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冒険者の居留している、数多くある宿の一室。明かりを消したその部屋に、三人の女性の姿がある。
そのうち二人、リセラとティスアの額には紙の札が張られており、その身を床に横たえている。彼女たちの眠る床には、うっすらと青く光る魔法陣が描かれており、狐巫女のミタマは二人の間に行儀よく座り、その手を片方ずつ、札の張った額に添えていたのであった。
「おや、またお亡くなりにならはりましたか」
ややあって、横たわったリセラの身体が、雷に打たれたように一度、大きく跳ねた。だが、ミタマは特に慌てた様子もなく、平然としている。
「この様子やと、今日もぎょうさん酷い目にあいそうですなぁ」
そんなことを言いながら、狐耳の少女は目を細める。その顔には微笑が浮かんでおり、どことなく楽しそうにも見えた。
閉じていた目を、リセラは開ける。
大きな月が三つ浮かぶ夜空。人の顔の形をした岩が無数に転がる荒野にリセラは横になっていた。その傍には、呆れたような顔のティスアが立っている。
「起きたか。今回は最短記録だな。これで死亡回数3ケタ超えか、おめでとう」
「全然、めでたくないわよ!」
身を起こしたリセラは、ティスアに食って掛かる。ここは、ミタマの力によって作られた精神世界である。本来は、心の傷を癒す為に使われる巫女の力だが、使い方を間違えるとこうなる典型である。
現実とは違う点は、時間の流れがとてつもなく遅いという点と、死んでもやり直せるという点である。とはいえ、死ぬときの苦痛やらなんやらはバッチリ記憶しており、あまり繰り返して死ぬと、トラウマになりかねないというところが問題でもあった。
「まあ、それでも、あたしの知識をそれなりに身に着けて、死ぬことも減ってきたじゃないか。最初に比べたら格段の進歩だぞ」
「その点はいいんだけどね……生きたまま齧られるとか、内臓を食い破られるとか、全部の穴を貫通させられながら嬲り殺されるとか、殺され方がえぐいのよ! あんなのばかりなら、必死にもなるわ!」
「まあ、それは、この世界を作ったミタマの趣味でもあるからなぁ。だが、現実はこの内面世界よりももっと酷いこともあるんだぞ」
実感のこもったティスアの言葉に、リセラは憮然とした顔で黙り込む。
「酷い目にあうのが嫌なら、今からでも止めても遅くはないんだぞ?」
「それこそ、まさに今更、よね。こうして何も知らない無垢な少女は、大人になる、か。色々な意味で」
そういいながら、リセラは立ち上がる。
限りなく現実に近いこの世界で、筆舌しがたい目にあい続けたことで、精神的にタフになりつつあるようであった。そんな彼女に、ティスアは淡々とした口調で釘をさす。
「学ぶのも図太くなるのもいいが、慣れるのだけはやめろよ。現実は一度死んだら終わりということは忘れるな」
「言われなくても分かってるわよ……きたわね」
リセラは人顔岩の陰に隠れながら、クロスボウを構える。巨大な大木の幹のように胴体が太く、人間を一呑みに出来るほどの大きな蛇が、ずるずると地面を這って移動している。
リセラは岩の陰から身を乗り出すと、クロスボウの矢をその目に向けて放った!
カーン
「あ」
だが、狙いが甘かったらしく、矢は大蛇の鱗に弾かれ、大蛇は俊敏な動きで、リセラを丸呑みにしてしまったのである。
「やれやれ、まだまだ鍛錬が必要だな」
離れた場所で、それを見ていたティスアは溜め息をつく。その傍には、リセラを丸呑みにした大蛇と同じものが二体、物言わぬ躯となって大地に横たわっていた。
「それにしても、ミタマは本当に性格悪いな。あたしにも同じ条件でやれとか、仲間がいの無いやつめ」
そういいながら、顔をしかめるティスア。完璧超人でもない彼女も、この精神世界では二桁の死亡回数を数えている。
リセラが一人前になるまで、あとどのくらい掛かるのやら。そんなことを考えながら、ティスアは、リセラの生き返り場所へと歩を進めたのだった。




