第11話 愛を捧げたフール
本日2話投稿しています。
件の王女様が私達の国に嫁いできたのは、それから間もなくの事だった。
長らく途絶えていた国家間の国交復活を祝して、それはそれは立派な花嫁行列だったと聞いた。
私は直接見ていない。侍女のイオアンナに教えてもらっただけだ。
私は王妃として隣国の王女様に、クリストフォロス様と一緒に会っただけだった。
テレンティアというこちらでは耳にしない名前の彼女は、噂に違わず見る者全てを魅了するかのような美しい女性だった。
クリストフォロス様と並んでも見劣りしない程に。
……なんて、これは自分の醜い感情から出てくる言葉なのかもしれない。
「エレオノラ様!見てください!陛下から美しい花束が届きましたよー!」
「イオアンナ、ありがとう。とても綺麗ね……飾っておきましょう」
「はい!どの花瓶にするか悩んじゃうなー」
両手いっぱいに花を抱えたイオアンナは、私が落ち込んでいるのを察してか今までより明るく振る舞うようになった。
他の侍女にも気落ちしているのをバレないように振舞っているのだが、やはり侍女の中でも長い事イオアンナが仕えてくれているのもあってか誤魔化せなかったようだ。
イオアンナの両手には立派に咲き誇る深紅の薔薇。昔の人が付けた花言葉は勿論分かっている。そして、花束だけでなく毎日色々な贈り物を用意して届けてくれているのも。
それが、全て私好みのものである事も。
クリストフォロス様の気持ちは、確かに私の元にある。
「じゃーん!どうですか!エレオノラ様!中々いい感じじゃないですか?!」
「ええ、素敵。素敵よ、イオアンナ。一気にお部屋が華やいだわ」
「ありがとうございます!」
胸を張って喜ぶイオアンナは、無邪気にニコニコと微笑んだ。
「本当にエレオノラ様は陛下に愛されていますね!こんなに毎日贈り物なんて、他の旦那様方はなさらないそうですよ!」
「ええ、本当にクリストフォロス様は素敵な旦那様だわ」
「いいえ!エレオノラ様も素敵です!」
「……ありがとう。イオアンナ」
上手く笑えていたかは分からない。
隣国の王女様であるテレンティア様が側室として上がってから、クリストフォロス様は夜はそちらの方へと行ってしまうようになった。
それでも、夜更け頃に私の元に来るらしい。
らしいというのは、朝起きたらクリストフォロス様が私の隣で寝ているからだ。
そして結婚したての頃から変わらずに、朝の弱いクリストフォロス様を私が起こす事になる。
時々、クリストフォロス様から別の女の人の香水の香りがするけれど、気付かないフリをして無邪気に振る舞うのは慣れてしまった。
でも毎回、胸の奥に少しずつ鉛が埋まっていくような感じがした。
純粋で無垢で、一途にクリストフォロス様を愛していたのに。
いつの間にか少しずつ少しずつ、愛が濁っていくような、そんな気がした。
そんな時だった。お兄様と久しぶりに面会したのは。
「エレオノラ王妃様お久しぶりです」
「ええ、お久しぶりです。お兄様」
流石にもう私の方が身分高くなってしまったで、家族でも昔のように呼び捨てで呼ばれることはなくなってしまった。
「どうされたのです?お兄様がわざわざ会いに来るなんて、珍しいですね」
「はい。エレオノラ王妃様に伺いたいことがございまして……」
「伺いたいこと……?」
首を傾げると、お兄様は少しだけ躊躇したが思いきったように口を開いた。
「エレオノラ王妃様は今、お幸せですか?」
「……幸せ?」
女として最高の位についた。心優しい侍女達に囲まれ、夫からは愛されて沢山の贈り物が届く。
これって、幸せな事でしょう?
「ええ、幸せですわ」
「本当にお幸せですか?」
「……ええ。どうしてそんなことを聞くのですか?お兄様」
誰から見ても、幸せな筈なのに。
お兄様の濃い色をした碧眼が翳った。
「陛下がテレンティア様の元に足繁く通われていると聞きました」
「……ええ」
「エレオノラ王妃様が蔑ろにされているのではないかと心配になりまして……」
蔑ろになんかされていない。毎日贈り物が届くし、朝には顔を合わせている。
「蔑ろになんかされていません。お兄様、どうしてその様な事を……?」
「夜のお渡りが毎日側室のテレンティア様のみに集中していると聞きまして……。エレオノラ王妃様にまだ御子がおられないのに」
みんな知らない。私に子供が出来ない事を、クリストフォロス様が隠し通せと命令したから。
だから、子供を作る為にテレンティア様の元に通わなければならないのは分かっている。
けれど、分かっていても改めて言われるのは別でしょう?
「……テレンティア様から生まれた御子が男子ならば、きっとこの国と隣国を結ぶ橋渡し役となるでしょう?」
「ですが……」
「お兄様は私の元にクリストフォロス様が通われない事がとても不満ですか?」
一瞬ハッとお兄様は碧い瞳を見開き、頷いた。
「当たり前です。エレオノラ王妃様が王妃様であっても、私には大事な妹でもあるのですから、蔑ろされたら父上も許しません」
「……そう。クリストフォロス様には大事にしてもらっております」
「そうですか……」
お兄様は意のままに進まない会話だったのだろうか、少しだけ息を吐いた。
「それならば何故、エレオノラ王妃様は思いつめたようなお顔をなさっているのですか?」
「思いつめたような……顔?」
思わず手で自分の頬に触れる。お兄様に気を遣わせる程、そんなにも酷い顔をしていたのか?
自分では分からないので、どうしようもない。
「ええ、エレオノラ王妃様。貴女がお辛いのであれば、父上から陛下に申し上げてもいいのです。テレンティア様は隣国の元王女様とはいえ、今では一側室でしかありません。陛下が王妃様を蔑ろになさっていい筈がありません」
「いいえ、いいえ……。いいのです。私は大事にされているわ」
言える訳がない。こんなにクリストフォロス様から大事にされているのに、テレンティア様の元に通って欲しくないだなんて。
王妃たる者が、たかがそれだけの我が儘を言ってはいけない。
知らないのだ。お父様もお兄様も。
国王は沢山の妻を持つ。それは尊い国王の血が途絶えない為にだ。
一夫多妻が当たり前の場所で夫が他の女性の元へ通うのが嫌だなんて、言ってはいけない、言える訳がない。
私はとても大事にされている。一緒にいるだけで、クリストフォロス様から伝わってくる。そして、私も愛している。
お兄様が帰った後、自室でこっそりと鏡で自分の顔を映してみた。
いつか見た、疲れきって少し年老いてしまったかのような女がそこにはいた。
「……これでは、お兄様に心配されるのも納得だわ」
隈は勿論、身体も女らしいとは程遠く、痩せ細ってしまっている。手も華奢を通り越して、怖いくらいに細かった。
最近あまり外に出れていないせいか、肌も病的に白い。
体力がいつの間にかだいぶ落ちてしまった。疲れやすくなってしまった。すぐ風邪にかかるようになってしまった。
みんな知らない。
流行病から奇跡的に回復しても、身体への被害が色濃く残っている事に。
みんな私が人より身体が弱いだけで、普通に機能する身体であると疑っていないから、お兄様は私がテレンティア様が来て私が落ち込んでいると思っているのだろう。
ゆっくり目を伏せて、細長く息を吐く。
ああ、なんだか少しだけ、疲れてしまったわ。