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廃嘘学  作者: 道端隆
一章
6/8

旅立ちの予感

「……がさーん!_すーがさーん!!」

それはちょうど、正午を回った頃だった

壁に取り付いて、二時間は経ったか

すがは、防錆剤を重ね塗りした壁面を指でなぞり、そろそろ一息つくかと、いがぐり頭に浮いた汗を拭っていた、そして

「うん?」

不意に、自分の名前を呼ばれたような気がして、上を振り仰ぎ、

「菅さーん!_おーい!!」

文字通り飛び込んできた、予測だにしない光景を目の当たりにして、目を剥いた

「うおっ!?」

「つなぁ!_綱渡してぇ!」

なんということだ、今日は天辺で仕事をしているはずの古都が、壁面を滑りながら、こちらに向かって突っ込んできている

足を滑らせたのか?_それにしてはやけに落ち着いているが

「ーーあの馬鹿、なにやってやがる」

菅は腰に手をやると、皮帯から自身の命綱を取り外し、弛みを右手で手繰り寄せる

少し離れたところで、壁面に鋲で打ち付けられてあったその命縄は、やがて落ちてくる古都を捕まえるように、壁に水平に張られた

「さすがっ!」

古都は、その間目掛けて飛び込み、すれ違いざま、張られた縄をしっかりと掴んでいく

瞬間、びぃんと引き絞られた縄は、菅の手から飛び出して、まるで鋲を支点にした振り子のように、捕まった古都の体を、円弧を描く様に振り回す

「うっひゃー」

遠ざかっていく古都の悲鳴が、はしゃいでいる様に聞こえるのは気のせいか

古都は、斜め下方へ向かって壁面を滑り落ちながら、しかし確実に落下速度を殺して、

やがて、その軌道の最下点から少し登ったところで動きを止めた

「おーい!_大丈夫か!」

そう、菅が声を張り上げると、

「ーー大丈夫!_ありがとう!」

わずかの間をおいて、古都の元気そうな声が返ってきた

少年は、その場でぶら下がったまま、もぞもぞと身じろぎしていたが、やがて縄を伝ってするすると下へ降りだす

なるほど、運のいい奴だ

その少し下には、おあつえらえ向きに、足場として設置された踏み板が確認できる

あそこに降りれば、もう大丈夫だろう

「ーーあのわんぱくが」

菅は、ほう、とひと息つきながら、自身の命綱を新たに繋ぎ直し、

「……うん?」

と、そこではじめて、古都が、ぼろの大きな袋のようなものを、大事そうに抱えていることに気づく

「おい、古都!_お前、抱えてるのはなんだ?」

「なんだじゃない!_人だよ!」

「なにぃ!?」

人間だって??_まさかと思ったが、やがて古都が踏み板に降ろしたそのぼろ袋は、確かにふらふらっと自立した

古都は、そのよちよち歩きを支えて、促すように、菅の方を指差す

すると、そいつは、菅の方を確かめて、ぺこ、と深く頭を下げてみせたのだ

菅が助けたことに礼を言っているのだろう。なるほど、確かに人らしい

「さっき上で会ったんだ!」

「上だぁ!?」

菅は、古都が指差す方向を見上げる

当然、今更そこに人の姿はないのだが、しかし、あんなところになぜ?_と菅は首をひねった

「変な奴らに追っかけられててさ!_逃げてきたんだ!」

「は、はぁ!?」

驚愕の事実である

この隔壁に客が来ることは滅多にない。誰もが海を避け、近寄ろうとすらしないためだ。そこに今、壁守じぶんたちり以外の人間がいるということすら眉唾ものだというのに、あろうことはそいつは、何者かに天辺近くまで追い立てられてきたという

「一体なにをやらかしたら、そんなことになるんだ!?」

そのぼろ袋は、よほどのことをしでかしたはずだ。おまけにこの状況では、そいつを自分たちが匿っていると捉えられてもおかしくない。菅が慌てるのも当然であった

だが、古都は、うん?_と首を傾げながら、ぼろ袋の方に視線を移して

「ーーさぁ!?」

と、呑気な返答しか返してこない

だめだ、事の重大さ全く理解していない

菅は、しばらく眉間に手を当てて、どうするかと足りない知恵を絞りながら、

「……見なかったことにするか」

結局、大人の決断と共に気を取り直す

「ーーどういうつもりか知らねぇが、ここで匿うんじゃねぇぞ!_そもそも、仕事は終わわらせて来たんだろうな!?」

「あぁ!」

古都は、そう元気良く返事をすると、ぼろを着た奴の手を引き、踏み板の通路を、菅の足元の方へ向かって走ってくる

菅は、それ以上言うこともないと、さっさと自分の仕事に戻っていたのだが、

「でもごめん、菅さん!」

と、再び古都に、直下から呼びかけられ、

「何だ?」

と、面倒臭そうに視線を下に戻し、

その先にあった、こちらを見上げる少年の満面の笑みに、嫌な予感を覚えた

「俺、今日で仕事やめる!」

「ーーな、なにぃ!?」

それこそ、壁からずち落ちそうになる

古都は、それ以上、理由も言い訳も言わなかった

ただ、その代わりに、引き連れていた『ぼろ』の被っていたものを脱がせてみせる

そして、戸惑いの声と共に現れた、銀の髪をした少女に、菅は驚き、声を失った

「ーーんな!?」

「菅さん!_凄いよ!_異国の人だ!_やっぱり、海が全部飲み込んだなんて、嘘っぱちだった!」

古都は、固まったままの菅に、そう嬉しそうに言い放って、再び、少女の手を引き、隔壁の内側へ引っ込んでいった

菅は、呆然としたまま、二人が消えていった隔壁の通用口をぽかんと眺めつつ、

「……こいつぁ面倒なことになったぞ」

やっとそれだけ口にした

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