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オルクスの街の東にある異空ダンジョン。
そこは、初心者が初挑戦する事が多い『長行くべき地下道』という名の異空ダンジョンである。
街から数時間ということもあり、そこまで行く街道も整備されており、さしたる苦労もなく雄也たち一行はダンジョンの入り口に到着した。
山の尾根に被さるように、洞穴があいており、そこが情報屋から聞いた、ダンジョンの入り口とのことであった。
「ここがダンジョンの入り口かぁ………なんか、中も明るそうね」
洞窟の入り口を覗き込んで、リセラが呟く。その隣で、雄也は周囲に視線を巡らせた。山中とはいえ、木々は少なく、見通しのよいところ。その一箇所に目を向けて、雄也はリセラに聞いてみることにした。
「なあ、あれ、店なのかな」
「………あたしには何も見えていないわ」
ダンジョンの入り口から少し離れたところ、雄也たちのすぐ近くに露店らしき小さな小屋がある。その小屋の前には、筋肉質な髭の男が、腕組みをしてこちらを見ていた。
『シマショー商会・オルクス郊外支店』と書かれている看板がたっているものの、明らかに近寄りがたい雰囲気の男に、どういう反応をして良いのか戸惑う雄也にリセラとアイリス。一方、動じてないのはロッシュとスピカである。
「やれやれ、相変わらずだなオッさんは。ちょっと店に入らせてもらうぜ。ほら、お前らも来いよ」
そういうと、ロッシュは仁王立ちする男の傍を通って、店の中に入っていく。雄也たちは顔を見合わせたものの、ロッシュに続いてスピカも入っていくのを見て、後に続くことにした。
小さな小屋の中は、薬棚に、食料品、武器防具など、一通りの品物をそろえた装いになっていた。カランコロンと、ドアベルの音が鳴ると、店のカウンターで暇そうにしていた少女が、頭に付いた獣耳をピクリと動かして雄也たちに笑顔を向けた。
「はーい、いらっしゃいませ! 冒険者のお店、『幸運の黒猫』にようこそー。ボッタクリじゃない適正な値段で、色々売ってますよー」
「どれどれ……確かに、売っているもの自体は街にあるものと大差無さそうですね」
「ええ。ここは街から行って帰れる距離ですからね。移動コストとかケチくさいこと言う必要はないですし、回復薬とかの消耗品は、たくさん欲しいというお客様も多いですからね。どうです? 何か買っていきませんか?」
にこやかな笑顔で、アイリスの言葉に応じる少女。その愛嬌が演技なのか素なのかは、疑問なところである。
「………じゃあ、回復薬を二つもらおうか。ところで、表にいる」
「きんにくムキムキマッチョマンは誰ですか? 変態というわけではなさそうですけど」
「アイリス! もうちょっと言い様があるでしょ」
「ですが、リセラちゃんも気になってるでしょ」
「う、まあ、それはね」
そういって、リセラは小屋にある窓の外を見る。先ほど小屋の外で仁王立ちしていた筋肉男は、向きを変えて部屋の中を見ていたのである。
別段、殺気を出しているわけではないが、鍛え抜かれた筋肉の圧力なのか、何とはなしに居心地が悪いことは事実である。
「あー………あれは、放っといてよいですよ。何というか、この辺りは街の外ですし、冒険者様の中には、お客様とはとても呼べない方も混じることもありますからね。ボディガードのようなものです」
「ああ、なるほどな。そりゃ確かに、こんな山奥に女一人じゃ物騒だからな」
ロッシュが納得したように頷く。なお、店内の張り紙には、『トラブルがあった場合の身の安全は保障しません』と書かれていた。
「ともかく、お買い上げ、ありがとうございまーす。お客様にはシマショー商会のポイントカードをプレゼントしますね。頑張ってポイントをためてください」
「ああ、これはどうも」
そういって、雄也は回復薬とポイントカードを受け取った。
「あと、こちらではダンジョンのモンスターから出た素材を、買い取るサービスも行っています。持ち物がかさ張りだしたら、ぜひともご利用くださいね」
そういって、獣耳の少女は営業スマイルを浮かべるのだった。
買い物を済ませ、雄也たちは店を出る。
店の外にいた筋肉男は、雄也たちに慇懃に一礼をした。どうやら、彼なりの挨拶のようで、雄也たちは顔を見合わせて、苦笑をしたのであった。




