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第1話 愛を捧ぐフール

 私には、婚約者である伯爵がいる。

 彼には、婚約者である公爵令嬢がいる。


 男爵令嬢の私と王太子の貴方。

 そんな私達は誰にも言えない秘密の関係である。


「やぁ、僕のクラリーチェ。久しぶりだね」

「ファウスト様……。また来られたのですか?」


 私の住んでいる家の窓から、爽やかな微笑みと共に侵入してきた緩いウェーブのかかった碧眼の美青年ーーファウスト様はこの王国の第一王子であり、王太子である。普通だったらお話することすら恐れ多い。


 勿論、しがない男爵の愛人の子供である私が住む家にファウスト様が忍び込んで来るなんて、到底褒められた事ではない。


 社交界の時期、貴族は王都に住まいを移すが、それ以外は領地で過ごす。

 勿論私も例外ではなく、今はお父様と正妻と異母兄妹と王都に来たばかりだった。


 愛人である私のお母様はとうの昔に亡くなっており、愛人の子供である私は王都のお屋敷でも領地のお屋敷でも一人離れで暮らしている。

 義理の母である正妻が私と同じ所に住みたくないそうだ。当たり前だろう。夫の浮気相手の子供である。


 貴族の庶子でも存在を認知されず、捨て置かれるに比べれば離れとはいえ立派な家に住み、美味しいご飯を食べ、貴族の子女らしく教育を受けて生活を送れているのだからこれ以上望む事がないくらい幸せな待遇だ。


 それもこれも、王都で女優をやっていたお母様の美しい美貌をそのまま受け継いだ私が、いずれ自身の政略の為になると思ったお父様が駒として手元に置こうと思ったからだろう。


 現に婚約者として引き合わされた二十近くも年上の伯爵様が私を是非後添いにと言ってきて、結婚に乗り気になった程である。今はまだ成人していないので婚約者となっているが、男爵の愛人の子供が伯爵様に嫁ぐことになるのは大変な出世ではなかろうか。


 結婚まで、あと1年という所で他の男に通われてるだなんて噂になったら、間違いなくこの婚約は破談だ。しかも相手は王太子殿下。

 責任を取れだなんて迫らないし、どう考えても私だけが泣き寝入りするしかない。側室に上がれるのであれば大出世だが、上がれる保証はないのだ。


 周りが許さないだろう。醜聞が出た時点で、王太子を支持している者達に私が消される可能性がある。


 何故なら、王太子殿下であるファウスト様が非常に不安定な立場にいるからだ。


 この王国では基本的には、王位継承権は生まれた順番で決まる。


 第一王子であるファウスト様を産んだお母様は、現国王の側室の1人でもう既に鬼籍に入られているお方だ。そして、お母様のご実家は私と同じしがない男爵。男爵であるファウスト様の御祖父様はご健在だが、男爵なんて貴族では下の方だ。後ろ盾はないに等しい。


 対して、第二王子はファウスト様と一つしか違わない上に王妃様の実の息子だ。そして、王妃様は公爵家出身のお方。後ろ盾もしっかりしているのだ。


 そして、第二王子一派は王太子であるファウスト様を退けて国王の位につけようと目論んでいる。


 なので、現国王陛下はファウスト様が王太子になる時に後ろ盾となるよう、王妃様ご出身の家ではない公爵家から年齢の釣り合うご令嬢をファウスト様のご婚約者に据えたのだ。


 国王陛下のみ側室を娶ることを許されているが、王太子には許されていない。結婚もしていないうちにどこぞの男爵令嬢ごときにうつつを抜かすなど、ファウスト様の立場では到底許される事ではないのだ。


 ファウスト様もそれが分かっているのか、領地まで出向くことはない。だが、私が王都に来ている時はたまに顔を見せる。


 それすらも本当はやめて欲しいのだが。


「ファウスト様。どうして来られたのですか?私は毎回お戯れはお辞めくださいとお願いしています。お互い婚約者のいる身。軽率な振る舞いをなさってはいけません」


 渋い顔でファウスト様を諌めた私に、彼はうんうんと聞いていないようないい加減な頷きを返す。


 毎度お願いしていても、これだけは聞き届けてくれない。

 ファウスト様自身は聡明で何をやっても完璧にこなす立派な王子様なのだ。生まれの事がなければ第二王子なんて、ファウスト様の才能の前では敵ではないのだ。


 そんな彼が自分の立場を分かっていない筈がない。


 ……そう、分かっていない、筈がないのだ。


「ねぇ、クラリーチェ。ずっと僕は言っているよね?ここに来る事を僕は諦めないよ。絶対に。


――だってそうだろう?エレオノラ」


 トーンを落とした艶やかな声で、ファウスト様はうっとりと私の目を見つめて微笑んだ。それはもう、幸せそうに。

 私の忘れたかった名前を呼んで。


「ーー()()に会いたくない訳がないじゃないか」

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