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「ね、美味しいでしょ、ここのイノシシのステーキ」
「そうだな。少し身が固い気がするけど」
部屋に荷物を置いた後、リセラと雄也は食堂に向かい、和気藹々と夕食をとる。
その夕食の席で、今後の行動の方針や、細かな日常生活での互いのルールなどを決めていった。
「というわけで、次に向かうのはオルクスの街ね。あそこなら冒険者ギルドがあって、仕事の依頼も探しやすいし、本格的な冒険をするなら、もっとパーティメンバーが欲しいからね」
「パーティメンバーか……やっぱり、3人とか4人とか6人とかのパーティが妥当なのかな」
某有名なRPGゲームを引き合いに出して雄也が問うと、我が意を得たりという風にうんうんと頷きながら、手に持ったフォークを振る。
「そうね、前衛と後衛に大まかに分けるとして、か弱い私は後ろで、雄也は前でしょ? となると、前衛にはもう一人壁役と、あと、贅沢を言うなら回復役が欲しいわね。フリーのクレリックがいればいいんだけど」
「おお、クレリックか……それはぜひ、女性の方がいいな」
「は? なにいってるの、雄也。クレリックに女がいるわけないじゃない。よく教会に行くと、ありがたい教えをしてくれる神父さんがいるでしょ? ああいう人のことをクレリックって言うのよ……どうしたの、悲しそうな顔をして」
「いや、まあ、わかったよ」
竜を倒すRPGではなく、海外版のオッサン神父か……などと呟きをもらす雄也。その意味が分からず、首をかしげるリセラであった。
「――――それで、水浴びとか用を足すときとか、そういう細かい時は、女性優先にしてよね。その辺りは譲れないから」
「……はいはい、そのあたりは分かったよ」
食事も終えて、今日の寝床である部屋に戻りながら、リセラは雄也に、パーティルールの譲れない部分をこんこんと説明する。それを軽く受け流しながら歩いていた雄也だが、不意に足を止めた。
「ん? どうしたの、雄也。トイレならあっちにあるけど」
「いや、そうじゃないんだが、なあ、リセラ。この宿って浴室とかはないのか? なんというか、そう、湯浴みを出来る場所なんだが」
「あー……オルクスの街に、そういう施設があるのは知ってるわよ。でも、お金がもったいないし、入ったことないわね。大体は、どこかの小川で水浴びするか、井戸から水を汲んで身体を拭くくらいだけど」
「……なるほど」
そうして、部屋の前に来た時である。先に部屋に入った雄也が、唐突にドアを閉めて鍵をかけたのである。
「へ………? ちょっ、何してるのよ、雄也! 開けなさいってば!」
「すまないが、一分ほど待っててくれ」
いきなりの事に、戸惑いながら、ドンドンとドアを叩くリセラ。なおも開けろー、とかいながらドアを叩くが、中からの返答はない。
なんなのかしら、と思っていると、ちょうど一分ほどの時間で、鍵が開けられ、ドアが開いた。
「ちょっと、雄也、何のつもりで――――」
そうして、リセラは中に踏み込み、文句を言おうとして口をそのままぽかんと開ける。
宿泊客用の部屋、決して広いとはいえないその部屋の真ん中に、白い物体が鎮座していた。それは、バスタブと呼ばれるもので、それには湯気の立つお湯が、なみなみと満たされていたのである。そう、
「お、お湯だー!」
目を輝かせながら、リセラはバスタブに駆け寄って、恍惚とした目で湯船を見る。
「どうかな。魔法で用意していたものを出してみたけど、気に入ったかな」
「気に入ったなんてものじゃないわ、雄也すごい! あなた天才よ!」
「そこまで褒められるほどの事かな」
などといいながらも、手放しで褒められて悪い気はしない雄也である。が、
「じゃ、私が先に入るから、しばらくは食堂で待ってなさいね」
と、部屋の外に放りだされて鍵をかけられ、一瞬呆然としたあと、扉に駆け寄った。
「ちょっとまて、何でそうなるんだ! 用意したのは俺だぞ、俺が先に入るつもりだったのに、おい、開けろよ!」
「なにいってるのよ、さっき決めたでしょ? 水浴びとか細かい時は女性優先って」
「――――……それは、まあ」
「それに、もう服を脱いじゃってるもの。無理に踏み込んで痴漢になりたくなかったら、おとなしく待ってなさい」
「……横暴だぞ、まったく」
勝ち目がないと判断したのか、言い争っても仕方ないと判断したのか、雄也は諦めたように一つ溜め息をつくと、食堂に向かう。
部屋の中では、湯船に浸かったリセラが、幸せそうな顔で鼻歌を歌っていたのだった。
「おーい、リセラ? 入ってもいいか?」
それから小一時間の後、食堂から部屋の前に戻った雄也は、確認の為にドアをノックする。だが、リセラの返答はない。ためしにドアノブを回してみると、鍵は外されていて、部屋の中に入る事ができた。
部屋では、寝巻きに着替えたリセラが、部屋に一つしかないベッドを占領して、穏やかに寝息を立てていたのであった。
色々と疲れが溜まっていたのだろう。そんな彼女の様子を見て、それからバスタブに目を向けた雄也は、一つ溜め息をつく。
「お湯は、張り替えないといけなそうだな」
諸々の後始末を追え、雄也が寝ることになったのは、それから一時間ほど後の事であった。
「むー………にゃ?」
家々の明かりも落ち、寝静まった真夜中………ベッドで眠っていたリセラが、眠りの淵から目を覚ました。まだ疲れが取れてないのか、ベッドで寝返りと打つと、部屋の床に布団を敷いて、そこで眠る雄也の姿が目に入った。
そうしてしばらくの沈黙のあと、もぞもぞと自分の身体をまさぐり、異常のないことを確認して、ホッと息をついた。
知り合ったばかりの異性と同じ部屋に泊まるというのは、彼女にとっても思い切った決断だったが、悪い結果にはならなかったようである。
「………おやすみなさい、雄也」
そう呟いて、もう一回寝なおすリセラ。その呟きは、布団に横になっていた雄也の耳に、しっかりと届いていたのだったが。
(………眠れない)
異性と同じ部屋に泊まることに、緊張を覚えていたのは、雄也も同じであった。
リセラの寝息が妙に大きく聞こえ、まんじりとした気分で夜更かしした雄也が眠りに付けるのは、もうしばらく後のことであった。




