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抵抗  作者: 井川林檎
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 (おかしい、おかしい、おかしい)

 必死に仕事をこなしているわたし。

 問われたことにはきちんと返答し、他のフォローまできっちりとしているわたし。

 無理するほどに、がんがんと仕事をしているわたし。



 なのに。

 ……なのに。



 (わたしは疲れすぎているんだ、ちょっと神経が尖ってきているんだ、鬱が出てきているんだ……)


 きゃあきゃあっ。

 楽しそうな笑い声。わたしが入るとぴたっと静まる。

 みんな同じ顔をしている。


 仮面だ、それは。


 みんな思っていることは同じだ。

 効率よく仕事して、さくさくとこなして、次に、次にと進めたい。

 帰る時刻も早まるはずだ。

 そのためには、なにが邪魔か。なにを排除するべきか。


 陰でみんながおばさんのことを色々と言っているのは知っていた。

 こまった人だ、とみんなが言っている。だけど、表立ってそれを口に出す人は誰もいないのだった。



 結局、現実には、輪の中心には無邪気に善良な笑顔をはりつけ、みっともない歯をむき出しにしたおばさんが、まるで自分の天下のように座っているのだった。


 「えー、だってそれ麗子さんおかしくない?」

 「そんなことないよー、だって、いつもこうやってたんだよ?息子がいきなり変な事言うからさあ」

 「ほらー、息子さん、彼女できたんじゃないのー」

 「やっだー、あ、そうそう、昨日のテレビでさあ」

 「あー、それ見た見たあ」

 ……。



 (いつからみんな、この婆の事を下の名前で呼ぶようになったんだろうか)


 忌まわしいがらがら声が耳に入るたびに心拍数があがり、喉が詰まりそうになった。

 やがてわたしは気分が悪くなり、ついにこらえきれなくなり、トイレにかけこんで吐いたのである。

 

 みんな、思っていることは同じ。

 表面だけのつきあい。


 だから、その表面のつきあいすらできないわたしが、悪い。わたしが、おかしい。

 (そうよ、あんたがおかしいのよ。何度もチャンスをあげたのに、あんたはわたしに従わなかったからよ)



 嫌な目に常に睨まれ、おまえを憎んでいる、嫌いだ、ここから去れ、おまえが不幸になればいいと囁き続けられているような気がする。

 というか、わたしは確信していた。

 あいつは――あの婆は――間違いなく、わたしを逆恨みしているのだ。

 

 周囲は無意識に加担している。

 わたしは誰に言う事もできない。

 

 げろげろと胃の中のものを吐いた。

 苦しさのあまりに涙が出ていて、それをぬぐいつつ、ふらふらと立ち上がる。トイレのドアによりかかった。

 始業のベルが鳴る。




 (ぜったいに嫌だ。死んでも嫌だ。嫌なものは、嫌だ)



 おまえはわたしを嫌っていて、いい気味だと思っているかもしれないが。

 わたしだって、おまえを憎悪し、毎日呪っている。

 恐ろしいのが自分だけだと思っているのは、おまえの甘さ。

 いいか、婆、おまえは憎まれている。嫌われている。死ねばいいとまで思われているんだ。


 ここに、お前が死ねばいいと思っている人間がひとりいるんだよ。


 なにか復讐を考えているわけでもなく、わたしはひとりでに、ニヤリと笑っていたのだった。

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