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飯綱の誘

こんにちは、けん太郎坊と申します。

この作品は前作とは敢えて文体を変えてみました。

理由は多々有るのですが大きな訳は谷崎潤一郎の「文章読本」を読んだからです。

文章読本を読んでから二部を書き始めたのですが感化されたのでしょうか、なんとか文体を美しくすることに本腰を入れました。


※今回も縦書きを推奨しております。


拙い文章ですがよろしくお願い致します。

飯綱の誘


 

 唐突ですが貴方はノスタルジィに浸ることはありますでしょうか。


 私はしば〳〵そう感じることがあるのでございます。

それは幼少期に田舎の川辺で水っ子遊びをした思ひ出でもありませんし、況してや秋の散り逝く紅葉を見て愛郷に涙することでもありはしないのでございます。

 私がノスタルジィを感じて御座います事象は「炎」燃ゆ時でございます。

しかしながら訳柄は諒解り兼ねるのでございます故、何故と聴かても応えられぬモノでございます。

 祖して付け加えることが出来るのでありますれば、「炎」と云う自然現象だけノスタルジィを感じる訳ではありません、「炎」と云う文字、文体に這入っているだけでも何故か……


   ――郷愁を感じてしまうのであります。


この噺をすると私は何故か――淋しくなってくるのでございます。

遠く古い「なにか」を思ひ出すやうな……

 ノスタルジィと云う仕組みは幼少期に脳髄に印象的な「思ひ出」としてでは無く記憶として現在の脳髄の表面に映し出すのでございます。

――思ひ出と記憶は違うとすでに科学的に証明されております。

 しかし私は唯物科学信仰者ではないのでございます。 

 科学は行き過ぎると人を殺めてしまうのであります。

 ですが今日は明治の台でありますのでもしも急に科学で開発された物体が総て失くなってしまったら―――それはそれで悍ましい気にもなって来てしまうのであります。

 「心」と云うモノは不思議であります。


 もう少しだけお付き合いなさってください。

想像して頂きたいと考える題は「幻想的は実際に体験した上での気持ちなのか」と云う事でございます。

 と、申しますのも「ノスタルジィに感じる」と云う気持ちについての某科学論文をすら〳〵と拝見致しましたところ「解釈」「内省的」「素材」の鼎立的なノスタルジィに分けられるそうでございます。鼎立しているのは結構でございますが総ての項目に共通しておられるものは「過去」と云う素材と「悲嘆・羨望」と云う素材であります。

冒頭で書かせて頂きました田舎の川辺でありますとか、秋に散り逝く紅葉などは確かに過去の体験の項にも当て嵌まっておりますしどちらかに悲観・羨望が這入っておりまする事を確認していただきましたでしょうか………

 

 ここで一つの問題があるのございます。私がノスタルジアに感じる「炎」

についてでございます。

私の記憶には過去に炎に関する幻想的な出来事はありませんし、況してや羨望などは以ての外でございます。

可能性がございますのは悲嘆でありますが―――私には心当たりはないのでございます。

 あと……思い当たるのは―――炎と云う現象に包括される「何か」でありますでしょうか。何か炎に纏わる出来事がありまして、それに認知負荷がかかり湾曲されて脳に植え付けられた――と云う可能性でありましょう。

 いや〳〵、後者の方は私の憶測の噺でございます。鵜呑みにはしてはいけないのでございます。   

 此処で私のお話の纏めでございますが、特記するのは別段ありはしないのでありますが―――まあ〳〵、人がノスタルジィと思う出来事は「今見ている何か」を起点として「無意識より脳髄に浮かび上がり」であり決して体験した事が立証出来ない事はそも〳〵感情すら沸かないと思うところであります。

それを念頭に置きまして私のノスタルジアの噺を〆にいたします。 

 

――そして最後に私の紹介をしたいと考えております。

 私は東京都の神保町にて探偵をしております、菊池凛と申します。

まあ探偵は副業なのでありますが―――本業は民俗学の学会誌へ雑文を掲載している文士でございます。

本業と云っても文士の収入は迚も低いのであります故―――探偵なんて胡散臭い職が本業と云うても過言ではないのだけれど……… 

 

 悲しい私の噺はここまででございます。

 何か探偵業の依頼がございましたら神保町の事務所までお越しください。

まあ、なか〳〵詰まらない案件でございましたらお断りしているのですけれどね………  

 

 では〳〵以後お見知り置きを宜しくお願いするのでございます。      

       

           ✻


 ――暇ですね……と独り言を窓から差し込む日光を遮る想像をして暇を費やしているのは――私、菊池凛でございます。

 理由は明快なのであります。

 

 ―――客が来ないのであります。

  

 いや〳〵、何とも諒解りやすい理由なのであります。

私があらゆる案件を蹴ることが原因であるのは判っております。

しかし、行いたくない業務をいや〳〵請け負う位なら――お断りです。

 私は文士であるのでございます故――親様の跡継ぎとして探偵事務所に勤めておりますが――人の落し物を捜したり人様の跡をこそ〳〵付けて囘るなど――私はしたくはないのでございます。

しかし、強気を張るのも困憊してしまう程、客がこないのです。

まあ〳〵実際民俗学関連の探偵案件など、なか〳〵ありはしないモノであるのだけれど……

 民俗学の学会誌のお仕事だけで御腹が満たされればお話は別でありまうけれど――月刊誌なのでございます、文士の仕事だけでは餓死必須なのが悲しい噺ではあります。

もし文士の仕事だけで生きていくとすれば――戦後急激に増えた妖しいカリスト誌にて連載を持つしかなのでございます。

カリスト誌は好きなのだけど――あんなエロチズムとオカルトチックな噺は書けないのであります。

 

 しかし、そんな私の許に転機が訪れたのでございます。 

 

           ✻

 

 はてさて、いつ頃でしたでしょうか―――私の心が惹かれた案件が事務所まで飛び込んで来たのは……

 

 あれは確か、私が神保町の大学で民族学の講義をなさっていた柳田先生に逢いに云っておりました帰りでしょうか……

 その時の私は迚も満たされておりました。やはり柳田国男は民俗学の祖のような人であります、そんな事を考えながら夕方の紅く染まった路地を歩いている時でございましたでしょう。

 事務所の前に二〇代全般から三〇代前半位の高長の男性が立っておりました。

 そんな男性は何やらお困りの様子でありました。

 私は声を掛けようか――とも思いましたがもう少し観察することに致しました。理由は特にないのでございますけれど。

 

 なにやら妖しいのでございます。

呼び鈴の前にて何やらしているのでございます。

私は何か悪戯するのではないかと思いまして堪らず声を掛けたのでした。

 

「あの――私の事務所に何か用ですか?」

 男性は迚も焦っておりました。私は覚ではないので理由は諒解りません。

「あ、あの――ここの建物は菊池探偵事務所であっていますか?」

「はい、そうでございますが――お仕事のご依頼ですか?」

「は、はい―実は……探して欲しいモノがありまして――この周辺の探偵事務所には脚を運びましたが総て断られてしまいまして……途方に暮れていた処に大山民間探偵者の池上さん、と云う方に此処の事務所なら依頼を賜ってくれるよ――と教えてもらいまして……お伺いしました……」

 

此処の私の心境は云う迄もございません、またか――と思っていたはずです。と云うのも大山民間探偵社と云う会社は私の事務所とは犬猿の仲なのでございます。池上さんは私を敵視しております故、何か面倒な案件の客が来ると何かと理由を付けて私の事務所に卦しかけてくるのでございます。


 まあ理由は私に有ったりもするのですが――それは今は置いておくのであります。兎も角として絶対にこの客は面倒な案件に決まっているのです。

しかし、私も探偵社の人間ですので一応、精一杯の営業スマァイルで事務所にお連れしたのでありました。

  

             ✻

 

 斯くして私はどうせ面倒な案件であろう方にお話を聞くのでありました。

「それではお名前とご案件をお聞かせして頂いて宜しいでしょうか」

「はい――僕の名前は佐々木照彦と申します。案件ですが――実は――探しモノをお願いしたく伺いました。いやあ、助かりました……どの探偵社に行っても門前払いでしたので――いやあ本当にありがとうございます。」

「あの――まだ正式に引き受けた訳ではないので喜ばないで頂きたいのです。それで―――私に捜して欲しいと云うモノはなんでしょうか」

「はい――僕が捜して欲しいモノは――――」


 ―――文車妖妃なのです。

  

 私は一瞬眩暈がいたしました。

はて、佐々木さんが今なんと申したのか……私の脳髄には理解が及ばなかったのであります。人力車と申されたのでしょうか―――聞き直す事に致しましょう。


「もう一度仰って頂いて宜しいですか?」 

「ですから――文車妖妃を捜して欲しいのですよ――我が家からいなくなってしまったので……」

 ………私の聞き間違いではないようでございますね。しかし聞き返したことに拠って気持ちの整理が出来たようにも感じます。 

そうです、私の本業は民俗学専門の文士でありました。忘れておりました。

なんだか、わく〳〵して参りました。私の性分なのでございます。

  

「文車妖妃――と云うのは妖怪のお名前でございますよね」

はい――と佐々木さんは軽くお返事をなさいった後、こう付け加えられたのでございます。

「もう少し厳密にお話すると――文車妖妃に盗まれてしまった――書物を捜して頂きたく伺いました。僕は岩手県の遠野と云う土地で育ちました。僕の家はその土地で昔名家だったそうなのです――今はそんな事はないのです。少し家が大きい位で権力なんかは、それは〳〵―――一切ないのです。話を戻しますが、その持って行かれた本の名前ですが『和漢三才図会四拾巻』であります。僕の祖父は怪異の研究者だったらしいのです――実際に研究をしている姿は見た事がないのです。それは扠置いて、家には沢山の妖怪や心霊、民族学に関する書物が山程貯蔵しておりました」


―――うーん……遠野、佐々木、研究者……どこかで聞いたことが――


「すみません、邪推かもしれませんが佐々木さん、貴方のお祖父様のお名前をお聞かせ願えますか」

「はい、佐々木富夫――と申します」

「え……一寸――待って頂けますか。佐々木富夫さんと申しますと日本全国の昔噺を蒐集しておられた佐々木富夫さんですか」

「はい、祖父はそのような事をしていたようです――僕に民俗学に造詣は深くないので良くは諒解りませんが――」

「民俗学を勉強しいる身からすると佐々木富夫先生は偉大な人ですよ」

「え、菊池さんは探偵をなさっているんですよね、民俗学も嗜んでおられるのですか」

「いえ〳〵、実は民俗学の研究が本業なのでございます」

私が云うと佐々木さんは何やら不思議そうなお顔をなさっておりました。

「――まあ、今その噺は置いて頂きたいです、其処まで大事な事柄では無いのであります故――ところで、何故和漢三才図会の四拾巻だけを探すのですか」

「はあ……その――余り信じて貰えないとは思います」

 そう云い乍ら佐々木さんは「考える人」のようになってしまいました。

 そして考えが纏まったのかゆっくりとお話を始めたのでございます。

「ええと……まず前提として半年前に祖父が自宅の図書室の中で斃死していたのです。死因は肺の悪性新生物でした。葬儀も執り行いまして無事に成仏したと思っていました。しかし、祖父が失くなってから家の至る処で不可解な現象が起きるのです――本が移動していたりだとか、手を叩くような音が聞こえて来たり――と云うモノでした。それが半年程続いたので流石に耐えられなくなってしまいました。そこで自称霊媒師の男性を雇ったのです。名前は覚えていませんが……」                                      ―――すみません、と私は一度会話を止めたのでございます。理由は速記が追いつかなかったのであります。この手の話になると涎が垂れて参ります。

速記が終わったのでお話の続きを求めました。

「はい、自称霊媒師は一通り妖しい部屋を周りました。そして云ったのです。――この家全体が魔術的な術で渦増している――特に祖父の書斎には――火が視える――今すぐ呪いを解きたいと思いましたが――」

ここで佐々木さんは一旦お話を止めてしまいました。何やら思い出しているのでしょう。

しかし――お話の途中ですが矢張り「火」と聞くと何故が懐古の念が……

しかしいつも感じている感覚じゃあ気もする。

なんだか嫌な感じがする――なんでございましょうか。

そして佐々木さんは一寸悍ましい雰囲気を醸したのです、続いて開口。

「――しかし、ダメだったのです。彼奴曰く成功した――と云っていたのですが一時的に収まっただけでもっと現象は非道くなって行きました――日に日に――ああっ――思い出すだけでも悍ましい気がしてきました……」

これ以上お話をさせては良くないと思い一旦私が風紀を変える必要があるようでございます。

「二つ程質問させて頂きます。まずその自称霊媒師はどのような儀式をしていたのでしょう。もう一つは何が成功したと云っておりましたか」

「――はい、お答えします。まず一つ目の質問ですが――書斎にて焼香を焚き何やら魔法陣に梵字のようなモノを書いていたのを思い出します。そしてウンタラカンタラ――と呪文のような事を――修行僧のような格好で棒のような―――杖のようなモノを床に叩きつけていたのです。それで一頻り儀式なるモノは終わりました――二つ目の応えですがこの部屋に渦巻いておった良くないモノは消えました――ですが一寸不安な事があるのですと云って今度は良い呪詛を掛けますなどと云って先程と同じような事を又しておりました。その後は――マントラがどうだとか狐が憑いている――など云っていましたが取り敢えずは――これで成功だ――と」

はあ〳〵――何となく諒解ってきたのでございます。一つ諒解ったのは自称霊媒師は――呪詛返しは出来ないのであります。まず呪詛返しと云うのは魔法陣は使わないのです。しかし――ううん――眞言の祝詞が分かれば更に状況が分かるのでありますが――まあ碌でもない霊媒師であります。

「佐々木さん、少し残念なお話をしなくてはなりません――まず自称霊媒師は術を使えると騙っております。実際には使えません――でっち上げです」

そう伝えると――佐々木さんはガックリしておりました。少し可哀想とも感じられましたが――仕方がありません。

「そうですか――あの男は呪詛返しは出来ないのですか――まあ一寸妖しいとは思ってましたよ。なんだか置いて行ったモノもなんだがご利益があるようには思えませんし――」

「因みに――何を置いて行ったのですか」  

―――匣です。二寸ばかりの真っ白い匣を書斎に置いて行きました。

「匣ですか――因みに中身の説明はされましたか」

「いえ、されていません。中身を聞いたのですが――迚も大事なモノが這入って、動かしたり蓋を開けてはなりませんと――」

はあ〳〵、なんだか妖しいのでございます。しかし―――匣の中身が気になるのであります。これも性分ですので悪しからず。

「では一度整理しますね――まず事の発端は佐々木富夫さんが亡くなったのを皮切りに怪奇現象が起き始める――そして貴方は霊媒師にこの現象を収めて貰おうとする――更に霊媒師の咒い返しは失敗、より怪奇現象が増えた」

――はい――と私が云うと佐々木さんは頷きました。一度纏めたのでありますが――なんだか良く諒解りません。何故佐々木さんは「探しもの」を依頼しに私の探偵事務所に来たのでしょう――聞くのであります。


             

            ✻

 

 少し話しただけ――と感じていましたが一時間ほど話していたようです。

私達は小休憩を挟む事に致します。

――と云っても迚も美味な菓子などはありはしないのですけれど。

お茶も出すことにしたのですが――ほぼ水に等しい茶っぱしかないのであります、世知辛い世の中でございます。

 

 しかし菓子とお茶とは不思議な魔力が備わっている――としば〳〵思うですが 

 

「菓子を食べならお答えして頂いて結構でございます。そも〳〵何故私の事務所に来られたのでありますか」

「はい、先程も云いましたが探しモノは和漢三才図会の四拾巻なのです」

「そこが私には諒解らないのです。まあ文車妖妃に盗まれた――と仮定しても何故探すのですか――まやかしが盗ったモノを人間が探すなど――と探偵の私が云ったら本末転倒ですね」

 

 私も佐々木さんも一頻り苦い笑いをしたのでございます。

 ――終わったのち佐々木さんはこう続けたのであります。


「はい――正直に申しますと自称霊媒師に云われたのです」

 ――そう云うと歯切れ悪く説明を始めたのでございますが、かなり長い時間が掛かりましたので私が要約したのを聞き返したのであります。


「つまり――貴方の祖父が使用していた書斎は沢山の民俗学やら何やらの書物で溢れている。その書物の一つ〳〵が舞台装置的な配置に成っており咒いが掛かってしまった――更に書物の幾つかが付喪神、否文車妖妃となっていて――書物を盗んだ――配置が崩れたので咒いが解け良くないモノが溢れてしまい――佐々木家を蝕んだ――この一連の説明を自称霊媒師にされたと」


 ――はい、粗方その通りです、と佐々木さんは小刻みに頷き乍ら答えた。

腑に落ちないのでありますがまあ、佐々木さんに云っても仕方がないので話を進めることにするのでございます。

 

「では纏めと致しますと――佐々木さんはその無くなった和漢三才図会を探すと云う依頼なのですね――」

――佐々木さんは頷き、はい、と短く答えた。


私は正直のところ――あまり乗り気では無いのであります。

そも〳〵仕事に乗り気もへったくれも無いのでございますが――それでも探しものと云うのは――報酬が少ないのが特徴の探偵業務の一つであります。

取り敢えず佐々木さんにはいつも私がしている華麗なるお断りを――金銭の事は悟られないように――披露することに致しましょう。

 

「――佐々木さん、誠の申し訳ございませんが、この件ははお断りしてもよろしいですか――実は私、とある大物政治家の探偵業務を行っております。なので探しモノと云う――賃金のひく――こほんこほん――すみません咳が――なので探しモノと云う程度の低い案件はお断りしているのです」

「――そうなのですね、なんだが忙しい時期に押しかけてすみませんでした。報酬はかなり弾む予定だったのですが――残念です」

 

―――ん?

聞き捨てなりませぬ。


「こほん――因みに幾ら程用意して頂いているのですか」

「はい――取り敢えずですが手付金が弐拾万、もしも和漢三才図会が見つかった場合は、成功報酬として四拾万程――と考えております。」


――私は空いた口が戻りません。

只今昭和参拾七年でありますからもし和漢三才図会を見つけた場合六拾万。

昨年の芥川賞の選出者の副賞が五拾万。

因みに選出者の正賞は時計でございました。

軽く芥川賞の報酬を越す金額―――おっと涎が――

兎も角こうなると話が変わって參ります。

幾ら私が金の亡者――と罵られようが、結局金が一番大事なのであります。


「では、そろ〳〵お暇いたしますね――他の探偵事務所を当たってみようと思います。お話を聞いて下さってありがとうございした。」

「ちょ、一寸お待ち下さい佐々木さん――本当のことを申しますと大物政治家の業務と云うのは現存する民族学の書物を出来るだけ多く保管していく、と云うモノなのでございます、秘匿事項でしたのでお話をする気は無かったのですが――聞けば貴方の祖父は民族学の書物を山のように所蔵しているとのこと――是非見せて頂きたいのです――御国の為に。その継いでと云っては難ですが――和漢三才図会も大事な民俗学の書物で在ります故――国の調査の一貫として依頼を承諾したいのですが――如何ですか」


―――佐々木さんは参秒ほど考え頷きながらこう応えました。

「ああ、ありがとうございます。正直どこの探偵さんにも相手のされずに落胆していたのです。御国の為とあらば祖父の書物は幾らでも好きにして頂いて結構なので―――是非宜しくお願いします」


           ✻


佐々木さんは書類に名を刻み、家の訪問の約束を取り付けてご帰宅なさいました。

はあ――と私は溜息が自然と溢れて来るのであります。恍惚を連れて……


――狐が吊れたのでございます。

佐々木さんは白地に狐に憑かれているのです。


――読者の皆様には云っておりませんでしたが私は憑物家系の女なのです。

まあ〳〵狸の筋なのであまり霊的な力はないのですけれど――「嘘」を見破るのは相当に長けている事は云うまでもないのでございます。


この男、佐々木さんが狐に憑かれているのが諒解るのは以下の点です。

まず目が憑物特有の其れであります。どこか目に不遜な色が隠れておりました。

そして何より――隠し切れない「嘘」が見え隠れしております。狐に憑かれた人間は「嘘」を多様し人間を惑わし堕落させるのであります。


――狐を憑けたのは云うまでも無く――自称霊媒師でございましょう。

先程の佐々木さんとの会話で――自称霊媒師の呪詛返しは失敗したと伝えましたが、

――これは私の嘘でございます。

――「佐々木さんへの咒い」は成功しております。

しかもかなり緻密な術ですが――粗方想像は着くのです。これは一種の洗脳であると考えております。おそらく狭窄な空間内で「何かしら」の体験か経験を見せ自分がその体験か経験を「行った」側だと思い込ませる術――心理学の何かと宗教の融合と云ったところでありますかね。まあ〳〵、ここで無闇矢鱈と詮索しても仕方が無いのですけれど。

きっと書物の配置――即ち舞台装置も術の一部なのでしょう。かなり初歩的で有りながら途轍もない効力を発揮する術――簡単に云うと魔術的正位置と云ったモノでありましょうか。

タロット占いも立派な魔術の一つであるのでございます。無作為とは云え三枚のカードを巡に表にして行く、一枚〳〵に意味は存在しますが表にする順番で全く違う意味を保つ場合がある。

魔術的配置とはそう云う話を更に複雑に、複合してあります。

きっと佐々木さんは自称霊媒師の儀式に立ち会った瞬間から術に掛かっています。

現に私の前に現れたのは偶然ではないのでございましょう、恐らく必然です。術の中に這入っていた項目の一つに過ぎないのでしょう。まあ貴方達に云っても仕方がないのだけれど――これは其の自称霊媒師が私に向けての挑戦状と云った様相であります。

表向きは探しものと見せかけて、裏では筋者同士の啀み合い――と云ったところでございます。



―――ぞく〳〵して参りました。


久しぶりに化かし合いが出来ると思うと――


ああ――今日は良く眠れそうなのでございます。



  


               ――――第二部 序 「飯綱の誘」

今回は「憑き物」の話にしたく、此れから起こる事件の前に登場人物の関係性を書きました。

新しく登場した主人公、菊池凛も二部の中で刑事・増田と蘇我には絡んでいく形で書こうと思っています。

女性目線の文章は書いたことが無く丁寧語の連発ですみません。


弍之中では二部の大本の事件、増田との出会い、蘇我との因縁に触れて行きます。


では、二部の中でお逢いしましょう。


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