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zip.29

療養生活を送ってから4日後、雄也の体調も万全とはいかないものの、もう通常の状態と言っても良いほどに刺し支えないくらいには復調していた。

そうなってくると、大人しく寝ているのが退屈になるものである。雄也もその多分にもれず、いい加減、身体を動かしたいと考えていた。

そのことをアイリスに伝えると、彼女自身が付き添っての散歩をしようと提案され、雄也もそれに乗ったのだが、


「しーあーわーせー、をたずねてー わたーしーはーゆきたいー」

「なあ、歩きにくくないのか、アイリス」

「私ですか、全然、そんなことはないですよ?」

昼間の大通り。人通りはそれなりにある路を、雄也はアイリスと腕を組んで歩いていた。急に倒れられたら大変ですから、というのがアイリスの言い分だが、その姿は傍目には恋人同士が腕を組んで歩いているようにしか見えない。

アイリスは背も高く、スレンダーとはいえ見た目もよいので、周囲からやっかみの視線をいくつか向けられ、雄也としては居心地がよいとはいえなかった。

とはいえ、離れてくれと口にするということは、嬉しそうにしているアイリスの表情に水をさすことになるわけで、結局は何も言えずに引っ付いたままでの散歩を続けていたのだった。

「それにしても、嬉しそうだな」

「ええ。昔から、こういう風なシチュエーションに憧れてましたから。私も、リセラちゃんも、孤児院の出身で、普通の幸せというのに憧れていたんですよね」

「そうなのか」

二人の過去について、詮索していいものかと、言葉を濁して雄也が返答すると、アイリスは懐かしむように、往来を楽しく駆け回っている小さな子供達に視線を向ける。

「お互いに、まずしくても、幸せな家庭を築く。それか、実入りの良さそうな男の人を捕まえて、奥さんと愛人として楽しく暮らそう。そんなことを小さい頃からリセラちゃんと話してたんですよ」

「いい話そうに言うけど、後半のほうは子供が考える発想じゃないだろ、それは」

「まあ、それは、あの頃から現実が見えていたということで。ああ、ちなみに奥さんと愛人のほうは、私の発想ですよ? リセラちゃんは今も昔も、良い子ですから」

「それでいいのか、シスター」

「良いんですよ。冒険神クヨン様は、おおらかな神様として有名ですから。実際の悪行はともかく、口に出すくらいは許してくれますよ」

などといいつつ、朗らかに笑うアイリス。そういうものか、と呟いた雄也は、そのままアイリスと腕を組んだままで、しばしの散歩を楽しんだのだった。


散歩を終えて、宿に戻った雄也たち。まだ眠る気がない雄也がベッドに腰掛けると、座る直前まで腕を組んでいたシスターの少女は、開口一番にこう言った。

「雄也先生………お風呂に入りたいです」

「……何で、先生なんだ?」

「ええと、物事を頼むときは、相手を先生と崇めて頼んだ方が、言うことを聞いてもらえると、むかし教義で教わったような気がします」

それで良いのかクヨン教団。と、そんなことを考える雄也だが、シスター本人は欠片も悩むこともなく、雄也に重ねてお風呂を急かすのであった。

「そういうわけで、雄也先生。お風呂を出してください。早く早く」

「簡単にいうなよな。やれやれ」

溜め息をついて雄也はベッドから立ち上がると、部屋から出る。

宿の廊下に出た雄也に、アイリスが追いついて質問を投げかけた。

「どこに行くんですか、お風呂を用意してくださいよ」

「だから、風呂の用意をしにいくんだよ。俺のスキルは、持ち運びには便利だけど、お湯を作れるわけじゃないからな。井戸から水を汲むのと、まきを割って湯を沸かすのは自分でやらないといけないんだ」

「……そうなんですか」

「そうなんだよ。まあ、散歩をしても身体に異常は感じられなかったし、巻き割りは良いリハビリになるだろうな」

どのみち、ダンジョン探索用に、ある程度は水やお湯を用意しておこうとは思っていた雄也である。そのついでに風呂の用意をするのも、親身になって世話をしてくれたシスターの少女に対する礼としては、妥当だと思えた。

「そういうわけだから、準備が出来るまで待ってていいぞ」

「そういうわけには行きません。私も、水汲みくらいは手伝いますよ。お風呂の為に汗をかけば、その分、流す時に気持ちよいでしょうからね」

雄也の言葉に、アイリスはそう返事をする。そうして、夕食までの午後の時間は、水汲みに巻き割にと、時間を潰したのである。


食後の時間を使い、風呂に入るという予定であった。


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