろうか。

 それと同時に、ファウスト様は私がセウェルス伯爵の隣に立つ事をどう思っているのだろうか。


「クラリーチェ。次はアウレリウス公爵の元に挨拶へ行くよ」

「はい」


 オリアーナ様を目の前にしても平然と、だ。

 昔あれ程、テレンティア様に感じた嫉妬を抑えて私は穏やかな王妃を演じたのだから、今世だって出来る。

 意識的に自分の心を無にして、セウェルス伯爵の斜め後ろに控えた。


 近づく私達にアウレリウス公爵が先に気付いた。


「セウェルス伯、久しぶりですな」

「お久しぶりです。アウレリウス公爵」


 アウレリウス公爵はセウェルス伯爵からゆっくりと私に視線を移す。そして、切れ長の瞳を驚いたように僅かに大きく見開いた。


「失礼。そちらのご令嬢は?」

「ああ、こちらはレオーネ男爵令嬢クラリーチェです。私の婚約者でして」

「ああ、あの……。随分と若く美しいご令嬢を捕まえたようですな。羨ましい」

「ははは。これまたご冗談を。奥方に怒られますよ?」

「それもそうだな。オリアーナ」


 私の名前が出るなり納得したように頷いたアウレリウス公爵は、斜め後ろにいたオリアーナ様を呼びかける。

 オリアーナ様に視線を移すと、食い入るように私を見ていた。


 グローリア王妃の興味を引いた私の存在がそんなに広まっているのだろうか。いや、どんな噂が裏で流れているのか。


「……はじめまして。私オリアーナ・アウレリウスと申します」

「はじめまして。オリアーナ様。クラリーチェ・レオーネと申します」


 形式的な挨拶をしても、オリアーナ様の視線はセウェルス伯爵の方には向かず、私ばかり向いている。アウレリウス公爵とセウェルス伯爵はというと、二人で政治的な世間話をしていた。


 アウレリウス公爵と談笑中のセウェルス伯爵に頼れる訳がなく、オリアーナ様からの視線をどうしたものかと戸惑っていると、向こうが口を開いた。


「……クラリーチェ様はセウェルス伯爵とご婚約されていると聞きました。それは本当なのですか?」

「え、ええ……」

「このまま婚約を続けて、セウェルス伯爵とご結婚されるの……ですよね」

「そうですね」


 何を今更……と思いながら頷くと、オリアーナ様は酷く複雑そうな色を紅色の瞳に浮かべて黙り込んだ。

 一体、ファウスト様の婚約者がどうしたのだろうと不思議に思っていると、セウェルス伯爵と話していたはずのアウレリウス公爵が鋭い眼光で私を射抜いた。


「失礼。娘は今、ファウスト殿下との結婚が迫ってきているので色々と戸惑っていてね。幼いうちに婚約したから、周りよりも早く結婚してしまう事に不安を感じているのだよ」

「はい……」


 昔とは違い、結婚適齢期はかなり上になっている。女の立場がまだ弱いといっても、昔程では無いし、私とオリアーナ様みたいに婚約者が早くに決まるのも珍しかった。

 実は私達の年齢では婚約者のいない方が多いのだ。現にフォティオスお兄様と第二王子様は婚約者はいない。


「君もセウェルス伯爵ともうすぐ結婚するのだろう?だから、きっと娘は君に親近感が湧いたんだ。よければ仲良くしてやってくれ」

「はい」


 友好的な言葉を私に向けながら、紅の瞳は敵を見るかのような険しさを孕んでいた。

 私がアウレリウス公爵に直接何かをした覚えはない。


 だとすれば、私とファウスト様の関係がこの人にバレて……?


 そう思いかけて、内心首を振った。そんな事がバレていたら間違いなく内密に誰かがファウスト様を止めるし、私は今のような穏やかな生活を送れていないだろう。


 王太子の醜聞などあってはならない。


 それでも私の侍女の何を考えているか分からない、けれど見透かすような栗色の瞳が不意に浮かんで、中々消えてくれなかった。


「どうかしたのかい?クラリーチェ」

「……え、あ……、なんでもありません」


 アウレリウス公爵とオリアーナ様が他にも挨拶回りに来た他の貴族の相手をしに行ったところで、私とセウェルス伯爵は二人でその場を離れた。


 しかし、私はファウスト様との関係を見抜かれてしまったのではないか、との不安が顔に出ていたのだろう。

 私の顔を覗き込んだセウェルス伯爵は心配そうな顔をした。


「顔色が悪い。人混みに酔ったかい?」

「ええ、そうかもしれません……」

「少し夜風に当たってくるといい。私はまだ挨拶を済ませていない人の所へ行ってくるよ」

「すみません……」

「気にする事はないよ。気を付けてね」


 丸い身体で会場を動き回るセウェルス伯爵の後ろ姿を見送り、私は外に出るために会場を後にする。

 整備された貴族の敷地内の庭とはいえ、夜に暗がりに連れ込むお酒に酔った不埒者がいないとは限らない。私は見晴らしのいい、パーティーの行われている会場から近い所に設置されたベンチに腰掛けた。


 夜空には、前の(せい)で見た時と寸分違わない星と月が浮かんでいた。


 クリストフォロス様は私の全てだった。

 お父様も、お母様も、お兄様も、イオアンナもいたけれど、私の帰る場所は確かにクリストフォロス様の元だったんだ。


 今はもう、ファウスト(クリストフォロス)様の足でまといにしかならないのに。


「クラリーチェ様」


 可憐な少女の声が私の名を呼ぶ。

 誰かなんて間違える筈がない。さっきまで聞いていたのだから。


「オリアーナ、様」


 美しく巻かれた金髪が月光によく映える。爛々とした紅色の大きな瞳が夜に浮かぶ。

 彼女の口元がゆっくりと弧を描いた。


「私、一度お話したいと思っておりましたの。クラリーチェ様」

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