オムライスでいいか
同居人3人目。
続いているようで単発のお話になりますので、こちらのみでも読み進められます。
この家に越してきて数ヶ月。
前に住んでいたアパートは適度な広さがあって気に入っていたが、職場から遠くて毎日の通勤が億劫だった。
もちろん交通費は出るがスズメの涙ほど。
そんな状況でも引っ越さなかったのは女の存在だ。
元はあっちが転がり込んできたのだが、いつの間にか他に男を作って出て行った。
どこまでも勝手な女だった。
「あなた、全然うちにいないじゃない」
出て行く間際に聞いた理由がこれだ。
お互い社会人なのだから理解してほしいものだ。
あのアパートに住み続ける理由がなくなったので、さっそく不動産屋に赴いた。
というか、あの女の痕跡を思い出したくなかった。
そこでばったり会ったのが大学で同期だった金子だった。
「引っ越しか?」
「ああ、家を買おうと思って」
「はぁ?」
久しぶりに会った友人は相変わらず頭の螺子がぶっ飛んだヤツだった。
「あ、結婚するのか?」
「いや?相手もいない」
結婚する訳でもなく社会に出て2年のヤツがすることではない。
でもこの男に限ってはありえるのかもしれない。
思考回路がまったく読めないので、どんな家を買うつもりなのか興味を引かれる所でもある。
金子の手元にあるいくつかの紹介書を見てみると、本当に一軒家を買うつもりのようだ。
しかも庭付き二階建て。
「買う金なんて……あるのか?」
「あるわけないだろう。ローンを組むに決まっている」
「そういうことじゃなくて」
頭金だけでもかなりのまとまった金額がいるはずだ。
「まあ、なんとかなる。いざという時に持ち家があった方がいいだろう」
そうかもしれないが、もっと先でもいい事項だと思う。
結果、金子は自分が出した条件に合った中古の家の購入を決めた。
庭付きで、広いリビングがあり、二階にも部屋が複数ある家に一人暮らし……
最寄りの駅から徒歩15分、駅から家までの道に商店街があり、コンビニも近い。
おまけに職場から前より7駅近い。
かなりいい物件だった。
「なあ、家賃払うから俺も住んでいいか?」
思わずこんな言葉が出るくらい。
特に条件があるわけでもなく、家賃5万であっさり居候が決まった。
数日後には大学の後輩も仲間入りして、今では3.5人暮らしになった。
0.5はいるかいないかわからないというか、居候というよりよく泊まりにくる程度のヤツがいるのだ。
そいつのことは置いといて。
遅くなっても文句を言われないし、食料も指定がなければ好きにしていいし、一軒家だから部屋が広いし、1人のスペースが確保されている。
ヤローしかいないが、本当にいいところに引っ越せて満足だ。
女は、今はいい。しばらくいい。
まったく知らないヤツがいるわけでもないからかなり気楽だ。
洗濯は個人でやらなくてはいけないが、掃除は分担制、と言いつつ家主がやや神経質なので気になったら勝手にやっているし、時々夜食が用意されている。
実家でもないのにこんな暮らしをしていては、この先この家から出て行ける気がしない。
しないんだが……
冷蔵庫を開けて、真ん中を陣取っているボウル(大)に思わず半目になった。
たまの休日に何か凝ったものでも作ろうかとまずは冷蔵庫の在庫チェックをしようと冷蔵庫の扉を開いてまず目に飛び込んだ。
料理は好きな方だ。一人暮らしも長いし、節約にもなる。
傷みが早いものはさっさと使わないともったいない。
野菜室に野菜が4、5種類とチルド室に鶏肉の固まりとベーコンがあり、冷凍庫には一食分に小分けされている冷凍うどんとミックスベジタブルと霜が被りまくった魚の干物。
これいつのだ。あいつの置き土産だと思うが、あいつが最後にここに来たのはいつだったか。いや、それ以前よりあるものだろう。
よし、見なかった事にしよう。
開き扉の冷蔵室に戻る。
缶ビールが1、2、3、4、5……酒多いな、この家。
他の食材も、食事というよりつまみ重視だ。
で、問題のボウルだが……
これ、昨日もあったよな?
3日前、突然白飯が食べたくなったと夜のドラッグストアへ米を買いに走り、3合炊いた余りと、翌朝分と言って前日から5合炊いてうっかり食い忘れてそのまま夜まで放置した上、小石川が1杯しか食ってない分の白飯だ。
確かになにか食おうと思って冷蔵庫を開けた。
食費は食材で、という暗黙のルールがあるわけなのだが。
けど、この状態はどうかと思うぞ、さすがに。
ずっと置いてあるという事は、使っていいととってもいいのだろう。
米だし。5合はもったいなさすぎる。
冷蔵庫からボウルを取り出し中身を確認する。
変な臭いもしてないのでまだ食べられるだろう。
野菜室からタマネギを、チルド室からベーコン、冷凍室からミックスベジタブルを取り出す。
昨日、俺が休みとわかるやいなや、金子が唐揚げが食べたいとリクエストしてきたので、材料があったら作ってもいい、と言ってあったので買ってきたのだろう。
調味料の棚に新品の片栗粉がある。
竜田揚げも作れってことか?いいけど。
金子は、手先が不器用な訳ではないがなにかとこだわり、結果めちゃくちゃにしてしまうというめんどくさいタイプだ。
当人もやや自覚があるため、唐揚げの件はこちらに任せるという手段をとったのだろう。
なんでそんなやつが一人暮らしをしようと思ったのか。
本人しかわからないので考えるのを止めた。
大量の冷えた白飯とタマネギとベーコンとミックスベジタブルで何を作るか。
当然炒飯だ。
簡単で美味くて腹がふくれる。
あとインスタントみそ汁が残っているのでそれもつける。
多めに作れば誰か食うだろう。
あと何があっただろうか、と冷蔵庫を再度開き、何気なくケチャップを手に取った。
鶏肉もあるしチキンライスもありかなと思った訳だが、
「あ」
ほぼ新品のようにたっぷり詰まったケチャップのキャップに書かれた賞味期限をしめす数字。
「切れてる……」
1ヶ月前のものだった。
マジでいつからあったんだ。こういう調味料の賞味期限は長いはずだ。
この家にヤローが集まってまだ数ヶ月なのになぜ賞味期限がきれたケチャップが存在するんだ。
「あれ、高田先輩、なにか作るんですか?」
背後から現れたのは大学の後輩だった小石川。
なぜ俺が作る前提なんだ。
小石川も不器用ではないがあまり料理はしない。こっちはただの経験不足だ。
「おまえ、暇なら卵買ってこい」
「へ?卵、ですか?」
卵や牛乳のような腐りやすいものは極力買わない。
必要な時に必要な分だけが鉄則だ。
「買ってきたら飯食わせてやる」
「マジっすか。行ってきます!」
ドタバタと財布片手に出かけていった。
さて、小石川が帰ってくる前にチキンライスを作ってしまおう。
チキンライスと卵といったら、オムライスだ。
卵は一応冷蔵庫にある。
だが、オムライスを作るには足りない。
2人分作るならなおさらだ。
肉もベーコンから唐揚げ用の鶏肉に変えてやる。
「今出てったのは小石川か?」
3人分だったか。
「ああ。買い物に行かせた」
「ははっ。お母さんのお遣いか」
「だれが母親だ」
金子は冷蔵庫の扉を開けて水が入ったペットボトルを取り出した。
そして調理台に出ている材料を見止める。
「高田が飯を作るのか」
「おまえらが作ってもいいんだぞ」
「そんなことしたら、おまえ怒るだろう」
「ちゃんと片付けてあれば怒らない」
一人暮らし経験がある身としてやってはならないことは、水場を片付けないまま放置、だと思っている。
カビだけならかわいいものだが、虫がわいたらアウトだ。
仕事上、夜遅くにしか帰れないので、2日放置されたその惨状にマジ切れした。片付けないなら料理するな、と。
それ以降、茹でる、焼く、程度はしているようだが、ほとんど料理はしていないようで、食べるものは出来合いの惣菜や酒のつまみばかり。
休日くらいゆっくりしたいが、俺が作らなければまともな飯は出てこない。
同居という名目、役割分担として割り切ろうとは思っている。
「何を作るんだ?」
「オムライス」
「オムライス!?」
目の前に出ている大量の冷や飯が目に入らなかったか、そうか。
「じゃあ、アレにしてくれ!」
「アレとは」
“アレ”じゃわからん。
「アレだアレ。ご飯の上にオムレツ乗せて、切れ目を入れるとトロトロと半熟たまごが落ちるヤツだ!」
ああ、アレな。高そうなレストランで出てくるヤツな。
美味そうと言えない表現から物体を思い浮かべ、思いっきり顔を顰めた。
「……なんだ、その顔は」
「嫌だって言いたいんだよ」
すっごいめんどくさい。絶対にごめんだ。
「ならばどんなものを作るんだ?」
「チキンライスに薄焼きたまご乗せる」
「!?それはオムライスというのか?」
初めて聞いた、みたいな顔しやがって。
「作り手がオムライスだって言ってんだからオムライスに決まってんだろ」
「そう、だったのか……」
もしや半熟オムレツを乗せたものだけがオムライスだと思ってやいまいな?
チキンライスと焼いたたまごがセットになってればオムライスというのではないか、定義的に。
究極言えば、茶碗に盛った焼き飯にスクランブルエッグを乗せればオムライスになる。はず。
金子にかまっていたらいつまでたっても飯ができん。無視して作業に取りかかろう。
「じゃあ、焼いた食パンに卵に砂糖を混ぜたものをかけてチンしたらフレンチトーストになるのか?」
沈んでると思ったら何を言い出すやら……
て、
「ゴミ箱に入ってた黒い物体はそれか!?」
「テレビで簡単だと言っていたから作ってみたんだが、なぜかフレンチトーストとは言えないものができたんだ。小石川に食わせてみたら感想も言わずトイレに行ってしまったんだが」
「自分で作ったものくらい自己責任で食えよ!」
「電子レンジで焼いてる時、爆発音がしたんだが」
「そりゃするわ!」
レンジ掃除、と今日のスケジュールに加えておかなければ。いや、こいつにやらせよう。
はぁ、とため息をつき、タマネギを刻む。
「何か手伝うか?」
「邪魔。あっちいってろ」
狭いキッチンに男2人は考える間もなく邪魔だ。
俺もこいつもでかい方だしな。
タマネギは1つ丸々みじん切りにする。ご飯の量が多いのでそれくらい使用しても問題ないだろう。
鶏肉を小さめに切り分ける。
「おい。その鶏肉は唐揚げ用に買ったものだぞ」
「全部は使わねーよ」
カウンター越しに声をかけてくるがスルーする。
金子とは長い付き合いになるが、茶々いれてくることにスルーが最善と気づいたのは一緒に暮らし始めてからだ。
フライパンを熱して油をひき、まずは鶏肉を炒める。
焦げないように適度に転がし、表面が全体的に白っぽくなったらいったんフライパンから取り出す。
再びフライパンに火を入れ、今度はタマネギを炒める。こちらは透けるくらいまで。
飴色まで炒めると他の食材に色移りしてしまうのでこれくらいが目安だ。
「知ってるか?タマネギを切ると涙が出るのは、切ることでタマネギの細胞が壊れ、アミノ酸が……」
「金子うるさい」
「………」
母親に覚えたことを披露する子どもか。
アミノ酸はともかくメカニズムは知っているから、冷蔵庫に入れて冷やすという対策してんだろうが。
タマネギに火が通ったところで鶏肉とミックスベジタブルを投入し軽くあえ、冷や飯をぶち込んでさらに炒める。
具と米がバラバラになるようにフライパンを揺らし木べらでひっくり返すように混ぜるのがポイントだ。
炒飯を作る際は木べらが一番便利だと思っている。
丈夫だし熱にも強いし扱い勝手がいい。
今使っているフライパンもこの木べらも一人暮らし時代から持ってきた愛着ある器具だ。
しかし、一番大きなフライパンを使って溢れんばかりの量を作っているが、ボウルの中の冷や飯が全部なくなっていない。本当にもったいない限りだ。
全体に炒まったら塩こしょうをまぶして軽く混ぜる。
そこでさらに、固形のコンソメを指で粉砕させてフライパン全体にまぶす。これを入れることで洋風寄りに味がまとまる。
便利な調味料なので重宝している。
木べらで数度混ぜてコンソメを行き渡らせたら、ケチャップを回し入れる。
もう、全部使い切るつもりでキャップを外し、ボトルから直で入れてやる。
賞味期限が過ぎたものはさっさと処分したい。
つか、使わないなら買うな。
「いいにおいだな」
「ったりまえだ」
自慢ではないが、一人暮らしをはじめてから何度も炒飯を作ったが、マズいと思ったことは一度もない。
米がほとんど赤に近いオレンジに染まっている。
これでチキンライスは完成だ。
あとは卵焼きを焼くだけ。
「ただいまですー」
声とともにキッチン側の扉が開く。
小石川は買ってきたものを調理台に置いた。
卵と、牛乳。頼んだ覚えはないが、自分が飲むために買ったのだろうか。コンビニでよく見かけるパックのヤツだ。
「先輩、牛乳は500でいいんですか?」
「問題ない」
金子のお遣いのようだ。
上背もあって骨太タイプのくせにまだカルシウムを欲するか。
「高田」
「あん?」
金子はすっと牛乳を指差す。
「ふわとろオムレツには牛乳はかかせないらしい。これでできるよな?」
「は……あぁああーーーーー!?」
おとなしくケータイ弄ってると思ったらそんなこと調べていたのかコイツ。てか諦めてなかったのか。
「なんの話っすか?」
「オムライスだ。半熟たまごを乗せたオムライスがいいと言ったんだが断られてな。そういえば牛乳がなかったと思い至り…」
「そうなんスね。てっきりフレンチトーストのリベンジかと思いました」
小石川の顔が心なしか青い。
後輩にトラウマ植え付けてんじゃねーよ。
「ふわとろオムライスかぁ」
「作んねーぞ」
「作らないってことは、作れなくないってことですね!ホント先輩は器用っすね!」
褒めるようなことを言ってるが、作らせようとする意図しか見えない。
小石川は何かと俺に無理のない程度のわがままをふっかけてくる。悪意50%くらいの難題を。
「一度食べてみたかったんですよね、ふわとろオムライス」
2対1では分が悪い。
めんどくせえと突っぱねることもできるが、それはそれであとがめんどくさい。特に金子は自分が納得するまで付き合わされるだろう。
「めんどくせぇ」
面倒の天秤をかけて前者を取ることにする。
大きめのボウルに卵を5つ割り入れて解く。
塩こしょうと牛乳大さじ1くらいを入れてまた混ぜ合わせる。
次にフライパンを熱して油をひこうとサラダ油のボトルを手にした。
オムレツにはバターがいいらしいが、あいにくないのでサラダ油で代用だ。
「ちょっと待った!」
突然、金子に腕を掴まれた。
「なんだよ」
「ここは、バターだろ!」
ずいと見せられたスマホの画面。
オムレツのレシピが表示されている。
「ねーよ、うちには」
普段から料理をしないからバナーなんてものがあるわけない。
「マーガリンならありますよ、トースト用の」
「バターじゃないのか?」
「動物性油脂でつくるのがバター、植物性油脂でつくるのがマーガリン。風味が変わるだけで大差ありませんよ」
同じくスマホで調べものをしていた小石川が発言した。
余計なことのような助言のような。
息と共にいろいろなものを吐き出した。
コイツらにタッグを組まれると勝率が著しく下がる。
冷蔵庫からパッケージに詰められたマーガリンを取り出して、堅くなった平面をスプーンで削ってフライパンに投入した。
熱されたマーガリンは、じゅわじゅわと音を立てて液状に姿を変えた。
「オムレツできる前にチキンライスを皿に盛っとけよ」
「わかった」
金子はいそいそと食器棚から皿と茶碗を取り出した。
茶碗?と思ったら、茶碗にチキンライスをすり切れまでよそい、上に皿を被せてひっくり返した。
茶碗を外すと、皿の上にはきれいなドーム型のチキンライスが現れた。
それをドヤ顔で渡してくる。
若干イラっとしながらオムレツの焼き行程に進む。
卵5つは1人前には多い。イメージとしては1人前2.5個なので、5つで2人前だ。
自分の分は薄焼きたまごでいい。3つもオムレツ作るとかめんどくさい、マジで。
熱されたフライパンに半分程卵液をそそぎ、手早く菜箸でかき回す。
じゅわーっと音をたてた卵が端から固まっていく。
全体が固まらないように丸を描いてまとまりを作っていく。
まだ液が残り、端に焼き目がつくかつかない頃合いでフライパンの奥側に半月型になるよう寄せて形を整える。
あまり火を通すと半熟ではなくなってしまうので時間との勝負だ。
トントンとフライパンの縁、手前の柄の部分を支点にしてテコを使ってたまごを返していく。
チキンライスの皿を寄せ、フライパンを逆さにしてライスの上に乗せる。
「ほら」
出来立てのチキンライスの上の黄金色のオムレツがほかほかと湯気をたて、その存在感を倍増させている。
「おおっ!」
金子が感嘆の声を上げる。大げさだ。
「包丁入れるぞ」
オムレツの真ん中に切れ目を入れて縦左右に開く。
こもった熱が湯気となって舞い上がると同時に、半熟たまごがとろとろとチキンライスの山から流れた。
熱を通し過ぎてぼそぼその固形状になっていないのでまずまず成功と言えるだろう。
「さっさと食わないと固まるぞ」
「む。そうだな。先に頂こう」
できあがったふわとろオムライスをじっと眺めていた金子だったが、我に返っていそいそとテーブルへ移動しスプーンを構えた。
「高田」
「あん?」
「デミグラスソースがないぞ?」
「ケチャップ使えケチャップを!」
賞味期限が切れたケチャップを投げて渡す。
あれだけ豪快にチキンライスに使ってもまだ余っていた。少しだが。
同じ手順で小石川分のオムレツも焼く。
2度目になると慣れもあり、先程より上手く焼けたと思う。
包丁を入れようとすると、
「ちょっと待って下さい!自分で割りたいです」
とストップをかけた。
「好きにしろ」
できたてオムレツが乗った皿を渡してやる。
やっと自分の飯の番。
はじめは自分の分だけの予定だったはずが、かなり遠回りしてしまった。
皿にご飯を盛り、うわ……5合はあったチキンライスがもう1人前くらいしかない。
どんだけ食うんだあいつら。
チキンライスの皿を横に置き、フライパンを再び暖める。
2つの卵をボウルに割り、塩こしょうとほんの少しの牛乳を入れて解く。
卵液をフライパンに丸く広げるように流し入れた。
端の方が少し固まったところで皿を覆うようにフライパンをひっくり返した。
途中折れないように端の一部を抑えて、逆側から滑らせるようにするときれいにチキンライスに被さる。
内側はほんのり半熟なのがポイントだったりする。
出来上がったオムライスを持って席に着く。
すでに食べている2人が同時にこちらの皿に目を移す。
「それも美味そうだな」
「きれいですねー」
「……自分の食え」
材料は同じ。味も同じだ。
黄色く焼き上がったたまごにケチャップをかける。
チューブから最後の一滴が落ちる。
「終わったか」
賞味期限が切れていたケチャップを使い切るためにオムライスを作ったのだから、無事に使い切れてよかった。
まだ湯気が立っているオムライスを端からスプーンで切り分けて口に運ぶ。
ぺらっぺらなたまご焼きとチキンライス。
いつもどうりの美味さだ。
少しだけ感じる酸味はもともとのケチャップの味。
ケチャップのような調味料は少しばかり賞味期限が切れてようが味が突然変異のように変わるわけではない。
卵液が多く残っている分、食感は多少違うとは思う。
「あ、おい」
大口で頬張っているせいでこちらを見る2人の頬は膨らんでいる。
「このケチャップ、誰が買ったんだ?」
金子は首を傾げてオムライスに意識を戻す。
なら小石川だ。
口に含んだ分を咀嚼して飲み込む。
「それ、先月うちの実家から送られてきたもんの中に入ってたんスよ」
「なるほどな」
親としてはよかれと思ってやったことだろう。
仕送りに食材はありがたい。
だが、相手は料理不精の息子だ。
「送るなら、賞味期限を気にしてくれと伝えてくれ」
「え?………はぁ」