MIB 〜 ミッション イン ベントー 〜 TAKE 蝦名
7話後編
「ただいまぁ」
時刻は21時過ぎ。
外回りからのデスクワークで残業してこの時間。
しかも、今月の規定残業時間を超過しているのでサービス残業だ。
残業規制が強いられている労務制度なんて完全無視。
業務が終わらなければやりきるまでが仕事。
終わらなければ翌日に持ち越され、さらに時間が削られさらにやることが積み上げられる。
そんなことにならないためのサービス残業だ。
いつものことなので自身は気にしていない。
残業代が発生しないことより効率を重視しているだけ。
家に持って帰っても捗らないから会社で終わらせる。
世の中の多くのサラリーマンはこんなものだ。
「おかえりなさい」
数日前から生活拠点が変わった。
彼氏と一緒に住んでいたマンションを解約して、大学の後輩が集まる一軒家に引っ越した。
冷えきっていた部屋から人の温もりを感じられる家での生活がーー
「はあああっ!?」
「はい!?」
突然声を上げた所為でイチローくんの声が驚きで裏返った。
何に声をあげたのか。
この予想、いや理想を裏切る光景だ。
夕食であろうコンビニ弁当を一人で食べているイチローくんにだ。
「ど、どうしたんです、か?」
「ジュンくんは? ゼンくんは? ケンくんは? あったかいご飯は……?」
ダイニングで一人コンビニ弁当をひっそり食べているなんて、この前までの私と一緒じゃないか。
「えっと? 金子先輩と高田先輩はまだ仕事です。金子先輩はもう帰ってくると思いますけど、高田先輩は遅番なので終電くらいだと思います。生丸さんは知りません。帰ってこないんじゃないですか」
俺もさっき帰ってきました、と付け加えられた。
「もしかして夕飯まだです? 冷凍チャーハンなら俺の買い置きありますけど」
「冷凍チャーハン……」
チンするだけでホカホカチャーハンになる美味しいヤツだ。
昔からすーっごくお世話になっている。
だから、食べたいのはこういうのではない。
「イチローくん、今日のご飯は、それ?」
「はい。てか、ほとんどこんな感じですよ」
マジか……
温かい家庭料理は幻だったのか。
けれど昨日はゼンくんお手製のご飯だったはずだ。
「高田先輩、自分が食べないと作らないんで。俺らも子供じゃないし自分で用意します」
この子たち、けっこうドライだ。
仕事で帰宅が深夜になるゼンくんがいないと寂しい食事リターンになるなんて。
食事にすごくこだわりがある訳ではないけれど、ゼンくんが作った料理は美味しかった。毎日食べたい。
面倒くさがりなくせにこだわりがあるものにすごく手をかける。
それが一番現れているのが料理だった。
イチローくんから冷凍チャーハンを分けてもらって簡単な夕食にする。
チャーハンを温めている間に部屋着に着替えた。
化粧はまだ落としていない。
彼らにスッピンを見せたことがあるので抵抗はないけれど、なんとなく落とす気になれなかった。
夕食後、入浴の前にやろうと思う。
耐熱皿に小盛程度に冷凍チャーハンを移す。
具がゴロゴロ入っていて米にもしっかり味がついているので手は加えない。
イチローくんはさらに目玉焼きを別に作って崩して食べるのがいいと言っていたが、やらない。
ただでさえお米は夜に食べると太るのに、カロリーを追加するなんて恐怖しかない。
そう、作れないからとかじゃない。
ふわっとラップを掛けて温めればベチャベチャしないチャーハンの完成だ。
これのピラフも美味しい。
チャーハンにブランドスーパーで買ったお湯を注ぐだけでできるインスタントスープをつける。
アゴだしにワカメとネギが良く合う。
イチローくんのおかげで食いっぱぐれずに済んだ。
再び外に出ていくのも面倒だし。
明日にでも冷凍チャーハンは買ってお返ししなければ。
ダイニングに戻るとジュンくんが帰ってきていた。
スーツではない彼の出で立ちは、ふらっと買い物にでも出かけてきたように見えた。
私服OKな事務所らしいので、Tシャツにジャケットは彼らしいとも思える。
ジュンくんもコンビニで夕食を買ってきたようなので一緒の夕食になった。
「言ってませんでしたか?」
「聞いてない」
もぐもぐと食事をとりながら、対面にで食事中のジュンくんを睨む。
当人は涼しい顔でコンビニ弁当のハンバーグを突いている。
「食事は自己責任でお願いします」
引っ越しから数日後に家主から注意事項を聞かされるとは。
「……誰か作ったりしないの?」
先日、キッチン立ち入り禁止を言い渡された私は論外として。
「俺も、高田から台所の出入りを禁止されています」
家主なのに?
……ドヤ顔で言うことではない。
キッチンのいろんなものはゼンくんが持ち込んだようだし。
「じゃあ仕方ないわね」
キッチンについては使用者が絶対だ。美味しいご飯のために。
朝も個人で用意だし、昼はコンビニ。
人と囲む食卓に憧れが強過ぎるかもしれない。
子供の頃から、学生時代も、社会人になってからも、食事はひとりだった。
「ちなみにお昼は?」
「会社がケータリングしてくれてる弁当と事務員さんが日替わりで作ってくれてる汁物頂いてます。たまに外に食べに行ってますけど」
「なにそれ羨ましい! イチローくんは!?」
「俺も社食です。混んでる時は牛丼とかうどんとか外行く感じです」
うちの会社にそんな設備はない。コンビニ行くか外食するかだ。
しかも社内で親しい付き合いをしているスタッフは皆無。
毎日事務的会話しかしない。
素を晒せるのはこの家の中だけだ。
人の温もりそのものに飢えているかもしれない。
「……そうだわ。作って貰えばいいのよ!」
なければ作ればいい。
自分ができなければ人にやって貰えばいい。
この家にはゼンくんがいるんだから!
社会人の朝は早い。特に女性の朝は。
身支度を整えるのに時間がかかる。
目覚まし時計も出勤よりかなり早く鳴るようにセットされている。
今日は目覚ましより先に目が覚めた。
待ちに待った火曜日だ。
即日は断固拒否されたので、スケジュールを調整して約束させた。
一階に当てられている自室から聞こえる調理器具が動いている音と作られている料理の匂い。
この家でまともな料理が作れるのは一人だけ。
「……お味噌汁、の匂いがする」
自分のわがままで作ってもらっている弁当以外……朝食を作っているようだ。
これはご相伴に預かる以外の選択はない。
朝食を食べる習慣はあまりないけれど、あるのなら食べたい。
身支度を整えてダイニングに顔を出す。
「おはよう!」
「……はよっす」
すっごい不機嫌なゼンくんができたばかりのおかずをお弁当箱に詰めていた。
いつもなら寝ている時間に無理やりこんなことをさせられているのだから不機嫌にもなるだろう。
二度と作ってもらえなさそうなテンションだ。
「ほんっとうにありがとう♡」
「はあ……」
「中身はお昼の楽しみしておくわ♡」
「大したものは入れてませんよ」
「手作りお弁当、っているところが大事なところよ♡」
「……朝メシできてますよ」
照れたのか話題を逸らされた。
「もちろんいただくわ」
冷蔵庫からコンビニサラダと納豆を取り出す。
朝はこれ。
それに加えてゼンくんが作ったあったかいご飯。
文句のつけようがない。
「ゼンくん。私と結婚しない?」
「無理ですね」
「ちょっと。即答しないでよ」
「先輩、男じゃないですか」
「……その答え、ぜんぜんイケメンじゃない」
「イケメンな答えってなんスか」
言いながら味噌汁をよそってくれる。
炊き立てホカホカご飯とほうれん草のお浸しが並べられ、サラダと納豆を追加する。
「いただきます♡」
「はいはい」
朝食は私が一番はじめ。次にジュンくんで、イチローくんが顔を出す。
出勤もこの順番。
職場に一番遠いのも私。ちなみに一番近いのはジュンくん。
ずずっと味噌汁をすする。
はぁ、おいしい。
「毎朝、ゼンくんのご飯があればいいのに」
「えぇー……」
正面の席でゼンくんが情けなく呻く。
朝に弱い故、本当に嫌なんだろう。
今日は早番だから私と一緒にご飯を食べているのだけれども。
ゼンくんのメニューにはサラダと納豆はなく、目玉焼きと焼きベーコンのワンプレートがある。
いつもはトーストとコーヒーだけらしい。
「今日は食べたい気分だったから」
そう言ってお浸しを咀嚼した。
テンション高めにランチタイムを迎えた。
仕事が押して1時近くなってしまった。
いつもならため息をついてしまいたくなる時間だけれど、今日は違う。
「ふふっ、ゼンくんのお弁当♡」
するりと包みを解いて買ったばかりのお弁当箱を開ける。
「おいしそう……♡」
残りが朝食になったであろう、ほうれん草の胡麻和え。
「シャキシャキ♡」
昨日の夕飯にもあった、金平ゴボウ。
「ゼンくんの、冷めてもおいしいのよね♡」
ふんわりと焼き上がっている、卵焼き。
「あま~い♡」
カリカリとジューシーのコラボレーションがたまらない、アスパラベーコン。
「アスパラおいしい♡」
このお弁当のメイン、焼き鮭。
「いい塩梅♡」
これがなくてはお弁当は締まらない。さらにふりかけがまぶしてあって豪華さアップ、しそふりかけが混ぜ込まれたご飯。
「ゼンくんにお金渡した方がいいかしら」
おいしいしおかずも豊富な上、ご飯にも一手間かけられている。
無茶振りもしてみるものだ。
二度と作ってくれそうもないけれど。
でも、忘れた頃にまた頼んでみよう。
前編とすり合わせながら読めます。