リベンジ フレンチトースト
3話目
続いているようで単発のお話になりますので、こちらのみでも読み進められます。
家を買った。
市内の庭付き二階建ての一軒屋だ。
なぜかと聞かれれば、なんとなく、と答えるしかない程理由は漠然としている。
借りていた賃貸アパートの隣に住んでいた女子大生が騒がしかった、というのが一番の理由だろうか。
社会に出て2年が過ぎ、そろそろ買ってもいいかな、という一種の衝動買いだったのかもしれない。
『思い立ったが吉日』
『鉄は熱いうちに打て』
その時の思考は言葉にするとこんな感じだった。
会社勤めをする社会人の平日に家探しをする時間などない。
週末もあいにく休日出勤となってしまったため、翌日の振替休日を使って不動産屋へ行き、その場で決めてしまった。
そんな自分を周りは『変人』と揶揄した。
変でいるつもりはないのだが、なぜか変だと言われる。
不可解極まりない。
1人で一軒屋に住むにあたって必要なことをいろいろ調べた。
諸々あるが、一括りにすると『管理と維持』。
勤め先が建築の専門分野なのでこの手の情報は事欠かない。
不動産のツテもある。
抜かりなくやっていける確信があった。
購入直前になって初めて不安を感じたのが家事全般。
掃除は割と好きなので問題ない。
研究にこもりがちだったが、学生時から一人暮らしをしているので生活に必要なことはおそらく大丈夫。
問題があるのが炊事。
家の購入はやはり大きな支出。
いろいろ切り詰めないといけなくなるだろう。
会社勤めはいろいろと制約があり、副業も兼業もできず、これ以上の収入は見込めない。
なのでできる限り自炊しようと考えたが、料理ができなかった。
大学での寝泊まりも多く、学生時代のほとんどの食生活は大学の食堂に頼っていた。
安いしなかなか美味かった。
もっと生活スキルを向上させてから購入すべきか、と諦めようと思った時だった。
たまたま不動産屋で偶然会った大学の同期。
不動産屋で会ったのだから、彼ーー高田も引っ越しを考えていたのだろう。
そしてまた変人と言われた、解せん。
絞り込んだ候補の1つを見ながら高田は1つの提案をしてきた。
「家賃払うから俺も住んでいいか?」
神かこいつはーー!
思いがけないカモ、もとい、救いの声に一も二もなく快諾した。
さらに数日後、新居を探していると相談してきたゼミの後輩とどこからか話を聞きつけた大学同期も巻き込んで、一軒屋一人暮らしから、男ばかりのシェアハウスとなった。
つい3日前のことだった。
テレビで女子が流行のフレンチトーストを食べていたのだ。
絶品というコメントと一緒に作り方のポイントも流れていたので、試しに作ってみた。
だが、その行程はいろいろ省かれていたようで、出来上がったものはフレンチトーストと呼べないものだった。
あまりにテレビと目の前の物体が違っていたので、毒m、いや、試食を小石川にさせてみたところ、真っ青な顔で居間を出て行った。
洗浄音がしたのでトイレに駆け込んだと思われる。
やはりあれは不味いものだったらしい。
翌日、高田にそんなことを話したところ、小石川に同情をかけ、俺は電子レンジを掃除させられた。
この家にある電子レンジは高田が引っ越しの際に持ってきたもので、勝手に使ってもいいとは言われているが、汚したままではさすがに怒るらしい。
その気持ちはわかるが、殴る必要はないと思う。
「そもそもフレンチトーストをレンジで作るな」
「菓子を焼くのはオーブンレンジの役目だろ?」
「…………」
高田の額に青筋が浮かんだのを見逃さなかった。
なにか間違ったことを言っただろうか。
「お前は、二度と、食材で遊ぶな!」
「遊んだつもりはないが……」
「作れないものを実験みたいに作ろうとするなっつってんだよ!」
「作り方がわかれば作っていいのか」
つまり高田が言いたいことはそういうことだろう。
「そうだけどそうじゃない!」
違うらしい。
理数系出身者には言葉遊びは難しい。
高田も同じ学部だったはずだけどな。
日頃接客業がメインの高田と、設計図とにらめっこしている俺との差だろうか。
「じゃあ高田先輩が金子先輩に作り方教えてあげればいいんじゃないですか?」
横から小石川の意見が入った。
「その案、採用だ」
「あざーす」
美味いフレンチトーストが食べたいのだから、料理上手な高田から習うのが一番の近道だろう。
3日前我慢していれば、今こんな風に説教などされていない。
「断る」
「何故だ?」
「めんどくさい」
高田は何かというと『めんどくさい』と言う。もはや口癖だ。
「高田先輩」
小石川が口を挟む。
「教えてあげないとまたレンジ爆発されますよ」
「……本読むなりネットで調べるなりすればいいだろ」
「見た目重視のスチール撮影や数ばかり多いネットレシピを参考にさせて、いいんですか?」
「…………うわぁ」
にっこり微笑む小石川と頬を引き攣らせる高田を交互に見比べる。
この2人の力関係は謎で、時々後輩である小石川のが強くなる時がある。
理由は知らないが、めんどくさがりの高田が素直に従うのだから、小石川に対してなにか罪悪感めいたものがあるのだろう。
「金子先輩。高田先輩が教えてくれるそうですよ」
「そうか?よろしく頼む」
2人の間で何かわかり合ったらしい。
俺にはさっぱりわからない。
今の会話に『諾』も『否』もなかった気がするが。
しかし、教えてくれるということで解決したなら良しとする。
用意した食材は食パンと卵と牛乳と練乳。
「おい。練乳なんて使わねーぞ」
「入れるとコクが出るとテレビで言っていた」
「あっそ」
「厚めのがふわっとして美味いらしいので4枚切りだぞ」
「はいはい」
高田は適当に相槌を打ちながら使用する道具も用意する。
「広めのバットなんてねーよなぁ。弁当箱で代用するか……てかこの家にあるのか?」
「重箱ならあるぞ?」
食器棚から三段重ねの重箱を取り出す。
「なんでこんなもんあるんだ」
「おせちやピクニックの定番だろう」
「絶対使わないのにか?」
「おせちは食べるだろ?」
「…………もういい」
結局、重箱を代用に使うらしく、材料と一緒に並べた。
絶対つくらねーぞ、とぶつぶつ言っているが、なんのことだか不明なのでスルーしておく。
調理台には食材の他、重箱とフライ返し、包丁とまな板、ボウルが並べられた。
うん、この前見なかったものがあるな。
おっと、作る前に手をきれいにしておかなければな。
エプロンをするのも忘れない。
準備万端にしたところで高田先生のお料理教室がはじまる。
おい、始める前にため息を吐くんじゃない。
「じゃあまずボウルに卵割って」
「割るだけでいいのか?」
「…………殻を割って中身を入れろ」
「よし」
調理台の平面の所に卵の殻の腹を軽く叩きヒビを入れ、殻と中身を分離させる。
中身はボウルへ殻は三角コーナーへ。
「卵はよくほぐす。ほら箸」
「うむ」
渡された菜箸で卵の黄身と白身を混ぜていく。
「そこに牛乳を入れる」
言うが早いか、高田がボウルに分量を量った牛乳を注いでいく。
「で混ぜる」
「おう」
濃い黄色だった卵に白い牛乳が混ぜられ、まろやかなクリーム色になった。
このままではオムレツとそう変わらないのではないだろうか。
ちなみに卵焼きは出汁派だ。
味を決める調味料が用意されていない。練乳は却下されたからな。
女子に人気の店のあのフレンチトーストは生クリームとメイプルシロップがトッピングされていたので、やはり本体の方も甘く味付けがされると予想しているのだが。
「液はこれでおしまい」
「味がついてないぞ」
「おしまい」
「!?れ、練乳は……?」
「入れない」
「コクが出るんだぞ?」
「甘いの苦手だろ、おまえ」
「それなら仕方ない」
美味いという評判に踊らされていたが、そういえば甘い物が得意ではない。
まったく食べないわけではないが、好んで選択しない。
とりあえずボウルを横においておく。
「次は何をすればいい?」
「次は、パン……の耳を切る」
耳を切ると言われ反射的に自分の耳を押さえた。
高田の目が馬鹿を見ているような目つきになった。
「あってもいいと思うけど、液が染み込みやすいように側面を切る」
「わかった」
まな板にパンを置いて白いふわふわな部分と茶色い耳の部分を切り離す。
耳は耳で美味しいよな。
切り離した耳を邪魔にならないところに避けると、横から手が伸び、パンの耳を1つつまんで口へ運んだ。
「おい!」
高田は1本食べてしまった。
「小腹減ったから」
「ずるいっすよ」
「ほれ」
また1本つまむと、今度は小石川の口につっこんだ。
「これ美味いっすね」
「だろ」
「おまえたち!」
「はいはい」
さらにもう1本、俺の口に向けて差し出した。
「食いたいなら食えばいいだろ」
そういう問題ではない。
今作っているのはフレンチトーストなのだ。
小腹を満たすならフレンチトーストを食すべきだ。
だが、目の前の食パンの耳の誘惑に負けそうになる。
パンの耳が美味いのは道理。わかりきっていることだ。
しかし、一度フレンチトースト製作に失敗している身、屈する訳にはいかない。
「食わん」
「あっそ」
向けられたパンの耳は高田の口の中に消えた。
………………惜しくなどない。
「次はどうすればいい」
「んぁー、と。1枚だとでかいか。じゃあパンを半分に切る」
「半分とはどういう形に」
「好きなように切りゃいいだろ」
「縦か?横か?斜めか?」
「適当でいいって」
「適当とはいい加減という意味ではないぞ!?適ているということだ!適当と言って間違っていたらどうする!?」
レシピと違うことをして不味いものができたらどうする。
そして不味いものを作ってしまった苦い思いは取り消せない。
「じゃあ縦で半分に切って」
「縦だな!よし」
力なく答える高田に、意気揚々と返事をする。
やる気を見せなくては教えてくれている高田に悪い。
まな板の横ラインに水平に設置し、およそ半分になる位置で包丁の先を押さえ、垂直状態から下へおろすように切る。
「普通に切れよ」
「? きれいに切れるだろ?」
「もうつっこむの止めるわ」
つっこむところなどあったのだろうかと首を傾げる。
耳を落とし、さらに半分に切ったので、食パンは白いふわふわのところだけの8切れに変貌を遂げた。
きれいに切れて満足だ。
次の行程へ進む。
「さっきの液を弁当箱に移す」
「うむ」
きれいに洗った重箱にボウルの卵液を流し入れる。
「弁当箱の半分くらいな」
「了解だ」
目分量であるが、重箱半分くらいにあたりをつける。
三段ある重箱三段とも使用した。
ボウルに少し卵液が残ったけれど、そのままにしておいた。
「切った食パンを卵液に浸す」
「浸す!?」
「ああ」
浸す、とは漬け込むということか。
かける、ではなく、浸す、だったのか。
先日の失敗の差はここだったのか!
「わかったぞ!これでフレンチトーストの謎が解明した!」
「はいはい……そうかよ」
すっきりしたところで、パンを卵液が揺れる重箱に並べた。
並べたパンは1段に2切れずつ。隙間はあるが3切れめは入らない。
せっかく8切れ用意したのだからきちんとフレンチトーストに仕上げたいのだが。
「直ボウルに浸ければいいだろ」
「では、何のために重箱を用意した!?」
「平面のが均等に浸るだろ」
「では、この2切れもそうすべきではないのか!?」
「いいだろ、2切れくらい」
「その『くらい』が味の差分を生むかもしれないんだぞ!?」
「変わんねーよ、そンくらいで」
ボウルは底が丸みを帯びている。すなわち斜面ができているということだ。
仮にその斜面が5度あったとすると、浸す食パンの右端と左端では5度分の浸っている部分と浸ってない部分が生まれる。均等ではないということだ。
まんべんなく浸すためには、そう、平面がいいのだ。
「じゃあこうすりゃいいだろ」
高田は冷蔵庫から新品のケチャップとマヨネーズとスライスベーコンを取り出し、2切れの白いパンにケチャップとマヨネーズを塗り、ベーコンを乗せてトースターへ投げ入れた。
「なにを、しているんだ……?」
「できりゃわかる。と、こっちのパンはひっくり返しとけ」
フライ返しを渡された。
目の前の重箱に浸された食パンは、卵液を吸ってクリーム色に変色している。
高田の手により変貌させられたパン達も気になるが、こちらの状態も大いに気になる。
片面だけ吸わせていても均等に味はつかない。
まだ卵液が充分に残る重箱にフライ返しの先を浸し、パンの浸っている面に滑り込ませてひっくり返し、反対面も卵液に浸らせる。
きれいにできた。
以前、高田監修のもとでお好み焼きを作った時はみごとにばらばらになった。
何が違うのだろう、まとまりが足りなかったのだろうか。重さのバランスが原因か。
「手が止まってる」
「おっと」
気になることがあると長考し、他が疎かになってしまう悪いクセだな。
気をつけよう。
他、5つもひっくり返す。
「残りも使うか」
高田はボウルに余っていた卵液を重箱にそれぞれ足していった。
無駄は良くないものな。
うむ、なんだか良いにおいがしてきた。
トースターのタイマーが鳴る。
高田が作っていたものが焼けたようだ。
「何を作ったんだ?」
「ピザ風トースト」
「ピザではないのか?」
「ピザソースもチーズも乗せてないからな」
「なるほど」
これは、なんというか、フレンチトーストがどうでも良くなるほど美味そうだ。
でも一度決めたことを翻す訳には……
「ほれ」
差し出された一切れに息を飲んだ。
これは食べるべきか、否か。
食べたい。しかし、今はフレンチトーストをつくっているのだ。
「美味そうっすね。俺の分は?」
「嗅ぎ付けんの早いな。ん」
居間でテレビを見ていた小石川がいつの間にかカウンターの前にいた。
高田は俺に差し向けていたトーストを小石川に渡した。
なかなか受け取らないのでいらないと判断されたのだろう。
「うっまー!トーストとマヨネーズって合いますね」
「だろ」
2切れしかないトーストは消えた。
食えなかった。
食わないと食えないだとでは雲泥の差がある。
先程のパンの耳は食指が動かなかったが、ピザ風トーストは食べたかった。
この食欲はフレンチトーストに昇華するしかない。
「高田!次は何をすれば良いんだ!?」
「ちょっと待てって」
重箱の中の様子を見て、首を振った。
まだ卵液はたっぷり残っている。
これが全部吸われるまでとでもいうのか。
両面クリーム色に染まっている。もう充分ではないのか。
「次なー。次は、フライパン温めて」
「温めるんだな。電子レンジで何分だ!?」
「なんでだよ。コンロだコンロ」
面が平らなフライパンをとりだし、コンロの上にセットする。
油をひかないまま火で温めた。
「ここにパンを乗せればいいのだな」
「ちょい待ち」
左手に重箱、右手にフライ返しを持ってスタンバイするが、高田の手に制された。
「完全にあったまってからな」
「なぜだ」
「あったまってからでないと、きれいに焼けない、から、だ?」
「なぜ疑問系になる」
「聞きかじりなもんで」
高田の料理は自己流が多いので仕方がない。
返答はおぼろげだが、料理界のルールが存在するなら従わなくてはいけない。
3分ほどフライパンを火であぶったところで、高田はボウルに薄く残っていた卵液を箸の先につけて、フライパンへその雫を落とした。
フライパンに落ちた卵液はジュッ、と音をたてて個体に変化した。
「こんなもんだろ」
高田はせっかく温めたフライパンの火を止め、使っていないコンロに移動させた。
「バター、はねーな。またマーガリンでいいか」
冷蔵庫から取り出した固形のマーガリンをスプーンで削り、フライパンへ投入した。
これもジュワッ、と音をたてて、今度は液体へと変化した。
料理とは化学、と誰かが言っていたが、目の前で変化が起こると実に納得できる。
このマーガリンも温度が違うと液状化する時間や物質量も変わってくるのだ。
約小さじ1杯のマーガリンでこれなら、2杯3杯と加えると均等に解けるのか、実験してみたくもある。
だが、今は食欲を優先させる。
人間誰しも持っている大きな欲求の1つだしな。
「火の大きさは中火」
「強い方が早く焼けるんじゃないか?」
「それだと表面だけ焦げて中に火が通りにくくなる」
「ふむ」
再びフライパンを火であぶる、言われた通り中火で。
溶けたマーガリンが熱に反応してぶくぶくと泡を立てはじめた。
「パンを入れていいぞ。1つずつフライ返しを使ってな」
「わかった」
重箱からそっと卵液を吸ったパンを取り出し、フライパンに並べた。
1回の焼きにつき、4切れが限度。
パンがケーキのようにふんわりと焼き上がるのかと想像するとわくわくする。
つい気になりだしてフライ返しの先でパンを突いてしまう。
「あんま触るな。押し付けるのもなしな、堅くなる」
「了解だ」
美味いフレンチトーストを作るため、じっと我慢する。
焼きはじめてから5分ほど経ち、台所に漂う匂いが変わった。
香ばしいが優しい匂い。
「そろそろ裏面も焼くから返して」
「わかった」
フライパンとパンの間にフライ返しを入れてひっくり返す。
表に現れたのは卵液のクリーム色とは違う、焼けたきつね色。
テレビで見たフレンチトーストに近いものだった。
「もう食べ頃か?」
「もうちょっと待て」
高田は火力調節レバーに手をかけ「小」と書かれた方へ動かした。
そして蓋をしてしまう。
「全体的に熱を通すから。あと、2分な」
「2分だな」
キッチンタイマーで2分をしっかり量る。
これはなかなか便利な道具で、時計がなくても正確な待ち時間がわかるのがいい。
焼き始めるより少し前から、高田は何やら別作業をしている。
ボウルになんやかんやを入れ泡立て器で混ぜている。
高田は女子から見ると『イケメン』と呼ばれる部類らしい。
学生時代を思い返すと、異性との付き合いは派手ではないが、女子と一緒にいるのをよく見た。
そんな『イケメン』の高田が洋菓子職人のようなことしているのはなかなか絵になる。
モテる要素はこういうところから生まれるのだろう。
「何を作っているんだ?」
「トッピングのバタークリームもどき」
舐めてみるか?とボウルを差し出され、指でひとすくいとって口へ運ぶ。
「! うまい」
「甘くねーか?」
「ちょうどいいぞ」
満足げに頷くと、再びシャカシャカと泡立て器を動かしはじめた。
なんでもできる男だ。
まだ少し待ち時間があるので、皿を用意する。
器にこだわりはないが、洋菓子らしさを出すため、平たい丸皿を引っ張り出した。
結婚式の引き出物だったと思う。
やがて焼き上がりを告げるキッチンタイマーが鳴った。
白い皿の上には、焼き上がったばかりの黄金色のパン。
卵と牛乳を混ぜて作った汁を吸わせて焼いただけなのに、おしゃれな感じがする。
バターロールパンに水が浸るとふにゃふにゃで正直美味しくないので、この料理法はびっくりした。
何事もやってみなければわからないものだな。
テーブルの上にはフレンチトーストの他、高田手製のクリームと蜂蜜の瓶がある。
「パン自体に味付けしてねーからこれで調節して」
とのことだった。
練乳も用意しようとしたが、高田も小石川もいらないと言ったので冷蔵庫で眠っている。
温かい方が味が染み込むらしいのでさっそく蜂蜜をかけ、クリームを添えた。
テレビがいうには『たっぷりかかったメイプルシロップがたまらない』らしいので、たっぷりかけた。
「甘いの苦手じゃなかったのかよ」
「多い方が美味しいらしいからな」
高田のフレンチトーストを見ると、蜂蜜とクリーム量がこちらのものより少なめだった。
たらし方にセンスがあるせいか、さらにおしゃれに見える。
さすが服屋の副店長、…………ダジャレではない。
「ふたりとも先に食べるなんてズルいでっスよ」
「自分の分は自分で焼け」
1度に焼いたのは4切れ。
1人2切れずつ分けたら、当然もう1人分がない。
後輩で手伝っていない小石川の分がないのは道理。
焼く前まではできているのだから自分で焼けばいい。
「では、いただきます」
手を合わせてからナイフとフォークを握る。
トーストとは違うしっとりとした感触がナイフとフォークから伝わる。
期待を込めて口へ運んだ。
やはり多すぎたのか持ち上げたフレンチトーストから蜂蜜が数滴皿に落ちた。
「……………甘いな」
「かけすぎだからだろ」
正直、蜂蜜の味が強い。
幸いにも蜂蜜自体はあっさりさらさらタイプだったので食べやすいといえば食べやすい、かもしれない。
今度は高田が作ったクリームもつけてみる。
「やっぱり甘いな」
「だからかけすぎだっつーの」
しかし、味の変化はあった。
よりまろやかなになった気がする。
甘いパン。ケーキとはまた違うジャンルだ。
「うまいか?」
フレンチトーストというものを初めて食べるので、どこを基準に美味いと判断すべきかいまいちわからない。
不味くはない、というのが現段階で出せる評価だ。
そもそもこれは美味いものなのか。
「まあまあなんじゃねーの?」
「そうか」
まあまあというのも明確な評価ではない。
不味くはない、だが絶賛できるほど美味くはない、というものだろう。
「ふたりとも先食べちゃってるんスかー」
遅れて小石川も席に着く。
じっと2つの皿を見比べて、
「先輩、美味かったですか?」
と聞いてくる。
年配者を毒味に使うとは。この前の仕返しか。
だが素直に
「甘かった」
と答えておく。
「ぽいっスね」
どういう意味だ。
蜂蜜とクリームを引き寄せて、高田のものよりやや少なめに蜂蜜をかけクリームを少し多めに添えた。
「いただきます」
手を合わせてさっそく食べ始める。
「うっまー!」
この前とは180度違う表情を浮かべ、フレンチトーストを食べ進める。
「金子先輩、リベンジ大成功じゃないですか」
「高田の力が大きいがな」
「普通にやれば誰でもできるだろ。普通にな」
「やけに強調するな」
「一般常識を身につけろ、料理音痴」
「………善処する」
茹でる、焼く、なら問題ないはずなのに料理音痴とは。
作り方さえ覚えれば味だって完璧だ。
「ホント、美味そうに食うのな小石川」
美味そうに食ってもらうと作りがいがあるというものだ。
「マジ美味いっスから。特にこのクリーム激ウマっスね!」
それは高田がひとりで作ったものなのだが。
リベンジ成功、だった……のだろうか。
後日、パンの耳消化のためフライを作っていた高田に、衣に使って余った耳パン粉と卵があったので、
「これでフレンチトーストができるか?」
と聞いたら、無言で蹴られた。