zip.18
右の道を進んでしばらくして、
「………! みんな、止まって」
リセラが鋭い声を発し、一同が足を止めた。盗賊の少女は、険しい顔で通路の先を見る。
ヒカリゴケが照らす通路の奥、緑色の人型の物体がいくつか、小さいながらも見えたからである。
「奥に人影があるわ、1、2……5。全部同じ緑の人型だから、同じ装いの冒険者っていう可能性もあるけど」
「うーん………それはたぶん、ゴブグリンだろうな」
「ゴブグリンですか? ゴブリンじゃなくて?」
ロッシュの言葉に、アイリスが怪訝そうな顔をする。
「ああ。ゴブリンっていってもいいか。ただまあ、見た目が緑なのと、このダンジョンでしか見かけないから、ゴブグリンって呼ばれてるやつらだ」
「それで、強さはどうなんだ、ロッシュ」
「まあ、正直に言えば強くはない。タイマンなら俺や雄也はもちろん、嬢ちゃん二人でも、余裕で勝てる。ただ、曲がりなりにも武器を持ってるから、囲まれたりスピカを狙われるときついな」
「それで、どうします? 引き返しますか?」
ロッシュの説明に、アイリスが聞くと。ロッシュはうーん……と考えてから、雄也に視線を向けた。
「雄也はどうすべきだと思う? 俺は、一応このパーティのリーダーは雄也だと思ってるんだが」
「………俺が?」
「ああ。俺とスピカは新参だし、嬢ちゃん二人に重荷を押し付けるのもどうかと思うしな。そうなると、お前しかないわけだ」
ロッシュの言葉に、雄也はリセラとアイリスに視線を向ける。
「雄也なら、あたしも文句ないわ。どうするか決めちゃってよ」
「リセラちゃんもそう言ってますし、私も否はありません」
「………わかった。行くか戻るかだけど、このまま進んでみよう。どのみち、モンスターとは今後も遭遇するんだろうし。だけど、慎重にな」
雄也の言葉に、その場の全員が頷くと、武器を手に、慎重な足取りでゴブグリンたちに近づいていく。
「ここからなら狙えるわ」
武器を手に近づいていくと、こちらの様子を気づいたのか、緑色の人影が、何かを言いながら、こちらに歩いてくるのが見える。その姿は明らかに人とは違い、小柄で、手には小剣、木の盾を持った醜悪な魔物の姿であった。
様子を見るように近づいてくるゴブグリン達。数は五体、その間合いはまだ遠く、三十メートルといったところだ。
「よし、俺が前に出る。リセラの嬢ちゃんはもう狙って撃っていいぞ。スピカも射程範囲に敵が入ったら、攻撃してくれ。アイリスの嬢ちゃんと雄也は後方の警戒。もし前線がやばくなるようだったら、雄也も前に出てくれ」
「それじゃあ、いくわよ!」
風きり音と共に、放たれたクロスボウの矢が、1体の腹部に命中し、仰向けに倒れる。
それを見た他のゴブグリン達が、いきり立って駆け寄ってくる! こちらに向かってくる敵に、リセラは慌てた表情を浮かべた。
「ちょっ……!」
「リセラちゃん、落ち着いてください。相手との距離は充分はなれていますから」
「わ、わかってるわよ!」
アイリスになだめられつつ、、クロスボウに次の矢を装填するリセラ。第2射を放とうとするが、それより先に、スピカの魔法がゴブグリン達に放たれた。
「氷床」
「ギヒッ!?」
先頭に立つロッシュより更に10メートルほど前、ダンジョンの床が凍りつき、ゴブグリンたちは足をとられて転倒した。
「よし、これなら!」
リセラは、転がったゴブグリン達のうちの1体に狙いをつけ、クロスボウの引き金を引く。
狙い違わず、矢はゴブグリンの頭部に命中すると、その身体が、炭化したようにボロボロと黒く崩れ去った。
「うわ、なにこれ!?」
「ダンジョンの生み出した、モンスターが死ぬとこうなるんだよ……おりゃあ!」
ロッシュも、起き上がろうとしている1体の頭部を剣で粉砕し、残るゴブグリンは2体。形勢不利と悟ったのか、ゴブグリン達は背を向けて逃げだすが、再びスピカの魔法が追い討ちをかける。
「氷弾」
「ギェエエエ!」
スピカの氷弾を背中にくらい、1体が粉々になる。そうして、最後の一体の背中にも、リセラのクロスボウの矢が突き刺さり、その場に倒れこんだのだった。
そうして、短時間での戦闘が終わった。雄也たちにさしたる被害がなく、完勝といえるべき内容だった。
「よし、やったわね!」
クロスボウを手に、明るい声で言うリセラ。通路には矢を受けて倒れたゴブグリンの身体が二つ残っている。
「………まあ、やったというには、まだ早いけどな!」
と、倒れたゴブグリンの胴体に、ロッシュが剣を振り下ろした!
「ギャアアア!」
「ちょ!?」
驚くリセラ。その目の前で、ロッシュの剣につらぬかれたゴブグリンが、黒い塵になって消える。と、もう1体の、矢を受けて倒れていたゴブグリンが、ムクリと身を起こすと、通路の奥に駆け去っていったのである。
いきなりの事に、リセラや雄也、アイリスは呆然となった。
「ロッシュ、今のは?」
「ん、ああ。奴ら、ゴブグリンは死ぬとき、間違いなく黒い塵になるんだ。だけどまあ、そのことを忘れていると、ああやって死んだ振りする奴に騙されることになる。このダンジョンのモンスターは、死ねば塵になるから、死体が残ったら、おかしいと思うべきってことだ」
「油断ならないわね………」
雄也に説明するロッシュの言葉に、リセラはうんざりしたような顔をした。
と、ロッシュの剣の先に、何か光るものを発見する。
「ん? なにかしら、これ。何かの石みたいだけど」
「おお、それは素材だな。ゴブグリン達を倒してると、稀に出る事がある。そこそこの値段で売れるから、無くさないようにとっておかないとな」
その後、4体のゴブグリンを倒した雄也たちは、いったんの小休止の後、ダンジョンの更に奥深くに向かうことにしたのであった。




