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「半ば背中を蹴っ飛ばされる形だけど、雄也としたことに後悔はないわ。命の恩人とか、そういうのを抜きにしても、好きだって思えるところも多いもの。でもね……」
ようやく修行を終えて、再びのダンジョンアタックの為に、準備を行っていたその日。
休憩がてらに、大通りのカフェテラスに座ったリセラは、親友であり、家族のような少女に、じとりとした視線を向けた。
「ちょっと修行に行ってる時に、親友が愛人になりたいって、雄也にちょっかい出してる時、どういう顔したらいいと思う?」
「笑えば良いんじゃないですか?」
「いや、さすがに笑えないわ、色々と」
平然とした顔のアイリスの返答に、リセラはないわー、と手を振って返答する。
修行中にアイリスが雄也に甲斐甲斐しく世話を焼いたことや、一緒に入浴をしたり、その他にも行った、もろもろが面白くないようである。
「というか、まさかと思うけど……アイリス。あんた、私の彼氏だからって理由だけで、雄也にちょっかい出してるわけじゃないでしょうね」
「だけ、というわけではないですよ。そもそも、リセラちゃんに相応しくないと思ったら、愛人になるどころか、逆に排除する為に動くでしょうし。雄也さんのこと、私も好きですよ? リセラちゃんの次くらいに」
「重いわー……愛が重いわー」
「それはまあ、愛で空が落ちるほどですからね」
などと、わけのわからないことをいいながら、果実水をすするアイリス。
「それはさておき、リセラちゃんは恋愛事にお堅いところがありましたから、雄也さんと出来れば生涯連れ添いたいと位は思ってるんでしょう?」
「う、まあ、それはね」
孤児院出身の女性は、有力者の妾や、客を取って金を稼ぐために道端に立つものなど、普通の結婚とは無縁のものも数多くいる。
そういった、無力な立場から脱出する為に、冒険者となった一面も、リセラとアイリスにはあった。
「だけど、雄也さんに他の女性が色目を使って寄ってきたら、対抗できるんですか? そういうとき、味方は多い方がいいと思いますよ?」
「……いいたいことは分かるわ」
「人格や外見以前に、雄也さんのスキルは便利すぎますし、勧誘の為に色仕掛け、とかも普通にありそうですからね」
アイリスの言葉に、リセラは忌々しげに溜め息をついた。
自分の恋路が前途多難なことを、あらためて確認したようである。もっとも、多難なだけで、無理な恋路ではないだけ、世間一般ではましな部類であるのだろうけど。
「しょうがないわね……そういうのを防ぐ意味も兼ねて、協力しましょう」
「はい。よかったです……一緒に頑張りましょうね、リセラちゃん」
「嬉しそうね、アイリス」
「それはもう、いままでは私の家族はリセラちゃんだけでしたけど、雄也さんも家族になるかもしれないですから」
「いやそこは、孤児院のオヤジさんとか、他の面々も家族に入れてあげなさいよ」
アイリスとリセラの住んでいた孤児院には、彼女たちの他にも同年代の子供はいた。
だというのに、アイリスが懐くのはリセラだけであり、他の面々は家族という扱いをしていなかった。
「私は偏屈者ですから。私の家族はリセラちゃんと、候補として雄也さんだけで、今のところ満席ですよ」
「ほんと、どうしてこんな風に育ったのかしら」
小さい頃、思いっきりアイリスを甘やかして、傾倒させた事をすっかり忘れ、リセラは自分の果実水に口をつけたのである。
ある日の昼下がりは、そうして過ぎ去っていくのであった。




