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廃嘘学  作者: 道端隆
一章
2/8

隔壁の上

海は嫌われ者だ

もう誰も見たことのない昔、栄華を極めた人の力

海はそれら全てを飲み込み、破壊し尽くしたのだと、嘆き歌に唄われている

歌詞は壮大で大げさだ。特にかつての世界を偲ぶところなどは

人は、腐るほどの食物に肥え、夜の街に眠れぬほどの灯を灯し、空すら飛んで見せたのだとか

今はといえば、見上げるほどに背だけが高い、灰色の創造物たちが、

墓標のように、砂っぽい地面から突き出しているのみで、

それでも今を生きる人々は、その残骸に居心地の良さを求め、

各地に点在する遺跡群に、縋り付いて生きている


守屋古都は壁守りである

壁とは、この世界でもっとも海に近いといわれるこの街で、

万物を腐らせると忌み嫌われる潮風が吹き込むのを防いでくれている、

街を空ごと覆い尽くす半球体の遺跡のことだ

古都はこの壁の保守点検を生業としている

時に隔壁の外に出て潮風に直接身を晒すこの仕事は、

人々に忌諱する反面、実入りが多い

だが、古都は潮風を、不快に思ったことなど一度も無い

むしろ、どこか甘臭いこのにおいを、心地よく感じてすらいる

古都には、海に対する、不思議な憧れがあった

きっとそれは、幼いころ、今は亡き父に聞いた子守唄のせいだろう

美しく広大な海の話。父は言った、私は、海を、この目で見た、と

古都はその言葉を今も信じ、いつか自分も海を見に行くと、密かな野望を胸に秘めている

だが、やはり先立つものがなければ、冒険の夢も、今を生きていくことすらできはしない

歳も15の、とかく大人に舐められがちな、一人暮らしの少年にとって、

壁守りは、まさにうってつけの仕事だったのだ


その日も、古都は手際よく午前中の仕事を片付け、

いつものように隔壁の上に胡坐をかいていた

昼食のぱんを齧りながら、潮風の吹き込んでくる方向をじっと眺めている

ここから海まで、どれほどの距離があるのだろうか

その先には、見渡す限り、干からびた背の高い遺跡がずっと立ちふさがって、

隔壁の頂上であるここからでも、その姿を見ることはできなかったが、

目標を風化させないために、天気の良い限り、古都はここに来ている

そして、その日はいつもにない事が起きた


古都は潮風に、階段を上ってくる音が混じるのを聞いた

最初は、同僚の菅がちょっかいをかけに来たのかと思ったが、それにしては足音が、ずいぶんと軽く、慌しい

不審に思って、背後の、滑らからな壁面にぽつりと突き出た上り口を見ていると、やがて何者かが姿を現した

砂埃にまみれた、厚手の外套にすっぽりと身を包まれた、小柄な人影

こちらに背を向けたまま、腐りかけた手すりに上半身をしな垂れ、小さな肩が深く苦しげに上下している

古都は、怪訝に目を細めた

「――どした?」

だれ? という疑問よりも、心配のほうが思わず口をついて出た有様だった

「――っ!!」

途端、空気を貪っていた肩が、びくっと、滑稽なほど跳ね上がった

脅かしてしまったか、と思ったが、

ほぼ同時に聞こえた何者かの怒号と、階段を無遠慮に踏み付ける複数の靴音が、新たな侵入者の到来を告げる

なんだ?_追われているのか?

外套は、どうやらそれを聞いて焦ったのだ、焦って、上り口から、壁の方に駆け出した

「あ、おい」

古都はそれを見て、思わず身を乗り出す

壁は、上り口の足場のように、平坦ではない

巨大な球体の上なのだ、勾配は緩やかとは言え、体勢を崩しやすく、おまけに表面に浮いた砂埃のせいで、よく滑る

「わ、っ、ぅわ!」

そして案の定、外套はその一歩目を見事に滑らせた

両手をばたばたと振り回すが、もう遅い

何とか踏ん張ろうと踏み込んだ二歩目が致命傷になって、外套は盛大にこけた

「っあう!」

臀部を打ち付けて、線の細い、とても痛そうだが、変に気の抜ける、素の悲鳴をもらした

女の子か?

彼女は、そのまま、もんどり打ちながら、壁を転がり落ちはじめた

はためく外套から、細い手足をばたばたと飛び出させて、なんとか抗おうとはしているようだったが

その抵抗もむなしく、……むしろ勢いを増しながら、

しかし幸いなことに、古都のほうに向かって転がってきた

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