zip.7
雄也とリセラとアイリスで、そこそこ身の丈にあったクエストをこなしていく毎日の中、休憩もかねてクエストを受けない日、教会に住むアイリスは雄也とリセラの住む宿屋の部屋を訪れていた。
本当は、リセラと一緒の部屋で寝泊りしたいアイリスであったが、それはリセラから丁重にお断りされていた。
曰く「せっかくただで泊まれるねぐらがあるのに、宿屋を取ったらお金が掛かるじゃない。あ、あたしが教会の部屋に泊まるのも無しね。堅苦しいとこは嫌だから」というのが、リセラの言い分である。
そんなわけで、いまは涙を呑んでの別居中である。
それはさておき、アイリスが雄也とリセラのもとに来たのは、遊ぶためではない。今日はいよいよ、リセラとアイリスの防具を、雄也が作るというので、採寸合わせの為に宿屋の部屋に来たのであった。
「はい、それじゃあ両手を上げて――――zip3」
大きな鉄鉱石を板状に圧縮し、更にそれをU字型にあらためて圧縮したものを雄也が持ち、
リセラの胴体に被せるようにしてから圧縮を試みる。すると、鉄の板はリセラの胴体の前部分をちょうど覆うように変形し、軽装鎧の前面部が出来上がった。同じように背中の部分も作り、その二つを鉄の鎖によって装着するというのがリセラに作った鎧である。
「よっ、はっ、なかなか良いわねこれ。鉄なのにそれほど重くないし」
さっそく、鎧を着たままで動き回り、嬉しくてたまらないといった顔をするリセラ。
それとは対照的に渋面なのは、同様に防具を作る為の板を胸に押し付けられているアイリスである。
「あの、これって必ずしなきゃいけないことなんでしょうかね? 正直、私の胸に鉄板を押し付けるとか、凹凸がないのを確認するだけで腹ただしいんですが」
「そういわないでくれ。俺のスキルだって、そこまで万能じゃないんだ。出来ることなら、本人を使って型をとった方が良いんだよ。何度も圧縮を繰り返したら、疲れるし、まだアームガードと脛あても作るんだから、作業はスムーズな方が良いからな」
雄也のスキル、圧縮は、雄也の望んだとおりの形に目標物を変化させる事ができる。ただ、これにはもちろん制約があり、例えば、最初の質量より大きく変化は出来なかったり、変化するイメージも、食器の皿のような簡単なものならよいが、精巧なものを形作っても、それが思った用途になるとは限らないのだった。
例えば、ロボットのようなものをつくっても、間接部は動かない、石像のような物になるのが限界である。
わざわざ両手を使って鉄の板を密着させて作るのも、まったく情報がない状態で鎧を作ると、サイズが合わなかったり形が不恰好になるのを防ぐ為であった。
「まあ、セクハラめいた目的ではないのはわかりました。ですけど、変なところは触らないでください。もし触ったら、この振り上げた手がトマホークチョップをしてしまうでしょうからね」
「言われなくても、気をつけはするよ――――zip3」
統也のスキルで、鉄の板は腰から上の胸部を守る胸当てに変化する。
シスター服の上から付けられるように、革のベルトを胸当てにつける作業に入る雄也。といっても、その作業自体はさして手間の掛かるものではなく、アイリス用の鉄の胸当ては程なく完成した。
「さて、それじゃあ次はアームガードと脛あてだな。それじゃあリセラ、どっちか片方の手と足の型をとるからな」
両腕と両腿につける防具を作る為、先ほどと同じ行程をリセラに行う雄也。
そうして、リセラとアイリスの防具一式が出来上がった。
リセラは鉄製の軽装鎧と鉄のアームガード、脛あてを衣装の上から着込んでいる。
アイリスの方は修道服の上に鉄の胸当てを付け、また、護身用に小型の鉄の盾を持つことにした。これは、アイリスの分のアームガードに使おうとした鉄を利用している。アイリスは、アームガードと脛あては必要ないと雄也に断りを入れていた。
実際、前衛で戦うより、後衛にいて回復や援護に努めることになるアイリスには、ごてごてした装備は必要ないと判断したのだろう。
もし必要と思ったら、その時作れば良いか、と雄也も特に異論を挟むことはなかった。
「ふふん、これでどう見ても、あたしも一端の冒険者ね!」
「そう宣言するには、まだ実力が伴ってないと思いますけど。それにしても、せっかく形を変えれるのですから、表面にこった意匠を凝らしたりも出来るのではないですか?」
アイリスが、自分とリセラの立ち姿に満足そうな顔をしながらも、雄也にそう聞いてくる。雄也はその言葉に、軽く肩をすくめた。
「出来なくもないけど、それは止しといた方が良いな。低レベルの冒険者が、そんな立派な防具をつけてたら強盗のよいカモになるのは目に見えてるし」
「なるほど、ころしてでもうばいとる。というやつですね」
雄也の言葉に、リセラは納得した様子で頷いた。
「それにしても、雄也と一緒のパーティで良かったわ。高価な防具を手に入れるために、宿代をケチって野宿したり馬小屋を使ったりするパーティもいるけど、その分が浮くから資金に余裕ができてるし」
「そうですね、恵まれているといってもよいでしょう」
「感謝するのは良いけど、あまりおおっひらに公言はしないでくれよ。羽振りが良くなって気が大きくなると、トラブルが舞い込んでくるだろうからな」
「分かってるわよ、地道が一番、でしょ」
リセラの言葉に、そういうことだな、といいながら、雄也は一つの大きな塊を手に取る。
それは、先ほどまで防具を作っていた鉄ではなく、大きな銅の塊であった。
「ねえ、雄也、さっきから気になってたんだけど、それ、なんに使うの?」
「ああ、せっかくだから、俺も武器を新しく作ろうと思ってな。低レベルの冒険者だから、銅を使った武器がふさわしいだろうし」
雄也の言葉に、リセラとアイリスは顔を見合わせる。正直なところ、市販されている銅の武器は、お世辞にもよいものが出回っているといえなかったのだ。
「雄也さんがそうしたいのなら、止めはしませんが……それで本当に、良い武器が作れるのですか? まだ鉄も余ってるのに」
「まあ、そうなんだけどな。ただ、俺の見立てでは、かなりよい物になるはずなんだ。少量の鉄を圧縮するより、大量の銅を圧縮すれば、その強靭さは上になるはずだ」
そういって、圧縮を始める雄也。普段の圧縮と違い、何度も段階を区切って、銅の塊を一振りの剣へと仕上げていく。
「zip12――――zip13………ふぅ、これくらいで良いだろう」
ただ圧縮するだけでなく、刃の部分だけを何度も精密に練磨したそれは、元が銅とは思えないほどに、鋭い切れ味を連想させる剣となっていた。
「しかし、イメージどおりではないなこれは。本当はもっと日本刀に近い形にしたかったんだが」
「………ニホントウ?」
「いや、なんでもない」
オウム返しのリセラの言葉に、雄也は苦笑して……剣に見合う鞘を、余った鉄を使って作ることにした。
銅を材料とした剣――――雄也はそれを、『どうたぬき』と命名することにしたのであった。




