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雄也たちは、ダンジョンのさらに奥深くに進む。
緑色のゴブリン『ゴブグリン』の他に、緑のコウモリ『グリバット』、人の大人ほどの大きさのトカゲ『グリザード』などと幾度か遭遇したものの、大きな手傷を負うこともなく、それらを撃破していった。
「それにしても、こいつらはどうしてやられると黒い塵になるんだろうな」
緑のオオトカゲを剣で切り伏せて、その姿が黒い塵になって粉々になるのを見ながら、雄也はそんなことを口にする。その疑問に、ロッシュは肩をすくめた。
「理由を知ってる奴はいないだろうなぁ。ただ、他の異空ダンジョンでも、そのダンジョンが生み出したモンスターは、黒い卵から生まれて、黒い塵にかえる。そういうものだと言われてる」
「黒い卵?」
「ああ。どこからともなく黒い球体が表れて、そこから数時間かけて、大人のモンスターが出てくる。こいつらに、子供とか、老体がいないのはそのせいだ。見た目はゴブリンでも、ゴブグリンは食事もしない、一週間もすれば、命が尽きて黒い塵になり、また黒い卵から生まれる………その繰り返しだ」
まるでセミみたいだ、と雄也は思ったが、それは口にせず、別のことを口にした。
「ということは、ゴブグリンに捕まった女の冒険者が―――みたいなことはないって事だな。リセラとかアイリスがそういう目にあわないのは、幸いだ」
「といってもな、そういった面がない分、ある意味容赦ないぞ。一時的に捕まえるなんて発想を持たないから、即座に殺しに来るからゴブグリンは性質が悪い。まあ、やられない実力があれば、問題にすることじゃないけどな」
ロッシュの言葉に、なるほど、と雄也は頷く。
話の区切りが付いたところで、ロッシュは同行している女性陣に声を掛けた。
「さて、もうしばらくしたら再出発するが………スピカ、マップはどうなってる?」
その言葉に、スピカは、ん。とロッシュにマップを差し出す。
『長行くの地下道』は地下5階の異空ダンジョンと、情報屋に聞いている。
現在はまだ地下1階で、下におりる階段も、発見できずにいる状況であった。
「あちこちで行き止まりにぶちあたってるな……。普通の館とか迷宮なら、とにかく一番外殻に出て、位置取りを判別することも出来るが、異空ダンジョンだからなぁ」
「そういえば、ロッシュは以前、何階までいった事があるんだ?」
「他のパーティと一緒のときは、3階までだったな、確か。もっとも、細かい道順も覚えてないし、ここがどの辺かもわからんし、あてにはしないでくれよ」
雄也の問いに、ロッシュはそういって肩をすくめた。
そんな風に、立ち話をしていたときである。ふいに、スピカのおなかが盛大になった。魔術師の少女は、特に恥ずかしがることもなく、真剣なまなざしをロッシュに向けた。
「………どうやら、出発の前に腹ごしらえをしなきゃいけないみたいだな」
そうして、迷宮の奥地で一時の休息を取ると共に、パーティ一行は食事の時間をとることにしたのだった。
「ふー、ふー………雄也、薪に火が移ったわよ」
「了解。thaw」
リセラが焚き火の様子を伺っている合間に、雄也は荷物の中から、圧縮してあったいくつかの食材を解凍した。パンに、いくつかの野菜、それに調理道具などが原寸大の大きさになり、その様子を見たアイリスが感嘆の声をあげた。
「それにしても、いつ見ても雄也さんのそれは、便利なスキルですね。持ち運びも便利ですし、小さくなっている間は、食材も痛まないんですよね」
「ああ。圧縮のスキルがただ単に小さくしているというより、時間とか空間とかごと、その状態で閉じ込めているみたいで……口じゃ上手くは説明できないな」
「なるほど、だからお湯や焼けた石もそのまま、ということですか。リセラちゃんに聞いていたお風呂は、お水をお湯にするのに、焼けた石を使っていると聞きましたけど」
「あれも、加減がなかなか難しいんだぞ。水の量と焼き石の個数のコツを掴むのに、試行錯誤の連続だったからな」
そんなことを言いつつ、雄也は即席のかまどに鍋をのせ、水とスープを注ぐと、野菜を細かく刻みだした。即席のスープを作ろうというのである。
そのそばで、アイリスは雄也の手元を見つめている。本人も料理は出来なくはないのだが、今回は雄也に場を譲るつもりのようである。
ロッシュとリセラは、通路の前後の様子をみたり、簡易的な罠を仕掛けにいった。
食事中や睡眠中は、パーティが無防備になるので、供えをするのは当然ともいえた。
なお、スピカは焚き火の近くに陣取ると、懐からチーズの塊を取り出し、ナイフである程度の大きさに切ると、料理具の中にある串にさし、焚き火の近くに置いた。
どうやら、あぶりチーズをつくっているようである。もっとも、刺す串は1本だけであり、個人用のようであった。
そうこうしているうちに、鍋に入れた野菜も煮え、ダンジョンに良い香りが漂いだした。それにつられて、というわけではないだろうが、ロッシュとリセラも、焚き火の元に戻ってくる。
「いまもどったぞー。お、いいにおいじゃないか」
「ほんと、おなかぺこぺこだわ」
喝采の声を上げるロッシュとリセラ。アイリスがお碗に、全員分のスープをよそって配ると、雄也が一同を代表して、食事の挨拶をした。
「みんなおつかれ。それじゃあ、いただきます!」
その声にあるものは唱和し、あるものは無言のまま、なごやかな食事が始まったのであった。




