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zip.1

剣と魔法の世界――――セカンドリア。

ここは、冒険者たちが活躍し、魔王やその部下たちと激闘を繰り広げられている世界。とはいっても、それは一部のものだけであり、大多数の者は、その日の生活の為に様々な仕事をこなすのが精一杯なのであったが。

「うひゃー! まずいってやばいってこれぇえええ!」

冒険者の少女が、一匹の獰猛な獣に追われているのも、日常良くある光景の一つといえた。

獣の名前は、ジャイアントベアー。人里から遠く離れた場所に生息し、性格は凶暴。雑食であり、時には人を襲って食べることもある。大きさは、乗合馬車の本体ほどである。

そんな大きな獣に追われている少女は、見た目は十五から十六前後、背中にナップザックを背負い、腰には短刀、ショートカットの髪をなびかせ、必至に森を駆け抜けているところであった。

冒険者のよく行う、町から町へのお使いクエストで、遠回りになるのが嫌で、森を突っ切ろうとしたのが間違いの元であった。

意気揚々と森へ入ってからしばらくの後、唐突にのっそりと、目の前にジャイアントベアーが現れたときは、冒険の神クヨンに恨み言の一つも投げかけたくなったものである。

もっとも、そんな考えをする余裕はすぐになくなった。あきらかに、飢えた様子でこちらを見たジャイアントベアーに気おされるように後ずさり、少女は一目散に逃げ出したのである。

幸いというべきか、ジャイアントベアーは身体が大きい分、森の木々に遮られ、少女にすぐに追いついてくることはなかった。だが、追いかけるのを諦めたわけではなく、少女が振り向くと、一定の距離で追走してくる巨大熊の姿が見えていた。

「あー、どうしよ、どうしよう、餌でも投げつけて時間稼げば良いの!? でも、出してるうちに追いつかれそうだし、このままじゃいずれ追いつかれちゃうし――――ふぎゃ!?」

わめきながら走る少女の足がもつれ、少女は盛大にすっ転んだ。火事場の馬鹿力で走り続けていたので疲れを感じる余裕もなかったが、体のほうは限界に来ていたようである。

(あー、これ、、しんだかなー……)

地面に突っ伏して、どこか他人事の様子で少女はそう考えた。すぐに追いついてくるであろう巨大熊に、頭から齧られるのか、痛いのは嫌だなぁ……そんな、現実逃避めいた考えをする少女の鼻に、パチパチという音と共に、ある匂いがとどいた。

匂いの方に目を向けると、そこには、森の僅かに開けた場所で、一人の少年が焚き火をして、串に刺した肉を焼いているところであった。

ふと、先ほどから自分を追いかけてきた巨大熊のほうを見ると、ジャイアントベアーも、その肉の焼ける臭いを感じたのだろう。飢えた獰猛な視線が、自分ではなく、少年のほうを向き――――熊が、焚き火のほうへと突進した。

「危ない! 逃げて!」

少女は思わず、そう叫んでいた。そんな少女の言葉に、少年は顔を上げる。眼前には、ものすごい勢いで突進してくる巨大な熊、それを見て、少年は何事か呟くと――――

「――――え」

ボンッ! という、派手な音と共に、ジャイアントベアの巨体が、大きく弾き飛ばされた。もんどりうちながら、十メートルほど後ろに転がる熊。その熊めがけて、少年は懐から丸い物体を取り出すと、起き上がろうとした熊めがけて放り――――身を伏せた。

瞬間、派手な爆発音と共に、熊の全身が炎に包まれ、頭部は爆散した。一撃で熊をしとめた少年は、巻き上げられた埃を払いながら身を起こし、熊が死んでいるのを確認した後、視線を巡らせる。そこには、爆風の余波でひっくり返って、目を回している少女の姿があった。


「大丈夫か?」

「うう、耳と頭ががんがんするわ。助かったから、文句も言えないけど。ありがと、ええと――――」

「綺堂雄也………雄也ってよんでくれ」

「雄也ね。あたしはリセラ。かけだしの財宝探検家よ。よろしくね」

ジャイアントベアを倒した後、焚き火に向かい合うようにしてすわり、自己紹介をする雄也とリセラ。

「トレジャーハンター? 盗賊みたいなものか?」

「全然違うわよ。ダンジョンの奥深く、様々なトラップと怪物を乗り越えて、眠っているお宝ちゃんを助ける、ロマンにあふれる職業なの!」

「へー、それはすごい」

大して感銘を受けてもいなさそうな雄也の返答に、本当にすごいと思っているのかしら、などと思いつつ、リセラは訊ねる。

「それで、雄也は何の職業なの? ジャイアントベアーを一撃で倒したんだし、魔術師とかかしら」

「いや、俺の職業はZipperだ」

「じっぱ?」

「………まあ、魔法使いみたいなものかもな。zipって魔法しか使えないんだけどな」

そういうと、雄也は苦笑する。

「俺の魔法は、色々なものを圧縮して、必要な時に開放させてつかうんだ。最初に大きな熊を吹き飛ばしたのは、瓶につめておいた圧縮した風を、一方向に打ち出したもので、その後に投げつけたのは、他の魔術師に頼んで使ってもらった爆発の魔法を、圧縮してとって置いたものを開放したんだ」

「ふーん?」

「………よく分かってないみたいだな。つまり」

首をかしげるリセラを見て、雄也は傍にあった拳くらいの大きさを拾う。

興味深そうに見るリセラの前で、雄也は呪文を唱える。

「zip」

その言葉とともに、手の上に乗った石が指先ほどの大きさに圧縮される。

目を見張るリセラ。そんな彼女に小さくなった石を渡すと、雄也は再び呪文を口にする。

「thaw」

「ひゃっ!?」

元の大きさに石が戻り、急に重くなった手のひらに、驚きの顔をするリセラ。

「とまあ、こんな風な魔法だな。圧縮すると、気体でも固体になるから、火や水を持ち運ぶには重宝してるよ」

「へえ、なんかすごい便利な魔法ね。まるで手品か錬金術みたい」

「………そのたとえは、褒めてるのかけなしてるのか微妙なところだな」

憮然とした顔をしながら、雄也は腰を上げると、少し遠い場所に倒れているジャイアントベアに歩み寄る。

「ん? なにしてるの?」

「この熊を倒した証拠を、とっておこうかと思ってな。本当は牙が手ごろだけど、頭は吹き飛んでいるからなぁ。爪にでもしようか」

そういって懐から取り出したナイフで、熊の手の爪を剥がす作業に入る雄也。そんな彼の様子を見ていたリセラは、名案を思いついたとばかりに両手を合わせて言う。

「そうだ、雄也のその、じっぷとかいう魔法で、そのジャイアントベアーを圧縮して持って行けばいいじゃない。それだけ大きな熊だし、毛皮も高く売れるわ」

「いや、それは無理だな」

「えー、なんでよ? 生き物には効かないとか?」

「………いや、効くことは効くんだけどな」

口ごもる雄也は、手早くの熊の両手の爪を剥がし終えると、その体に手をかざす。

「zip」

その声と共に、シルバーベアの巨体は、人の頭程度の大きさの球体に圧縮される。

なんだ、できるじゃん。と呟くリセラの前で、「thaw」と雄也が圧縮された熊を解凍すると――――

「うきゃああああ!?」

森中に響き渡るような悲鳴をリセラが上げた。一度圧縮されて、解凍されたジャイアントベアーの亡骸は、元の形が分からないほどに崩れ、異様な風体を晒していたのである。

「圧縮は出来るんだけど、もうその時点で生物としては色々やばいことになってるんだよな。単純なつくりのものなら、そこまで酷いことにならないけどな。食器とか家具ならギリギリ良いけど、芸術品とかは無理――――どうしたんだ?」

リセラはというと、雄也の言葉を聴く余裕もなく、焚き火の傍からダッシュで駆け去り、森の奥に消える。しばらくして、少女が胃の中のものを吐き出す声が聞こえてきた。

「………やれやれ。zip」

雄也はジャイアントベアーを再び圧縮すると、溜め息を漏らす。おそらくは、リセラが立ち直ったあとで、説教をくらうと考えていたのであった。


「まったく、女の子になんて物を見せるの! おかげで胃の中物を全部吐き出しちゃったじゃない!」

「ああ、悪かったよ、悪かった………おかわり、いるか?」

しばらく後で、吐くものを吐いてスッキリとしたリセラは、焚き火の火で焼かれていた串焼きを頬張りながら、雄也に文句を言い続けていた。グロテスクな光景を見て、食欲が失われることもなく、性根はかなり強靭なようであった。

雄也としても、自分の魔法で不快な思いをさせてしまったことは、多少は気にしているようで、串焼きのついでに、用意した鍋を火にくべ、即席のスープをリセラに振舞っている。

「まあ、反省したなら良いけど………それで、雄也はこれからどうするの? あたしは森を抜けて、マルセイ村まで届け物をしなきゃいけないんだけど」

「俺か? いや、特に用事もないからな。そのマルセイ村までは、一緒に行くことにするよ」

「ほんと? 助かるわ。近道だって思って入ったもりだけど、なんか物騒そうだし、ボディガードはありがたいわ」

雄也に渡された、白磁の碗に注がれたスープをすすると、リセラは上機嫌で、おいしい、と呟く。屈託のないその笑顔に、雄也も僅かに、笑みを浮かべたのであった。

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