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雄也の様子を見に、ロッシュとスピカが宿を訊ねて来たのは、昼を回った頃合である。
「よう、調子はどうだ?」
「ああ、もうすっかり大丈夫、って言いたいんだけどな」
宿の一室、ベッドで上半身を起こしながら雄也が言うと、傍の椅子に座っていたアイリスが呆れたような顔をした。
「そういって、立ち上がろうとして、よろけた事を忘れたんですか? 最低でも何日かは、安静にしてください」
「そうは言われてもなぁ」
寝ているだけは退屈と、表情を顔に出す雄也だが、無理にベッドから降りようとはしなかった。そんな雄也に、アイリスは小首を傾げて提案する。
「暇でしたら、チェスでもしますか? 宿の女将さんに言えば貸してもらえますけど」
「チェスは、あまりやったことは無いんだよなぁ。将棋なら、つき合わされてやりこんだことはあるけど」
「ショーギ?」
「いや、なんでもない」
興味深そうな顔をする。アイリスに、雄也は肩をすくめる。
逐一、将棋について説明するのも面倒だと思ったからである。そんな彼等のやり取りを見ていたロッシュは、別の話題を口にすることにした。
「お前さんはまだ何日かは休んでなきゃいかんとして、リセラの嬢ちゃんが修行している件は聞いているか? 一週間くらいかけて、泊り込みで特訓しているらしいが」
「ああ、そういえば、そんなことを言ってたっけ」
「知ってるなら、話は早い。今回は失敗したが、お前さんの体調が戻って、リセラの嬢ちゃんの修行が終わったら、例の『長行くべき地下道』に再挑戦しようと思ってな」
再挑戦? と雄也が聞くと、ロッシュは顔に苦笑を浮かべた。
「ダンジョン探索が失敗することは、別に珍しくないが、リセラの嬢ちゃんはかなりの責任を感じてるみたいだからな。浅い階層を往復しなおすだけでも、自信は取り戻せるだろうと思ってな」
「ああ、なるほど」
ロッシュの言葉に、雄也は確かにそうかもしれない、と同意する。
「そういうわけだから、準備そのものは俺とスピカでしておくぞ。雄也は、アイリスの嬢ちゃんに世話してもらって、体調を治しとくようにな」
ロッシュはそういうと、スピカを連れて部屋を出て行った。
「やれやれ、すっかり病人扱いだな」
「それが不満なら、早く直してくださいね。私も頑張ってお世話しますから」
ロッシュ達が去り、二人きりになった部屋でアイリスはそういうと微笑を浮かべる。
そこそこ気になる異性を世話する事が、アイリスにとって新鮮な楽しみのようであった。
「さあ、それじゃあ何をしましょうか? せっかくですし、身体でも拭きます?」
「――――……何がせっかくなのかは、さておいて、それは俺としても少々恥ずかしいものがあるから勘弁してくれないかな」
「いえいえ、ご遠慮なさらずに。それに、身体を奇麗にすることは悪いことではないですから。ええ、異性の身体つきとか、興味津々と言うわけではないですよ?」
それじゃあ、用意してきますねー。と、楽しげな様子でアイリスは部屋を出て行く。
部屋に残された雄也は、微妙な脱力感に、ベッドに再び横になった。
(この体調だと、アイリスから逃げ切れるわけもないしな)
などと、達観して観念したような事を考えてはいるが、実のところはシスターの少女に甲斐甲斐しく世話をされるのは、悪い気はしない雄也であった。




