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ヒノキに似た色合いの、ベッドくらいの大きさの浴槽。そこに張られたお湯に浸かり、金髪の少女が気持ち良さそうにため息をつく。
肉付きの良いとは言えず、張るほどに胸はないその身体は、少年のような雰囲気をもっていたが、艶やかな髪、整った造作、珠のように磨かれた肌は、女性としての魅力を十二分に感じさせるものだった。
一糸纏わぬ可憐な少女は、薬湯を混ぜたお湯を肌に塗りこむように滑らせながら、口を開き――――
「ババンババンバンバン~♪ ババンババンバンバン~♪ いーいゆだーなー」
とまあ、見た目がぶち壊しになるくらいのマイペースな音程で、ドリフのテーマに似た曲を口ずさんだりしていた。
少女は楽しそうな様子で、浴槽の向かい側、一緒に湯に身体をつけている少年に笑顔で声を掛ける。
「はー、眠る前のお風呂は、格別ですねえ、雄也さん」
「ああ、そうだな………」
「おや、どうしたのですか? こっちを向いて話してくださいよ」
向けるわけないだろう、というのが雄也の内心である。雄也のスキルと、薪割りなどの努力で部屋に用意した風呂に、最初は交替で入ろうとしたのだが――――
『張りなおしたら、お湯がもったいないですし、一緒に入ればいいじゃないですか』
などと、妙に押しの強いアイリスに強行され、今は一緒に、裸になって向かい合っているのである。腰から下は、アイリスの用意した薬の混ざった薬湯のおかげで見えないものの、上半身は互いに隠すところがない状況である。
謎の光やら不自然な湯気などもなく、前を向いたら少女の裸体とご対面となれば、さすがに気が引けるのであった。
そんな雄也の男心など意に介さぬ様子で、アイリスは無造作に雄也の傍まで近寄って彼を見つめてきた。
「ねえねえ、どうしたんですか? ひょっとして、恥ずかしがってます? 照れてます?」
「分かってることを聞くなよ。というか、アイリスは恥ずかしくないのか」
「まあ、人並みに恥ずかしいですけど。愛人としてのアピールとなれば、このくらい普通じゃないんですか? よく分かりませんけど」
そんなことをアイリスは言い、首をかしげる。
世間一般と外れた認識なのは、教会に押し込められてたシスターだからか、それとも本人の素なのだろうか。
言葉とは裏腹に、特に気負ってもない様子のアイリスの声を聞いて、雄也は逸らしてた視線をアイリスに向ける。
濡れた髪に、しっとりとした肌、薄桃色の部分を含め、隠されたところのない少女の裸体を見ていると、途端に恥ずかしくなったのか、アイリスは胸元を隠して背中を向けてしまった。
「うう……こっちを向いてくれとは言いましたけど、そんなに気合を入れて見られると、さすがに恥ずかしいのですが」
「俺をからかった、アイリスが悪い」
「居直りは、ひどいですよ、っと」
背中を向けている分には、恥ずかしさは多少は緩和されるのか、アイリスは背中を雄也の身体にもたれかからせた。
「あのなあ、そうやって積極的になられても、俺はどう扱って良いか分からないんだが」
肌と肌が触れ合う部分の感触に、雄也は溜め息をつく。
彼にしてみれば、リセラと関係を持っただけでも大事なのに、愛人目的で積極的に接触してくるシスターの少女まで加わるとなれば、理性の許容量も限界といってよいだろう。
「まあ、そのあたりの距離感はおいおい決めていくとしましょう。さしあたり、リセラちゃんとの距離感が定まるまでは、このくらいのスキンシップで、私の状態は、新品のままということで」
「新品とか言うな。じゃあ俺は使用済みかよ」
「男性の方は、どう言うべきなんでしょうね。なんとも形容しがたいですが」
そんなことを言いながら、アイリスは笑みを浮かべる。
「それにしても、恋に冒険にと、ここ最近は楽しくなってきましたね。ほんの少し前までは、思いもしなかったですけど」
「まあ、楽しいことは否定しないけどな」
アイリスの言葉に、雄也も同意する。ひとりで旅をしていた頃よりも、笑みを浮かべる回数が増えたことに、彼自身は気づいていないようであったが。
「そういうわけで、リセラちゃん共々、今後ともお願いしますね、雄也さん」
そうして、裸の付き合いを終えた雄也とアイリスは、後始末を済ませると、並んでベッドに横になった。
「本当はリセラちゃんもいてくれれば、家族水入らずで川の字に寝るって事ができたんですけどね」
と、アイリスはしきりに残念がっていたが、泊り込みに行ったリセラが戻ってくることはなかった。戻ってきたらきたで、修羅場になったような気もするのだが、幸か不幸か、今夜は雄也とアイリスの二人きりらしい。
「それじゃあ、お休みなさい、雄也さん」
「ああ、おやすみ」
「あ、それと、少しぐらいなら味見しても良いと思いますよ。何をとは言いませんが」
「早く、寝ろ」
一言多いアイリスの頭を軽く小突き、雄也は目を閉じる。何やらブツブツと呟いていたアイリスも、大人しく寝ることにしたようであった。
そうして、夜は更けていくのであった。




