zip.4
マルセイ村から出立した、雄也とリセラは、北にのびる街道を徒歩で歩く。
途中、野宿を行い、目指す目的地のオルクスの街に着いたのは、翌日の昼間のことであった。
「さ、まずは冒険者ギルドにいきましょうか。美味しいものを食べるのも、宿屋に泊まるのもお金が必要だし仕事を請けないとね」
「金か………まあ、無いよりはあった方がいいよな、そりゃ」
活気に満ちた通りの空気に触発されたのか、元気いっぱいの様子のリセラを追うように、雄也も彼女のあとに続く。
街の中央にある大通りから、一本離れた道、レンガ造りの大きな建物が、オルクスの街の冒険者ギルドであった。
ギルドの中に足を踏み入れると、そこには多種多様な冒険者たちがいた。
人間はもとより、エルフやドワーフ、リザードマンやピクシーなど、様々な種族のパーティがエントランスにたむろしている。
そんな人垣の中をリセラは器用にすり抜けながら進む。そのあとをおっとりと続く雄也。
そうして、二人は受付のカウンターの前にたどり着く。
オルクスの冒険者ギルドの受付には、竜の羽根を背中に生やした女性が、受付嬢をしている。竜人と呼ばれるその種族は、強靭な腕力と高い知性を持つといわれている。彼女の名前は紅玉といい、彼女のファンも数多くいた。
「いらっしゃいませ、どのような御用でしょうか」
リセラと雄也に愛想よく笑顔を向ける紅玉。見た目はおしとやかな女性だが、荒くれの冒険者に言い寄られるたび、力づくで問題解決をするため、怒ると怖い人であると、周囲には認識されていた。
「ええと、冒険者登録をしたい仲間がいるんで、よろしくお願いします。あと、私たちで出来る仕事があったら教えてくれますか?」
「はい、かしこまりました。まずは、登録のほうですが……そちらの方で宜しいですね」
紅玉はそういうと、リセラの後ろで、周囲を興味深げに見ていた雄也に視線を向ける。
「そうです。ほら、雄也、手続きをしちゃって」
「ん、ああ、分かったよ」
リセラに促され、雄也は前に進み出る。既に盗賊として冒険者ギルドに登録してあるリセラと違い、雄也はこちらの世界にきてから、冒険者ギルドに登録したことがなかった。
zipperというのも、自称であり、実際は何の職業かも怪しいところである。
オルクスの街に向かう道すがら、雄也のそんな現状を知り、まず何よりも、ギルドに登録しなくちゃね……と、呆れたようにリセラに言われたのは朝方のことである。
「それではこちらに、お名前をお書きください」
差し出された巻物の、名前記入欄に自分の名前を書く雄也。異世界の言語が書かれている巻物だが、雄也が書いたのは日本語の名前である。
だが、こういった変わった文字は慣れっこなのか、「読み仮名をおねがいします」と紅玉は穏やかに言い、雄也も日本語の上に、この世界に来て覚えた自分の名前をかいた。
「はい、それではこちらに血判をお願いします」
最後に、渡された小刀で指に傷をつけ、名前の横に、血のついた指紋で判を押す。
指を離すと、巻物は、まるで生き物のように宙に浮かび、その表面に青い炎で文字が刻まれた。その炎がおさまると、巻物は、その名の通りに丸まって、カウンターの上に落ちる。
紅玉は、その巻物を広げ、書かれている内容にざっと目を通すと、微笑みながらそれを雄也の前に差し出した。
「登録は完了いたしました。これがあなたの身分を証明する証となります。自らお持ちになるか、ギルドに預けるなどをして保管をお願いします」
「どれどれ、雄也のステータスはどのくらいなの?」
「ステータスって、そんなことも分かるのか」
雄也が巻物を広げると、さっそく興味深そうに、リセラが隣に立って、巻物を覗き込んでくる。自分の力が数値化されるとあって、雄也もあらためて巻物を見た。
:綺堂雄也 LV:6 職業:ウォーリア・オブ・コンプレション
HP 298/298 MP 107/107
力:52 技能:18 敏捷:35 知識:68
魔力:10 生命力:71 幸運:22
スキル:圧縮(MP消費:1)
対象を好きな形に圧縮できる。圧縮は同対象に何度でも出来る。
圧縮する際は、対象となるものの全容を視認で把握できなければいけない。海や空、星など明らかに巨大なものは圧縮できない。
圧縮は一瞬で終わるが、圧縮の対象が大きいほどに、効果が出るのにタイムラグが発生する。
スキル:解凍(MP消費:0)
圧縮した対象を元に戻す。完全に戻すには、圧縮したのと同じ回数、解凍を行わなければならない。
スキル:女神の恩恵(常時発動型)
女神リリーの加護を与えられたもの。成長率が若干上がる。また、力か魔力のうち、本人に適したほうのステータスの上昇率が上がる。
「あの、何かすでにレベルが6になってるんですが」
「ああ、それは女神様の恩恵ですね。本来は冒険者ギルドに登録してから、レベルを上げることになりますが、女神様の加護がある方が、ギルド登録を行う前に、モンスターを倒したり、クエストをこなした場合、経験値は蓄積されます。その分が、今回の登録で出たということですね」
「なるほど」
紅玉の言葉に、雄也は頷いて巻物に視線を戻す。
自分のステータスを確認できるということも驚きであったが、それ以上にスキルの欄に目を奪われた。圧縮のスキルは、自分でも何回か使って、ある程度の性能は把握していたが、自分の知らないルールを知る事ができたのは大きな収穫であった。
(なるほど、圧縮は自分の見える範囲しか効果がないみたいだな。物陰に隠れて、遮蔽物越しに圧縮したりは出来ない、と。あとは、どのくらいの大きさのものが圧縮できるのか、改めて試しておく必要があるかな……ん?)
「なんだ、リセラ。何か言いたそうだけど」
「あー……うん、なんというか」
雄也の隣に立って、気まずそうな表情をするリセラ。いったい、どうしたんだろうと雄也が思っていると、二人の様子を見ていた紅玉が、そろそろよいかという風に、口を開いた。
「さて、お手続きが終わったところですし、お仕事の斡旋をいたしましょうか。現在、レベル6のファイターと、レベル3のシーフで出来るお仕事はというと」
「あー! わー!わー!わー!」
「……リセラさん、うるさいですよ」
「う、す、すみません」
言葉を遮られ、気分を害したのか、じろりと紅玉がリセラを睨みつけ、少女は恐縮したように身を縮めた。その様子を何事かと雄也が見つめると、その視線に気づいたのか、ふてくされた様子でリセラは顔を俯かせる。
「なんというか、低レベルでごめんね。てっきり雄也のレベルも、あたしと同じくらいだと思ってたのに……なんかへこむなぁ」
「あ――――……まあ、そんなに気にすることないんじゃないか」
気落ちした様子のリセラに、雄也はそういって彼女の頭をなでる。
「リセラにはなんだかんだで世話になってるし、レベルを上げたいなら俺も協力するから」
「……ほんとうに? パーティ解消しよう、とか言わない?」
「言わない言わない」
じっ、と上目遣いで見上げてくるリセラに、雄也はそういって微笑む。
そんな二人の様子を見て、ことさらに呆れたような顔をしたのは紅玉だった。
「いちゃついたり、じゃれついたりは、もう少し場所と時間を選ぶべきだと思いますよ」
「あー……すみません」
頭をなでるのを止めて、雄也が頭を下げる。リセラの方は、自分の頭に手を置いて、どこか名残惜しそうにしていたのだが。
「さて、それでは依頼ですが『迷子のペット探し』『教会の礼拝堂の掃除』『公園の草むしり』『バザーの用心棒(出店可)』などがありますが、どれになさいますか?」
「うーん……なるほど、色々あるな。リセラ、どれがいいと思う?」
「というか、もう少しましな依頼とかないんですか? こう、凶悪なモンスターを何匹倒せ、とか、ダンジョンの奥深くの調査をしろ、とか」
カウンターに広げられた、紙の書類を眺める雄也の隣で、リセラは紅玉にそう質問する。それに対する紅玉の反応は見も蓋もないものであった。
「何を言いますか、このポンコツシーフは。適正な仕事となれば、こういう仕事しか斡旋できません。そういうのはせめて、レベルが二桁に行くくらいに成長してからになさい」
そうズッパリ言われて、リセラはうぐ、と言葉に詰まる。反論しようにも、自分のレベルの低さでは何を言っても相手にされないのは分かりきっていた。
「……まあ、地道に頑張ろうぜ」
「――――うん」
雄也の言葉に、言葉少なげに頷くリセラ。当面は地味な仕事をこなし、経験値と資金をためる日が続きそうであった。




