MIB 〜 ミッション イン ベントー 〜 TAKE 高田
7話目の前編
最寄りの駅から徒歩3分程のショッピングビル。
大通り沿いに立ち並ぶ建物たちの中で若者向けのショップが多い。
中層に高級ブランドのテナントが入っているが、上層はレストランフロア、大型雑貨店と大手書店、エントランス横のカフェにもファッションフロアにも10代・20代の客層が占める。
片や隣のデパートは40代以降をターゲットにしたお値段そこそこの高級嗜好のショップやレストランが入っている。
近隣ショッピングビルの住み分けができているので、いつでも人の足が絶えない。
レストランフロア、雑貨フロアの階下のメンズフロア。
プライベートファッションからビジネスファッション、ぐるりとまわれば衣類、アクセサリー類、バッグも靴も一通り揃う。
そんなメンズフロアの一店舗。
おおよそ正方形のフロアの真ん中にあるエスカレーターからやや離れた位置にあるカジュアルな商品を扱う店。
板張りにオレンジの間接照明、きっちりコーディネートされているマネキンは店舗イメージを表している。
壁に設置された木目の棚、無造作な模様がついた漆喰タイルの向こう側が店舗の裏業務をする事務所だ。
さらにその裏は店舗に出てない在庫を保管する小さなバックヤードとなっている。
バックヤードに収まらず商品が入った段ボールでさらに狭い事務所に設置されているパソコンの前に男性スタッフが座っており、カチカチとマウスを動かしている。
「2、いや色違い1ずつのがいいか……?」
次のシーズンに向けての新商品の発注を考えていた。
本来は店長の業務なのだが副店長である彼も権限が与えられている。
「高田さん、すンません」
フロアにいたスタッフに声をかけられた。
「うん?」
「おもてのG77の色違いって在庫ありますか?」
「……いや、出てるのしかない。何色?」
「Kっス」
「あー、ないわ。他の店舗に確認してみるけど、たぶんないだろうし。取り寄せになるからお客さんに聞いてみて」
「了解でっす」
フロアスタッフを見送り、パソコンの画面を切り替える。
オンラインで他の店舗の在庫を確認する。
同じ系列店がこのショッピングビル以外に3店舗あり、置いている商品もほぼ同じだ。
「やっぱないか」
K色……黒は定番色なのでどのシーズンでも人気がある。
流行ものの商品でなければメーカーから取り寄せれば在庫はあるだろう。
注文があれば受け付けるが、
「ありがとうございました」
フロアを覗けば、展示ものが売れたようだった。
裏の在庫もなかったような、と商品リストを確認する。
人気で定番の型なら再販もする。そこは店長と相談だ。
「高田さーん」
「空いたとこ整えて」
「へーい」
展示販売は見た目が勝負だ。不要な隙を作ってはいけない。
事務所に顔を出したスタッフは回れ右でフロアに戻っていく。
「ったく」
学生アルバイトのスタッフを見送り、思わずため息を吐く。
仕事はしっかりしているのだが、ややチャラい。
店の雰囲気にも彼のイメージは合っているのだが、チャラい。
ぐいっと腕を伸ばす。
座り仕事ばかりで肩が凝ってしまった。ぐりぐりと筋肉が伸びる音がする。
数年前までフロアメインの業務だったのに、今ではバックヤードを含めて裏にいる時間の方が長い。
特に平日は人入りが多くないのでフロアはアルバイトに任せて事務業務ばかりだ。
そんなわけで平日の今日はゆったりしている。
他店舗のかけもちの店長もいない。週のほとんどを副店長にまかせきりだ。
彼と同じく学生アルバイトで入ってから数年、就職活動時期に店長に誘われてそのまま社員となった。
特にアパレルが好きだった訳ではないが、ぶっちゃけちょうどよかった。
「高田さーん」
軽い調子でバイトくんが横に並ぶ。
カウンター側に来なくていいからフロア見回って崩れた衣類を畳んでこい。
「こないだ来ていた美人、カノジョっスか?」
「は?」
カノジョ……彼女か。
別れた彼女とは1年近く会ってない。
店で会った知り合いは……真澄先輩くらい、って真澄先輩か。
女じゃないけれど。
「違う」
「またまたぁ。腕組んで歩いてたじゃないっスか」
「昔世話になった人の振り払えないだろ」
主に大学の課題で世話になった。
「元カノっスか!」
「違う」
今日も家に帰ってきたのは時計の針が12時を指す少し前だった。
近所のドラッグストアが12時までやっていてよかった。
職場の食品売り場で買い物してもいいんだが、食材を持って電車に乗るのも嫌だし割高だ。
朝に冷蔵庫を見たら卵が切れていたな、とふらりと立ち寄ったらこれもこれもとカゴに入れていた。
食費は家賃徴収に含まれていないけれど、俺があいつらから貰ってもいいかもしれない。
食事を作るのは早番で食べたい物がある時だけなのでしばらく作る気はない。
明日も遅番なのでゆっくり昼近くまで寝ているのがルーチンだ。
「おかえり♡」
「……ただいま」
パジャマ姿の真澄先輩だった。
寝る前なのでスッピンだ。
見たことはあるが、化粧している時とかなり印象が違うので少し戸惑ってしまった。
「遅くまでお疲れ様♡」
「っス……」
なんだろう、嫌な予感する。
真澄先輩がニコニコ、いや、ニヤニヤしているせいだろうか。
語尾にハートついてるし。
「明日は早いの?」
「……いえ、昼前に出ます」
「そうなの♡」
さらに口角が上がった気がする。
もう普通に怖い。
この感覚は覚えがある。
別れた彼女がやっていたおねだりの仕草だ。
「疲れたんでもう寝ますね。おやすみな……」
「待ってゼンくん! お願いがあるの!」
やっぱり!
聞きたくない。絶対面倒くさいやつだ。
「あのね、明日……」
「拒否します」
「聞くだけ聞いてもいいじゃない!」
「拒否します」
「ゼンくんの腕を見込んで……」
「拒否します!」
がっつりと掴まれた腕を払い除けようとするが離れない。
さすが男の力だ。
身長差が頭半分は違うのに力負けしている。
「お弁当作ってっ!」
「…………べんとう?」
意外なお願いに気が緩んだ。だが、
「嫌ですけど」
面倒なことに変わりがない。
「朝早くないんでしょ!?」
「先輩は早いんでしょ?」
「ちゃちゃっと作ってくれればいいのよ」
これだから家事をしない奴は……
「ゼンくんのついででいいからぁ」
「うち社食あるんで」
「おまえもかっ!」
ないのか、社員食堂。
噛み付くほどに悔しいものなのか。
金子と小石川にも聞いたんだな。
あいつら余計なことでも言ったのか。
とばっちりがこっちにくるのは心底嫌だ。
「作ってもいいですけど、明日は嫌です」
「いつならいいのよ!?」
まず材料がない。
遅番の翌日は早番でない限り朝は寝ていたい。
今だってすぐに風呂に入って布団に潜りたいくらい眠い。
今週はずっと遅番だから勘弁願いたい。
真澄先輩は腕を放してくれそうもないし。
来週のシフトはどうだっただろうか。
「……来週の、火曜日、ならいいです、めんどいけど」
月曜日が休みで火曜日が早番だ。
前日から仕込んでおけば朝の負担が少ないだろう。
なんなら冷凍食品詰め込んでおけば……
「ゼンくんの手作りよ!開けたら冷凍食品まみれは嫌だからね!」
「は、はぁ……」
なんかもう、めんどくせぇ……
日曜の客足は平日の比ではない。
かと言って息もつけないほどではない。
フロアのスタッフが1人2人増える程度は違う。
普段入らないスタッフが週末だけのシフトもある。
それを取りまとめるのも仕事の1つ。
開店から客が絶えないが余裕はある。
系列のレディース店舗よりゆっくりやらせてもらっている。
女性物って商戦厳しいと聞いていたけれど、いざ応援に行き、オープン5分で帰りたくなった。
昼時はランチ前後の客が流れてくるので裏にいられず、ずっとフロア対応に追われる。
アルバイトを交代で昼休憩に行かせないといけないしな。
「ゼーンくーーん♡」
「……ぅわ」
おっと、つい心の声が漏れた。
嬉しそうな笑顔でフロアに入ってくる真澄先輩。
手に持っているのは雑貨ショップで購入したらしい手提げ袋。
忙しくなる時間帯に真澄先輩の相手は正直勘弁願いたい。
「ねぇー見て見て。お弁当箱買っちゃった♡」
買い物済みで寄ったのか。
客じゃないなら来ないでほしい。
「うちにあったでしょう」
「あんなゴツいのじゃなくてかわいい方がいいじゃない」
家にあるのは金子の私物だから、タッパーみたいなやつとかアルミのやつとかゴツいものばかりだ。重箱とかあるし。
先輩は、まあ……弁当箱を持ってないだろう。
「嬉しいのはわかりましたけど、用もないのに来ないでください」
「あるわよぉ」
流石にムッとしたのか唇を尖らせる。
十代の女子がやったらかわいいかもしれないが、二十代の男性(女装)がやってもなぁ。
「ランチのお誘いよ。お礼に奢るわ」
「俺の昼休憩あと1時間半後なんで」
「余裕で待てる」
「店長来るんで社食で打ち合わせしながら食べるんでいらねっす」
「ちょっと!」
「用がそれだけなら、帰って健吾にメシ食わせてやってください」
あいつ、放っておくと酒しか飲まず食事を取らない。
こちらが用意してやらないといけないのだ。
今週はずっと家にいるって言ってたし、今もいるだろう。
「コレ、ちょうだい!」
ガッと一番近い棚から取った、大きめのTシャツをカウンターに乗せる。
またパジャマ用か。着心地がいいと言っていたけれど、用途がそれだけのデザインではない商品なんだがな。
レジ待ちもうしろに並んでるし、商品持たせて追い出すに限る。
真澄先輩はレジを済ませると、じゃあね、と言って店を後にした。
たった数分の接客だったが……疲れた。
退勤時に帰りが一緒になったバイトに
「彼女と同棲してンすか?」
と訊かれて
「ノーコメント」
と返しておいた。
あいだあいだの事情はまた明日