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抵抗  作者: 井川林檎
3/4

 この人は歯をむき出して笑顔で、お節介なほど世話焼きで、自分が美味しいと思った食べ物はわざわざ会社まで持ってきて大声でみんなに配りまくる。

 

 でも、笑顔を見せた一瞬後に見せる、何かを計算しているような陰険な目や表情は気分が悪かった。不思議なことに、誰もそのさもしい表情を見抜いていないのである。

おばさんは賑やかに騒ぎまくって、みんなに配りまくったお菓子や果物を、効果的な間をあけ、一番最後に、おずおずとわたしのところに持ってきて、「あのう、大田さん、これ、大して珍しいものでもないかもしれないけれど、今年取れた梨なんだけど……」と言うのだった。


 そのおすそ分けを、わたしに食べて欲しいと思っているわけではなく、みんなにあげた手前、わたしだけあげないのは体裁がわるいから仕方がなく、という感じがした。


 最も、ほかの人には、いかにも、わたしが気難しいから遠慮しておばさんが気を使っているように見えているのかもしれない。……おばさんはそういうふうに見せている。


 だから、みんな知らない。見抜いていないのだ。

 このおばさんは凄まじい二重人格であり、表と裏の顔を使い分けているのである。

 どうしてそれを見抜けないんだ。そんな甘いみんなだから、この会社はいまいち人材が定着しないんじゃないのか?


 おばさんが意地悪であるのは、わたしが差し出された食べ物を口にして「おいしい」と言う言葉をあからさまに無視して「さー、みんなー、おいしいの食べたし午後もがんばろー」と、みんなが苦笑して耳栓をするような声でがなり立て、ものすごい早足でわたしの机から去ってしまう事から明らかなのだった。




 日々、無言の強制が聞こえる。

 

 仕事中におばさんが、陽気にがなりたてる――どうしたんですか、なーに、なんかあった――振り向いて、相手に関心を持っていることを示さねばならない。

 (ちょっと、あんたわたしより格下のくせに無視してんじゃないわよ信じられない)


 おばさんがぎゃあぎゃあと、唐突に、昼休みの話題を自分に向けようとする――ああそうなんだー、へー、それで、どうなったの――苦笑しながらでも興味を持っていることを示さねばならない。

 (あんたがわたしより仕事の覚えがはやいのは、ただあんたが若いからってだけよ。わたしはこんなに年をとっているのに頑張ってるの、認めて当然でしょ、あんたおかしいんじゃないの)


 おばさんがお取り寄せの美味しいものがあるから、欲しい人は一緒に注文してあげると言い出した時は――そんなことより仕事しろよと思う気持ちを隠し、美味しそうだね、どうしようかな、じゃ、お願い――好意を受け取らなくてはならない。

 (みんながわたしを認めてるの、わたしはみんなに好かれてるの、嫌われ者はあんたなの、おかしいのはあんたなの、おかしいあんたこそ邪魔ものなの)


 

 おかしいよ。みんなおかしいよ。おかしいよ。

 

 わたしは絶対に嫌だった。

 おばさんの強制に応じるくらいなら、会社を辞めてやると思うほど嫌だった。

 おばさんのしつこい凝視をそらし、うるさい声が聞こえてきたら「ちっ」と思わず音が出た。

 ざっくばらんで、ものごとを気にせず、おおらかで善良で元気いっぱいのおばさんの本性が次第に現れた。


 昼休憩にわたしが休憩室に入って来たら、繰り返し大きなため息をついた。

 わたししかそこにいないときは挨拶すらせずに通り過ぎ、すれ違った直後に他の社員を追いかけ、バカでかい声で「おっはよーん、やっはーん、今日もぉ、元気でがんばっろー」と、叫んで回った。

 配られるお菓子も、ひそかにわたしだけ飛ばされるようになった。

 最も、おばさんが自分のうちから勝手に持ってきて配りまくる菓子なので(おばさんが『好意で』配ってくれる菓子なので)、もらえないからと言って苦情を言う権利は誰にもないのだった。

 


 そしてある日、風邪をひいて休んだ次の日から、おかしなことが始まっていた。

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