追われる記憶
少女は、涙目を点にしたまま、しばらく固まったままだったが、
やがて、その青の瞳の焦点が、古都のことを確かめて、
「ーーへっ?」
そう、しゃくり上げるように、息をすることを思い出した
が、
「おいこらっ!」
と浴びせかけられた男の怒号に、少女は再び、びくっと体を縮め込ませる
古都が上り口の方を確認すると、いつの間にか白装束の男たちが戻ってきていた
変に声がくぐもって聞こえたのは、大げさな被り物をしているせいだ
顔面をすっぽり覆う革製のお面の口元に、2つの袋状のものがくっついている
どんな仕組みか知らないが、潮風を嫌って取り付けたのだろうことは、容易に想像できた
当然、海を夢見る少年にとっては、面白くない話である
「……なんなんだよ、お前ら」
意図せず、言葉に棘が混じった
男たちも、そんな古都の反抗的な態度を察したのだろう、
「なんだとはなんだ!」
「こっちの台詞だぞ小僧」
「それは俺たちのキオクだ、返せ!」
そう、口元の袋をぶるぶる震わせながら喚き立てる
まるで、古都の方こそ悪者だといいたげだった
「はぁ?」
と、古都は首をひねる
彼らが指差しているのは、古都の手の中に肩を預けたまま、
俯きがちに、伺い見るように、男たちの方を振り返っている少女だ
キオク?_というのはこの子の名前か?_それにしても
「ーーなんだよ、俺・た・ち・の、って。まるでこの子が、あんたらの物みたいな言い方だな」
古都は、少女の足が、きちんと壁に落ち着いていることを確認しながら、
その肩から手を離し、彼女の前に回り込んだ
少女は、一瞬戸惑いの声を上げたが、そのまま大人しく、古都の後ろに隠れた
それを見た男たちは、ますます興奮して、
「まるでじゃねぇよ。そのまんまの意味だろうが!」
「じゃなきゃなんだってんだよ」
「あ!_まさかお前、 そいつを猫糞するつもりじゃ!?」
人のことを物扱いするなと非難したのに、全く論点のずれた怒号を返してくる
ーーひどい奴らだな
俺だって、この辺りの大人たちに、道具みたいに扱われたことはない
古都もそれで、三人の男たちを完全に「敵」認定して、
「……だーかーら、なにを⁉︎」
と、語気を荒げた
結果として、古都たちのやり取りは、ほぼ喧嘩じみた言い合いに成りかけたのだが、
「いや、違うな。彼はキオクを知らないんだ。普通の人間だと思ってる」
と、不意に冷静な声が割り入って、
そこで初めて、古都は、上り口に一人、人が増えていることに気付いた
「はぁ?_んな馬鹿な、ってうお!_誰だお前!」
それは、他の三人も同じだったようで、急に背後に現れた声の主に、驚き仰け反っている
他の男たちにも比べ、頭一つ分ほど背が高いその人物は、
彼らと同じ白装束に、既に茶色の被り物を身につけていた
お陰でどんな顔をしているかわからなかったが、
声は、低く抑揚の少ない、男性のものだった
彼は、他の男たちの反応に、ぽりぽりと頭を掻きながら
「あぁ、脅かしてすまない。つい3日前に合流したばかりで。後で自己紹介するよ」
そう言って、他の男たちをかき分け、古都たちの方に進み出てくる
同じ格好をしているのだから、彼らは仲間同士なのだろうが、
三人の男たちは、その『のっぽ』を、威嚇するよに見上げている
「おい、どこの派閥のもんかしらねぇが、俺たちが最初に見つけたんだ」
「わかってるよ、横取りはしない」
一方、のっぽの男は、それを意に介していないようで、
ひらひらと右の掌を振って見せてから、
「少年」
と、上り口の手すりから古都たちの方に身を乗り出し、
「その子は、私たち法学にとって、とても大切なのだ。連れてきてくれないか?」
そういって、手を差し出す
他の男たちと打って変わった、柔らかな物言いだ
が、瞬間、わずか背中に触れる少女の体がぴくりと強張ったのを、古都は見逃さない
「ね?」
古都は、男の問いかけを無視し、後ろにいる少女に問いかける
「……っあ。は、い」
応えた彼女は、どこか覚悟を決めているようだった
古都の背に、いつの間にか縋らせていた右手を、自身の小さな胸元へ戻し、
外套をぎゅっと握りこむ
何か勘違いしてるな、古都はその右手を包むように握リ取って、訪ねた
「どうしたい?」
「えっ?」
「追っかけられてるんだろ?_あいつらに」
そういって、大人たちの方に目配せしてみせてから、
「あいつら、こっちに来いって言ってる。でも、君はどうしたいかってこと」
まるで、思いついたばかりの、とっておきの悪戯を共有するような耳打ち
少女は、まさか自分の思いなど求どこめられるとは思っていなかったのか、
ぽかんと口をあけて、
「……ーーあ、行きたくない、です」
と、思わずといった感じの一言をこぼす
それは、それ故に、彼女の偽らざる本音なのだとわかって、古都はにっと笑った
「よしっ、じゃあ逃げよう。降りるぞ」
「はい?」
古都はそう言うと、ひょいっと少女を抱き上げ、
躊躇うことなく、隔壁の斜面を駆け下りた