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オルクスの街に着いた一行は、目を覚まさない雄也を宿に運んだ後……看病をするミタマ、アイリス、それに雄也の様子を見ていたいと口にしたリセラは宿に残り、ロッシュとスピカ、レオンハルトとゲンブにティスアの5名はギルドの食堂で一息つくことにした。
「乾杯とはいかないが、まあ、お疲れさまだな。飲めよ、ロッシュ」
「ああ、ありがとうな」
ロッシュがジョッキを差し出すと、レオンハルトがそれに麦酒を注ぐ。
酒と食事を取りながら、お互いの近況や与太話などを互いにかわす。しばらく後、その中で、リセラの事が話題に上がった。
「それにしても、あのシーフの娘は大丈夫なのか?ティスアにかなり絞られていたが。あらためて考えると、少々、可哀相とも思えてな」
「そうは言うがな、レオン。俺だと、リセラの嬢ちゃんにああもハッキリとは言えなかったし、ティスアがいってくれて、実はホッとしてるんだが」
「そうなのか?」
「今回のダンジョンアタック、俺が不安に思っていたのは、リセラの嬢ちゃんのことだったんだよ。戦闘面では、どうにかなる。だが、ダンジョンの罠とか、そういった面でポカをやらかすんじゃないかとは思ってたんだよ」
もっとも、まさか雄也が死に掛けるとは思ってなかったけどな、とロッシュはそう言って麦酒をあおる。
「そう思ってたなら、さっさとパーティを抜けるか、前もって注意すればよかっただろ? 失敗するまで放置とか、底意地が悪い奴だな」
ロッシュの言葉に、ティスアが険しい顔で彼をにらむ。
「パーティを抜けるつもりは、今のところはない。今回の件があったとはいえ、雄也も嬢ちゃん二人も、スピカに優しくしてくれるからな。その上で、多少の失敗はフォローしようとは思ってたが、間が悪かったんだよなぁ」
ロッシュとしては、リセラが何かしら失敗した上で、シーフとして成長してくれることを望んでいたが、いきなりの大失敗はさすがに想定外であった。
「これで、いろいろと萎縮されたら、冒険者として使い物にならなくなるからなぁ。リセラの嬢ちゃんに、何とかして実力と自信をつけさせてやりたいが……」
「そこで、何であたしを見る?」
「ティスアなら、リセラの嬢ちゃんに、いろいろ教え込めるだろ?先達として、可愛い後輩の面倒を見てやってくれないか? もちろん、報酬は出すから」
ロッシュの言葉に、レンジャーの女は苦虫を噛み潰したような顔になる。
「個人的には、あたしはああいう娘は好きじゃないね。だが、荒療治でよければ、やってもいい。だけどな、身体はともかく、精神のほうは保障しないぞ?」
「怖いことを言うなあ」
ティスアの言葉に、ロッシュは冷や汗をかく。そんな彼にレオンハルトが静かな声で話しかけた。
「言っておくが、ティスアがそういうなら、それ相応の荒療治だぞ。それでも良いなら………と、決めるのはあの娘だな」
ギルドの食堂に、ミタマとリセラが姿を現したのは、そんな頃合であった。
「そういうわけで、傷はまぁ、ぶっ叩いても、もうひらく事はないでしょうなぁ。アイリスさんは、お世話をするために残りましたが、うちの治癒はもう必要あらしませんでしょ」
「そうか、ありがとうな、ミタマの嬢ちゃん」
ミタマから、雄也の容態を聞いて、ロッシュはほっとしながら、狐の巫女に頭を下げる。ミタマのほうは、そんなロッシュにやんわりと微笑を返すだけであった。
一方、リセラはティスアから、シーフとして修行を積む覚悟があるかと、問われていた。
「修行、というが、まあ、荒療治だ。ハッキリ言うと、あたしの見立てでは、廃人になる確率は5分5分といった方法だ。だが、一週間もあれば、相応の結果が出る」
「一週間……」
「あたしたちも暇じゃないんだ。収入が入ったとはいえ、のんびりと他人に教えるなんてことをする気もない。コインの裏とおもて、失敗と成功……やるかどうかは、アンタしだいだ」
ティスアのその言葉に、リセラは迷う表情を見せなかった。
「やります」
「……いい面がまえだが、荒療治をする前に、一つアンタには、するべき事がある。それをやってから、荒療治に入るぞ」
「するべきこと……何ですか? あたしに出来ることなら、なんでもします!」
「ほう? 何でもするって言ったな? じゃあ、アンタを庇って死に掛けたあの坊やに、精一杯の恩返しをしないとなぁ」
「なんか、妙な方向に誘導しようとしていないか、あれ」
「そのようだな」
ティスアがリセラの耳元で何か呟き、それでリセラの顔が赤くなったり強張ったりする様を、ロッシュは若干不安そうな様子で、レオンハルトは、平然とした様子で、それぞれ見ていた。
「ティスアさんは、おせっかいの大好きな人ですからねぇ。良かれと思ってやってると思いますよぉ。ささ、だんな様、一献どうぞ」
「ああ。で、止めないのか、ロッシュ」
「…………」
レオンハルトの言葉に、ロッシュはしばらく黙った後、麦酒を一気にあおった後で、放り投げるように言葉を吐き出した。
「放っておく。もう、リセラの嬢ちゃんはティスアにまかせるわ」
「まあ、それもいいだろう。身体を張った少年と恩を返そうとする少女の幸せに、乾杯」
「いいのかなぁ……」
飄々とした様子で、杯を掲げるレオンハルトに、ロッシュは渋い顔でそう答えたきりであった。




