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オルクスの街の近郊には、広大な草原地帯が存在する。現代のサバンナ地帯のようなその場所は、草食動物が数多く生息し、それを餌にする肉食獣もまた、数多の種類が存在していたのである。
一匹の巨大なつのをもつ、シカなのかトナカイなのか、判別しづらい生物がモソモソと草を食べている。この生き物の名前は『大角』といい、駆け出しの冒険者が狙う獲物としては、ポピュラーな部類であった。
草食動物のこの生き物は、普段は人間を襲うことはない。だが、人が武器を持って対峙すると、逃げることもなく、その巨大な角を振りかざして襲ってくるのである。
草食動物と侮ってかかり、その角で大怪我をして、手痛い目にあった冒険者たちも数多くいた。そんなビッグホーンに対して、不意に、風きり音と共に一本の矢が首筋に命中した。
一瞬、びくりと身体を震わせたあと、ビッグホーンはその身体を、どう、と地面に倒れこませた。苦しそうに四肢が動くも、やがて、その命が尽きたのか、その身体が再び動くことはなかった。
「これで三体目ですよ、リセラちゃん!」
「うー………なんか釈然としないわ」
ビッグホーンを打ち倒したのは、クロスボウを手にしたリセラであった。だが、戦果のわりには、彼女の表情は冴えなかった。
「どうしたんだ、リセラ。順調に狩りは出来てるじゃないか」
「いや、そうなんだけどね。想像してたのとは違うから。なんていうか、この、剣とか槍とか短剣とかで、接近戦をやるものだと思ってたから……いいのこれ?」
オルクス郊外の草原で、雄也たち一行は、遠めに獣の姿を見つけると、徹底して距離を置き、リセラのボウガンで攻撃するという方法をとっていた。
見渡しの良い草原に、雄也とアイリスは周辺を見張っていた為、他の動物に急接近されることもなく、延々と弓で攻撃しては獲物を倒すということを繰り返していたのだった。
「いいも何もないだろ。接近戦で怪我するより、こうやって安心して攻撃できる方が素晴らしいんだぞ。ま、本来はこういう戦法は、矢のコストを考えたら到底出来ないんだけどな」
冒険者の扱う弓矢のうち、根がかさむのは矢のほうである。特に、クロスボウの矢は特注で、それ1セットで、そこそこの装備が買える代物であった。
そんなわけで、乱射は本来できないのだが、1本だけ買ったクロスボウの矢をもとに、他の材質でそっくりの矢を雄也が量産したため、こうして延々と遠距離射撃で戦果を上げる事ができていたのだった。
「こういう方法なら、私も歓迎ですよ。リセラちゃんが怪我をする事もなさそうですし」
最初は草原で狩をするのを渋っていたアイリスだが、この戦法の安全性を確認してからは、終始上機嫌である。
「あ、もうしばらくしたら、クロスボウを撃つ役を代わって下さいね。私も経験値が欲しいですから」
「うん。それはいいけど………ねえ、雄也。せっかくその『どうきつね』とかいう剣も作ったんだし、少し試し切りしたいとか思わないの?」
「この剣は『どうたぬき』だ。そうだな………ある程度獲物が狩れたら、接近戦をするのも悪くないな。だけど、リセラとアイリスは遠くの安全な地点まで離れてもらうぞ」
「なんでよ。今はこの弓で攻撃できるけどさ、冒険の途中でいきなり襲われたり、ダンジョンとか狭いところで戦う時の為に、あたしも接近戦の練習もした方が良いんじゃないの?」
リセラの言葉に、雄也は少し考え込むと、リセラに質問を投げかけた。
「リセラ、今のリセラに足りてないものってなんだと思う?」
「足りないもの………戦闘経験とか?」
「それもあるけど、それよりも足りないものがある。それは――――レベルだよ」
「この世界は、理不尽に満ちている。同じ攻撃をくらっても、レベルが違えば怪我をする可能性も大きく変わってくるんだ。正直なところ、今のリセラのレベルで、モンスターと接近戦をするのは、命に関わるとさえ思ってる」
「………」
「だが、逆を言えば、レベルさえ一定以上に上がれば、この近辺の魔物たちと戦っても、充分に戦えるようになると思う。正直、話してて自分でも理不尽な話だと思うけどな」
これは、この世界だからこその理である。『レベルが上がれば、人は成長する』。それこそ素手で、魔物に引けをとらないようにもなるのだ。
「だからこそ、まずは安全策でレベルのほうを上げる、ということなんですね。私もリセラちゃんも、それを優先すべきと」
「ああ。そういうことだな」
アイリスの言葉に、雄也は首肯する。リセラはそれから数秒間、頭の中で考えをまとめるように黙り込むと、一つ息を吐いて、雄也に手を差し出した。
「まあ、何となくだけど雄也の言いたいことは分かったわ。正直、他のパーティより楽してるってとこが後ろめたいけど、そんなの、あたしの感傷だしね。次の矢、ちょうだい」
「――――ああ」
雄也から矢を手渡されたリセラは、クロスボウに矢を番えると、気を取り直すように、前を向いて声をあげた。
「さあ、ちゃっちゃとやっつけちゃいましょ! こうなったらトコトン狩りまくってやるんだから!」
そういって、草原をずんずん歩いていくリセラ。その背中を見ていた雄也とアイリスは、互いに視線を向けあい、軽く頷くとリセラの後を追ったのであった。
※雄也の剣スキルが上がりました。
※リセラのレベルが4に上がりました。
※アイリスのレベルが3に上がりました。
※ビックホーンの角など、各種素材を換金しました。




