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「ふんふんふーん」
「やれやれ、さっきまで不満そうだったのが嘘みたいだな」
足取り軽く帰路をいくリセラを、呆れたように見るロッシュ。
「まあ、元気になったんだからよい事じゃないですかね。雄也さんもそう思うでしょ?」
「そうだな。不機嫌よりはましだろうな」
アイリスの言葉に、雄也はそういって頷く。
入り口までの道程も、あと半分を切っており、もう少しで地上に出られるということもあり、皆の足取りも軽い。といっても、まだあと数時間は徒歩で移動しなければならないのだが。
宝箱から宝を得てからも、帰り道ではモンスターに遭遇していたが、数も散発的なものであり、ロッシュがスピカを背負ったままでも十分対応できていた。
そんな道すがら、前方を見ていたリセラが喝采の声を上げる。
「あ! 見てみて、すごい、また宝箱よ!」
ヒカリゴケの照らすダンジョンの通路の先、道の真ん中に先ほどと同じ形の宝箱が、鎮座していた。ただ、
「……なあ、なんかあの宝箱、赤く光ってるように見えるんだが」
地面に置かれた宝箱は、それ自体が赤い光を放っている。
何となく嫌な予感を覚えたのか、ロッシュはスピカを背負いなおすと、仲間達を見渡す。
「あれは、なんかヤバイだろうし、ほっといた方が良いんじゃないかと俺は思うんだが」
「そうだな。俺もロッシュの意見に賛成だ。リセラも、あれには触らない様に――――」
と、雄也が口を開くが、リセラの姿を探して、身体を硬直させた。
雄也たちが話している間に、リセラはさっさと宝箱のもとに行って、鍵を開けようとしていたのである。
「あいつ………!」
雄也は、リセラのもとに駆け寄ろうとする。そのときちょうど、リセラは宝箱の鍵を開けて、蓋を開けようとしていた。
「さあ、どんなお宝が――――え?」
宝箱の中には、闇色の何かが入っていた。そしてそれはすぐ、宝箱から外にゆらりと出てくる。それは、大きな鎌を持った、長身の骸骨であった。
感情のこもらない窪んだ眼窩で、骸骨はリセラの方を向くと、持っていた鎌を一閃させ――――
「リセラ!」
その直前、駆け寄った雄也は、リセラの身体を突き飛ばしていた。
小柄な少女の身体が刃から逃れるが、骸骨は、続けざまに鎌を振り、雄也の首筋にたたきつけたのである。
雄也の首から、鮮血が舞った。
「………! あの馬鹿!」
「輝け(レイ)!」
一瞬、呆然としたものの、ロッシュはスピカを背負ったまま骸骨に向かって駆け出し、魔術師の少女は、ゆらりと立つ骸骨に向かって魔法を炸裂させる。
骸骨を中心に、光が炸裂し………それが消えた頃には、骸骨の姿も見えなくなっていた。倒せたのかどうか、それを確認する時間も惜しく、ロッシュはスピカを地面に下ろしながら、地面に倒れた雄也のもとに駆け寄った。
死神の鎌によって切りつけられた首もとからは血があふれて、地面を赤く染めつつある。
幸いと言うべきか、首を両断されることはなかったものの、一刻を争う容態であることは明白だった。
「ゆう……や…?」
「アイリスの嬢ちゃん、包帯でも何でも良い、まずは止血だ!急げ!」
「っ! は、はいっ! クヨン様、どうか傷つき倒れたこの子等に救いの手を……」
わずかに遅れてきたアイリスは、手早く包帯を雄也の首に巻きつけ、治癒を行うが、そうしている間にも、包帯は赤くにじみ、雄也の身体から命が抜け出ていくのがありありと分かった。
「くそっ、血が止まらねえ、どうすれば、どうすればいい……」
「どいて」
と、傍で様子を見ていたスピカが、倒れた雄也のそばにかがむと、その首に手をかざした。
「氷結」
呪文と共に、雄也の首もとが凍りつき、一時的に血が止まった。
「雄也! スピカちゃん、雄也は大丈夫なの!?」
「……血を止めただけ」
リセラの問いに、スピカはそれだけ言ってそっぽを向く。
不用意に宝箱を開けたリセラに対し、良い感情を持っていないようであった。だが、当の本人はそれどころではなく、半ば半狂乱に近い様子で、地面に寝かされた雄也にすがり付いて声を掛けていた。
「雄也、雄也しっかりして! お医者さんに連れて行くから……!」
(そうしたいのは山々だが……どうする?)
リセラの声を聞きながら、ロッシュは考え込む。
一時的な処置で患部を凍らせたとはいえ、雄也を部屋に動かせば、命にかかわりそうである。かといって、このままで雄也が回復するとも思えなかった。
雄也の傍で治癒の力を放っているアイリスの表情を見ても、楽観してよい状況ではないのは分かっていた。
だが、そうして悩んでいたときである。
彼等の進んでいた、ダンジョンの入り口方面から、複数のゴブグリンが駆け寄ってきたのである。
「だーっ! こんな時に……」
と、半ばやけくそ気味に、メンバーを庇うように敵の前に出ようとしたロッシュだが、その直後、ゴブグリン達の後を追って現れた青年とその仲間たちが、瞬く間にゴブグリン達を一掃したのである。
「誰かと思えば、ロッシュじゃないか。どうしたんだ、こんなところで」
ロッシュに声を掛けたのは、両手に剣を持った青年である。
どうやら、ロッシュとの知己なのか、他の面々も警戒を解き、雄也たちの方を見る。
「レオンか! すまないが、力を貸してくれ! 一人死に掛けてる奴がいるんだ!」
「そうか。ミタマ! 手伝ってやれ」
「ハイな、だんな様」
青年の言葉に、雄也たちのもとに歩み寄ったのは、きつねの耳と尻尾をもった少女である。彼女は、アイリスの手に重ねるように自らの手を置き、安心させるように微笑を見せた。
「それじゃ、やりましょか? だいじょうぶです。うちの力も加えれば、もちなおしますからねぇ」
その言葉は偽りではなかったようで、それからしばらくの後、雄也の首もとの傷口はふさがり、ひとまずは命の危機から脱する事ができたのであった。




