母の記憶 3
「お願い、ですか?私たちに出来ることなら受けますよ」
「マジで!サンキュー。で、そのお願いなんだけどさ......えと、その...俺の彼女のフリをしてくれないか?さっき、友達と話してるときそいつの彼女の事自慢されて、そんで見え張って「俺なんか、お前の彼女の何百倍も可愛い彼女いるし」って言っちゃたんだよ。そしたら、今度の週末皆で遊ぶときに友達の彼女と一緒に紹介しなくちゃいけなくてさ......。だから、お願い!!」
秀仁からのお願いは、「週末に彼女のフリをしてくれ」というものだった。元の世界にも彼氏彼女という関係があるようで、エリーは秀仁の言葉を聞き棒立ちになっている。...ふと、我に返り顔を真っ赤にしながら俯いてしまう。
「べ、別にいい...ですよ?た、ただ、こちらも色々と、き、聞きたいこと、とかありますので、ちゃ、ちゃんと、こちらの、お願いも、受け、てく、下さい、ね......?」
赤面状態で俯いたまま混乱しているようで途中途切れながらもなんとか言い切る。エリーはしばらく顔を上げられずまともに話すことも出来なかったので小屋の中に用意されているソファに座り落ち着くのをただひたすらに待つ。五分ほどすると、マリアが温かい紅茶を持ってくる。花の模様が施されている少し小さめのカップで清楚で高級感溢れるものだった。秀仁が軽く頭をさげ口パクで「ありがとう」と伝える。マリアは、テーブルに紅茶のお変わりようのポットとお茶菓子を置くと小屋から静かに出て行った。他の4人は秀仁が小屋に入った時点で外に出ていた。秀仁は出されたお茶菓子の内のパイの様なものを1つ食べる。
(ん!これ美味い、マリアが作ったのかな?)
美味しかったようだ。1つまた1つと食べていく。
「マリアの作ったパイは美味しいでしょう?」
秀仁はエリーに突然声を掛けられ両手にパイを持ったまま姿勢を正した。
「ふふ、そんなに驚かなくても大丈夫ですよ。私も、もう落ち着きましたし」
秀仁の肩から少し力が抜ける。
「良かった落ち着いたか。あ、そういえばエリーもお願いがあるんだっけ?俺のお願いを引き受けてくれるお礼みたいな感じだけど、なんでもやるから」
秀仁は笑いながらそう告げる。
「ありがとうございます。それで、お願いというのはこの世界での文字や礼儀作法、生活していくなかで必要なものなど教えてほしいのです!前に、異世界から来たと話しましたよね?シーパーや、ジェムの推測では元の世界に帰るためには少なくとも10年は必要とのことなので秀仁に色々教えてもらって10年間過ごしたいんです。もし、異世界から来たというのが信じられないのなら証拠だってみせます」
エリーは熱くそう語る。秀仁も反応に困っている。
「まあ、信じない訳じゃないがやっぱり信じがたいというか」
その言葉を聞いたとき、エリーはがっくりと肩を落とす。しかし、そこで諦めるマリーではない。小屋を勢いよく飛び出す。3分後くらいにジェムを連れ、帰ってくる。異世界人である証明で1番簡単だと思われる魔法の使用。そのためにジェムを連れてきたのだろう。エリーはジェムに手短に説明をする。ジェムは「承知した」そう言い魔法を発動させる。魔力消費を出来るだけ抑えすぐに発動できる「水流」を無詠唱で使う。秀仁はその光景を見て目を丸くしている。エリーは、これで信じるでしょ?とでもいうような笑顔を向けている。
「う、疑って悪かった。まあ、そういう事ならいいだろう。この秀仁先生に任せるといい!」
と、胸を張る。
「じゃあ、早速勉強を始めましょう!秀仁の焦り具合から見るとあまり時間が無いのでしょう?」
「まあな。じゃあ、勉強するための道具とか家からとってくるからちょっと待ってて」
「あの、秀仁様の家までマリアが送り迎えいたしましょうか?これでも足の速さはアルマタイト帝国で1番速かったんですよ。あ、えと、ご迷惑でなければですが」
そういいながらマリアはエリーの顔色ををチラッと伺っている。それに築いたのか微笑み返すとマリアの表情が緩む。秀仁からも
「よろしくな」
と言われ張り切るマリア。
小屋の外に出て、小屋に来た時と同じように秀仁がマリアの肩につかまり、スタンバイをする。ジェムはクスクスと笑っている。ジェム曰く
「幼き頃に友と遊んだ「ツナムシごっこ」に似ておる故、今のマリアやシュウジ程の年齢にもなってその体形をとっているのが愉快なのだ」
だそうだ。
ツナムシは長い綱の様な姿をしているエリーたちの世界の虫で、小さいものでは3センチ程だが、大きいものは5メートル近くまで成長するのもいるそうな。ツナムシごっこはツナムシの様に長くまで繋がっていく場合がある為そう呼ばれているそうだ。
マリアは、ジェムが笑っていることなど気にせずに秀仁の家へ向けて走っていった。物凄いスピードで。
「ん?そう言えば、今のジェムの言い方だとおかしな部分がありませんか?マリアは、私と同じ年齢の8歳ですよ?それに対して秀仁は17歳ほど。秀仁はともかくマリアはまだツナムシごっこをしてもおかしくない年齢ですよ?それに、秀仁が私の様な幼い子供に、か、彼女のフリをしてほしいと言い出したのもおかしいですし」
エリーは首を傾げる。
「もしや、気づいておらんのか?」
「あの、エリス様。その、とても言いずらいのですが....」
「お嬢様、及びマリア殿は成長過程のお体であったため、異世界に来た時の環境の変化にそのままのお体では適応できずにいたのでしょう。そのため適応しようと魔力細胞が活性化し適応は出来たもののお体が17歳程にまで成長なされたのでしょう」
「うむ。ファンの言うとおりだ。ここまで成長した体では、元の世界に戻っても戻ることは無かろう」
シーパーは、とても言うのをためらっていた。エリーに言うべきかどうか悩んだのだろう。ファンとジェムにためらいはなかった。この変化、今までは聞かれなかったから黙っていたが聞かれたのならば隠す必要などないと思ったようだ。マルセルは、何も言わずにその場から1ミリたりとも動かず何か考え込むように目を瞑っている。寝ているのではないか?と疑ってしまうほど静かだ。
マリアが山の木々を自分の肩に捕まっている秀仁にも当たらぬように避けながら猛スピードで走り抜けていく。小屋に行った時よりも明らかに早くなっていることに声も出ない秀仁。
「秀仁様、一度止まりますよ」
秀仁に声をかけて山を出たばかりのところで止まる。
「ここから先は、マリアではよくわからないので秀仁様に道案内をしていただきながら進もうと思うのですがいかがいたしますか?」
秀仁に判断を仰ぐ。
「そうだな、ここからは歩いていくか」
秀仁はゆっくり歩きだす。山から出たばかりのところは人が少なかったが5分程歩いていくと住宅街に入ったようで、人がたくさんいる。住宅街の人々は秀仁たちの方をもの珍しそうに見ている。
今までは、あまり気にしていなかったがマリアの服装では街や住宅街を歩くには目立つという事を秀仁は思い出す。ミニスカのメイド服は黒多めのスカートやトップスに白いエプロンとなっていて胸元の赤いリボンがとても綺麗に見える。少し小柄でお人形の様な可愛さを持っている。そして何よりも目立つのが髪の色と持ち物だ。髪の色は、薄い水色で日の光を浴びて角度によっては銀色にも見える。瞳の色も、髪の色より少し濃い青色だ。そして持ち物。腰にはその服装やマリアの印象とはかけ離れた小さめの剣が備わっている。マリアはメイドだが、いざという時でもエリーを守るために剣術なども教わっているらしい。剣には、青い宝石が1つ埋め込まれている。そのうち警察を呼ばれるかもしれないと思い秀仁は冷や汗を流している。
「マリア、少し急ぐか」
「秀仁様、何か問題でもありましたか?」
「え、えーと......時間は有限だから一刻も早くエリーのところに帰って勉強をしなきゃいけないだろ?」
「そう言われればそうですね。では、少しばかり急ぎましょうか」
秀仁は、マリアを傷つけまいと必死に考えた言葉で急ぐように言ってみると案の定成功だ。秀仁は少し小走りになりながら家までの道を辿る。たまにマリアが付いて来ているかどうか確認しながら歩く。
7分後、秀仁の家に着く。一般的な大きさの一軒家。新しくもなく、古くもない外装。マリアは、秀仁の家へ行く途中にあった家などを物珍しそうに見ている。元の世界では生まれたころから侯爵や大臣などの家々をメイド教育の為に回せれていた。そんなマリアはごく一般的な家のサイズを知らない。興味深々というような感じだ。
「じゃあ、俺は勉強道具を持ってくるからマリアは玄関の前で待っていてくれ」
そう言って、家の中へ入っていく。
しばらくして、準備が終わったのでマリアの待っている玄関へ出ると、マリアはいなかった。門を出ると門のわきにマリアと見覚えのある顔の男が倒れていた。
「あ、秀仁様。準備は終わったのですね」
「なあ、マリア。こいつら、なんでボコボコの状態で倒れてんの?」
マリアに質問をする。
「はい、この者達はマリアが秀仁様の玄関先で待っているときに来たのです。秀仁様に用があって来たらしいのですが、マリアの事を見た途端嫌らしい顔をして話しかけてきたので「何用でございますか?」と伺ったら、「メイド服萌え~メイド服に貧乳はまさに真の萌えですなぁ❤」などという侮辱の言葉を言われたので殴って動けなくしてみました」
(ああ、そういう事なら自業自得だな。すまんな、岡本。俺にはどうすることも出来ない)
秀仁もこの変態に関しては何も言葉が出てこなくなる。初対面の人に対して言うべき言葉ではないという事が分からなかったのかと秀仁も内心諦めのようにため息をつく。
「いつまでもここにいても仕方ないし、エリーのところに帰るか」
「そうですね。では、マリアの肩におつかまり下さい。さっき通った道は完全に覚えております。7分ほどで着くと思いますので落とされないようにだけお気をつけください」
秀仁がマリアの肩につかまり、大丈夫なことを知らせると、来た道を猛スピードで駆け抜ける。何人もの人の間を通ったが普通の人の目でマリアをとらえることはできないだろう。精々、「強い風が吹いたな」と思う程度だろう。
(そろそろ、帰って来る頃ですかね)
「エリー様、ただいま戻りました」
「勉強道具、持ってきたぞ」
「お帰りなさい、マリア。秀仁、私の勉強の為だけにわざわざありがとうございます」
小屋に入れば、甘いいい香りが漂う。何か作っているのだろう。秀仁は、さっきも座った椅子に座る。持ってきたバックの中から勉強道具を取り出していく。国語、算数、理科、社会、英語、様々な教科の教科書やワークが出てくる。筆箱には、鉛筆や消しゴム、定規などが入っている。エリーは興味深々に見つめている。
「何をやるにしてもまずは言語を覚えなきゃな。という事で、小さい子向けの平仮名のワークと片仮名のワークからだな」
エリーは大きくうなずく。
~1時間後~
「平仮名、片仮名は完全に覚えました。あと、漢字も何個か覚えましたよ」
驚くべき速さで1つの言語を覚えていく。あと、30分もあれば漢字もばっちりだろうかと思う秀仁。
その予想は外れなかった。見事に覚えてしまった。
次は、算数。計算自体は、元の世界にも存在しており、勉強しなくても大丈夫という。
理科、元の世界ではあまり追及されていない分野。ほとんどの事が魔法で解決されてしまうため科学は発展していない。知っていても、魔法の一種である「元素魔法」に用いられる元素とその影響などを知っている程度。元素魔法とは、術者が「火」「土」「水」「風」の4つの元素に干渉し意図的に自然災害等を起こすもの。その代償として支払われるのが魔力。元素魔法の他には、「精霊魔法」と「妖精魔法」がある。他にも細かく考えると色々とあるのだが、大きくはこの3つだ。
社会、秀仁がこの国「日本」の歴史や世界の歴史について教える。社会は得意なようでかなり細かいところまで教えている。
英語、国語動揺すぐに覚えた。
このように、日本における主要5教科は1日かからずに覚えた。年齢相応の頭脳は手に入れたようだ。
「多分なんだが、エリーは異世界の貴族の家のお嬢様だろ?だから、多分礼儀作法とかは大丈夫だと思うんだよ。それに、この日本には日本の常識から多少ずれていても大丈夫な魔法の言葉がある」
「その魔法の言葉というのはどんな言葉とは、どんな言葉ですか?」
日本人が有する魔法の言葉。それは
「帰国子女っていう言葉だ。親の仕事の都合で小学校入学前から海外に行っていて2ヶ月くらい前に帰って来たばかり。俺とエリーは外国へ行く前からの知り合いで.....とかいう設定にしておけば大丈夫だと思うんだが」
「秀仁がそういうのならそうなんでしょう。私はその設定道理にすればいいんですね」
そうして、早くも週末となった。
時刻は、午前9時。マリアの仕立てた花の模様の付いた白いワンピースに身を包んだエリーは山から一番近い公園で秀仁と待ち合わせをしている。朝の風になびき輝く金髪に、夏らしさを感じさせる麦わら帽子がとてもよく似合う。そんなエリーの姿見てを公園に着いたばかりの秀仁は呆然と立ち尽くしていた。秀仁がいることに気づいたエリーは小走りで秀仁の元へと行く。
「あ、秀仁。遅いですよ。さあ、早く行きましょう。秀仁の友達を待たせてはいけません」
秀仁の手を引き、歩き出す。
駅前には数人の男女が集まっている。
「お、あれ今こっちに来てるのって秀仁じゃね?」
その中の1人の男子がそう言うと、男女の集まりのいる方向へ歩いてくる人がいる。1人は秀仁。もう1人はエリーだ。
「わりぃ、待たせた」
「ほんと何ちんたらしてたんだよ。で、そっちの金髪の娘が秀仁の彼女?めっちゃ可愛いじゃん!」
秀仁の陰からエリーが出てくる。そこに集まっている全員の視線がエリーへと向けられる。
「そう、この娘が俺の彼女。エリー、簡単に自己紹介してもらってもいいか?」
エリーは静かにうなずく。
「皆さん、始めまして。エリス・ママセルと言います。母が日本人で、父がイギリス人のハーフです。秀仁とは幼い頃からの友達で1ヶ月くらい前に付き合い始めました。今日はよろしくお願いします」
「エリーは、小学校に入る前に父親の仕事の都合で外国に行っちゃって2ヶ月くらい前に日本に帰って来たんだ。俺とエリーは家が近かったからよく一緒に遊んでたんだ。と、いう事でエリーの事よろしくな」
エリーが軽く自己紹介をする。名前は変えていないがそれ以外の事は全て秀仁が創った嘘の情報。だが、エリーに初めて会うのだから嘘だという事は分からないだろう。
そうして一行は遊園地へと行くため、電車に乗り込んだ。
もう、だんだんとキャラがこんがらがってきたような......。まあ、その辺は気力で頑張ろうと思います。