zip.5
ギルドの斡旋した仕事をこなすことにした雄也とリセラ。
最初に選んだ仕事は、『教会の礼拝堂の掃除』である。冒険で負った怪我や病気、呪いの類を回復する手段として、教会は最もポピュラーであった。
「しかし、何でこの仕事を引き受けたんだ? 掃除をするだけの仕事なんて、リセラは嫌がると思っていたけど」
教会に向かう道すがら、雄也が質問すると、隣を歩く盗賊の少女は、歩みを止めることはなく、両肩を軽くすくめた。
「まあね。公園での草むしりよりはましでしょうけど、それでも手間は掛かるし、身入りも少ないし、普通はやらないわよ。ただ、教会は今後もお世話になるだろうし、こういう時にポイントを稼いでおけば、何かあった時に、融通をしてもらえるかもしれないでしょ」
「なるほど、たしかにそれはそうだな」
「あとまあ、この街にも友人は何人かいるけど、今日の依頼を出した教会に、シスターとして勤めている友人がいるからね。せっかくだから雄也にも紹介しておこうと思って」
「へえ、それは楽しみだな」
そんな風に雄也が返事をすると、リセラはピクリと眉を動かして、一言、
「――――……あまり期待しない方がいいわよ」
と、そんなことを言ったのであった。
依頼のあった教会は、オルクスの街の端っこに建っている。
冒険の神クヨンを崇めるクヨン教団の紋章が飾られている建物の前で、一人のシスターが箒で道を掃除している。そのシスターを見て、リセラは手を上げて気さくに声を掛けた。
「アイリス、久しぶりー!」
「あ、リセラちゃん!」
アイリスという少女は、年齢は15歳。金色の髪とアイリス色の目を持つ少女である。
背丈はリセラより頭一つ分高いが、これはリセラの方が背が低いととるべきかもしれない。背丈の発育はいいが、残念なことに、いまのところは胸部に栄養は回っていない様子であった。
クヨン教団のシスター服に身を包んだその姿は、どこから見ても清楚な修道者であった。そんな彼女は、駆け寄ってきたリセラと握手をし――――
「てい」
「にゃっ!?」
足を払って転ばせると、そのまま馬乗りになって、関節技を決めるのであった。
「って、痛い痛い! アイリス何すんのよー!」
「何すんのよじゃないです。リセラちゃん、この前来たとき、私のおやつ、つまみ食いしていったでしょう?」
「あ、ばれてた?」
「あたりまえです! 冒険の神クヨン様は、何もかもお見通しですよ! おやつの恨みは深いです!」
そういいながら、さそり固めを決めるアイリス。悲鳴を上げるリセラがさすがに気の毒になったのか、雄也は、なおも技を掛け続けるアイリスに声を掛けることにした。
「あの、そろそろその辺にしたらどうかと思うけど」
「まったく、だからリセラちゃんはいつまでたっても坊やなのです……って、どちら様ですか?」
さそり固めを決めた体勢のまま、雄也のことをいぶかしげに見る少女。プロレス技をかけるシスターって、どうなんだろう。と思いながら雄也が黙っていると、その質問に技を掛けられたままでリセラが答えた。
「ファイターの雄也よ。ちょっと前からパーティを組んでるの」
「なんと、それは聞き捨てなりませんよ!? 私の知らないところでパーティメンバーを組むなんて、相棒に水臭いじゃないですか」
「いや、アイリスとパーティ組んだ覚えないから。どうせ組むならもっと高位のクレリックを探す積もりだし、シスターはないわー」
「………てい」
リセラの言葉に、顔には出さなかったが憤慨はしたのだろう。アイリスは容赦なく行っていた関節技に力をこめた。
「あいだだだだ! 折れる、折れるってー! 雄也、助けてー!」
「………やれやれ、仕方ないな」
切羽詰ったリセラの声に、だったら余計なことを言わなければいいのにと思いながら、雄也はアイリスとリセラをひっぺがした。
「むぅ………こうもあっさり剥がされるとわ。さすがはファイターさんといったところですかね」
「そういうキミも、随分鍛えているみたいだが……シスターってみんなそうなのか」
「キミではなくて、アイリスと呼ぶといいです。リセラの仲間ということは、アイリスの部下ということですから。あと、私に筋肉がついているのは修行の賜物です。リセラと一緒に冒険する為に、日々鍛えているのですよ」
「………そうか。よかったなリセラ、慕われているじゃないか」
技が外されたとはいえ、受けたダメージが深刻なのか、地面にのびているリセラ。雄也の言葉に、疲れたような声を出す。
「愛情表現が激しくて困るくらいよ……まったく、これから礼拝堂の掃除なのに、その前にダウンしちゃいそうじゃない」
「もしダウンしたら、私がマッサージという名の関節技を掛けてあげますよ」
「ねえ、それどう考えても関節技だよね!? せめて隠そうとしなさいよ!」
「駄目です。今日の私はジェラシーが入ってるんです不機嫌なんです」
シスターの少女は、頬を膨らませながら、雄也のほうを向く。
そうして、ピッ、と人差し指を突きつけながら宣言した。
「ファイターのあなた、雄也さんでしたか。あなたをライバルと認定します。これまでは、リセラちゃんが迎えにくるまで修行をしておこうと思いましたが、ライバルが現れたのなら、もう遠慮する必要はないですね。今後は、お仕事にも同行しますのでヨロシク」
「は!? ちょっと、なにいってるの、アイリス。あんたは教会で、賛美歌でも歌ってればいいじゃない」
「大丈夫ですリセラちゃん。私が賛美歌を歌うと神父様は、いつもすぐに、歌わなくても良いといってくれるのです。きっともう免許皆伝ですから、リセラちゃんのパーティとして行動するのも許してくれますよ」
「いやアンタそれ、どう考えても逆の意味で止められてるでしょ。ああもう……」
やいのやいの、と言い争いを始めたリセラとアイリス。人通りのほとんどない道で、その様子を見ていた雄也はポツリと呟いた。
「なあ、まずは掃除をしようぜ」
道端で騒いでいる二人が、声を聞きつけ様子を身に来た神父に説教をくらうのは、それから、間もなくのことであった。




