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米が食いたい!  作者: 月湖畔
3 シーズン
28/28

氷を削れ!

ミンミンジワジワとけたたましく鳴くセミ。

どこにいても聞こえるのでステレオかと突っ込みたくなる。

遮断したくても窓を閉めてしまうと途端に室内がサウナに変わる。

いや、もうすでにサウナと言ってもいい。

ただ座っているだけで額から首から脇から、もう全身汗が吹き出ている。

窓から入ってくる風は扇風機より弱く、もはや熱風。

ロウリュウからの熱波かよ。

部屋の角に設置されているエアコンを恨めしく見てしまう。


「何度見ても変わんねーぞ。修理屋が来んのは明日だ」

「……知ってますよ」


昨晩突然動かなくなったエアコンのお陰で、築ウン十年の一軒家は地獄に変貌を遂げた。

今が繁忙期である電気工事士が即日捕まえられただけでもよかったと喜ぶところだが、現実は甘くない。

ここらで一発ザザッと夕立でも来てくれたら涼しくなるのだが、見上げた空は高く青く透き通っている。

積乱雲は姿はどこにもない、良すぎるほどよい天気だ。

せっかくの休日なのにこのまま家で干涸びているのも虚しいが、暑過ぎてどこにも出かける意欲がわかない。

一般企業の社会人が休みなのだから、公共機関も銀行もみんな休み。

学生に至っては夏休み真っ只中。

どこに行こうが街の中は人で溢れている。

商業施設はもちろん、屋内外アミューズメント、海辺にも山の中にだって人はいる。

買い物ならともかく、アラサーの男だけで遊びに行くのは……想像したくない。

こんな時、かわいいカノジョがいたら、炎天下でも出かけたくなるのに。


「冷たいもん、欲しくね?」


わかる。

でも発汗した分の水分補給に麦茶もビールもがぶがぶ飲んでいるので腹はタプタプだ。

というか、人が買ってきたビールを了承前に飲んでおいて悪びれもしないヤツが言うなと言いたい。言えないけど。

ソファーにだらしなく寝そべっている(一応)先輩を睨む。


「氷ならちょっとだけ残ってますよ」

「そのまま齧れってーの?」

「冷たいもの欲しいんでしょ」


「…………いいかもしれん」


うちわ片手に本を読んでいた(ちゃんとした)先輩が顔を上げる。

涼しげな顔をしていたが、Tシャツの胸元がぐっしょりと濡れている。

暑さの限界だっただのろう。


「かき氷を食いにいくぞ!」






かき氷。

氷を細かく削り、上から甘いシロップをかけた夏の甘味。

定番中の定番はフルーツの風味と色がついたもの。

抹茶のシロップにあんこを盛った宇治金時も定番だろう。

おしゃれな店で提供されるかき氷は、器に山のように盛った氷の上にフルーツを豪快にトッピングしたものがあると聞いたことがある。

氷自体に味があり、クリーミーな味わいの台湾発祥のものも話題当時は気になった。


「いくら暑いからって即、いいっすねー、とはなんないっすわ」

「かき氷嫌いか?」

「そうじゃなくて……」


金子先輩に常識人の心は理解されないらしい。

ノリは時として必要だが、毎回ノれるかと言われたらそうではない。

そりゃあ、暑いしかき氷は食べたい。

だが、炎天下に男3人歩いてかき氷を食べに出かける絵図は想像しただけでお腹いっぱいだ。


「てかさー。かき氷って祭りの屋台でしか食ったことないけど、どこで食えんの?」


え、マジ? という言葉をすんでで飲み込んだ。

こんなことで鉄拳制裁を食らわせられるとか割に合わない。

俺にだけ当たりがキツいとかマジなんだコイツと思わないこともないが、言った所で改善されるかといえば善に働くことはおそらくないので、黙っておく方が吉。


「俺の会社の近くの茶店でも夏季限定のメニューにあるが……」


金子先輩はスマートフォンをぽちぽち操り、検索で出てきた画面を見せる。


「これとか美味そうじゃないか」

「…………キッツ」


トップに現れた写真はガラスの器に山と盛られた氷にオレンジ色のとろりとしたシロップに一口にカットされたマンゴーが器と側面にこれでもかと飾られている。

背景から推測するに、小さくない。30センチ近くある。

問題は、このサイズを食べきれるか、というより、この場所で平常心で食べれるか、という点。

店名横文字じゃん。メニュー名もメルヘンじゃん。

それでもって名前は可愛いのに値段は可愛くない。

いくら20代といっても、いや、20代だから行けない場所もある。しかも男3人で。

確実に悪目立ちする。そんな店だ。

強メンタルの金子先輩はともかく、自分は無理だと断言できる。


「そもそも出かけるのが億劫というか」

「家にいても涼しくはなんねーぞ」

「外を歩く方がツライですって」

「それなー」


結局、外出する気など起きるはずもなく、部屋でダラダラする以外ない。

その間にも金子先輩はスマートフォンを弄っている。

近くて男でも気兼ねすることなく涼めるかき氷店でも探しているのだろうか。


「よし。買ってくる!」


何か見つけたらしく、意気揚々と出かけていった。

買ってくるといっても、氷だ。

車でもなければ帰ってくる前にすべて水と化してしまう。

この家で唯一車持ちの蝦名さんは、本日車に乗って出勤している。


「買うって、何を?」

「さあ。コンビニのアイスじゃないっすか」

「いいよなぁ、食えるヤツは」

「大変っすね、アレルギー持ちは」


そういえば、コンビニにもかき氷は売っている。

砕いた氷の全面にシロップが掛かっているヤツ。かちかちに固められていて木のスプーンじゃ負ける。時々掛かってない面があって、食べきる前にシロップ味の水になってしまうのだ。イチゴとレモンとみぞれと他にも種類が豊富で、迷って決められないとみぞれを選んでしまうんだよな。

九州で有名な白くまもコンパクトになってコンビニで購入できる。白い氷を白熊の体毛に見立て、みつ豆やフルーツでパーツを作るかわいいあれ。

金子先輩のことだからかき氷にこだわっているから、買うとしたら白くまと見た。

コンビニなら歩いていっても往復20分の距離。

一瞬でも暑さを忘れられるのなら20分くらい待とう。




「ただいま。買ってきたぞ!」


金子先輩は1時間45分後に帰って来た。

しかも買ってきたのは箱。

買い物袋も持っているが見るからに冷たくなさそう。


「…………かき氷、買いにいったのでは?」

「だから買ってきただろう。かき氷機」

「かき氷機!?」


箱から出てきたのは、紛れもなく氷を削る機械。

買い物袋にはかき氷のシロップに練乳、フルーツの缶詰が入っていた。


「えっと……どこ行ってきたんすか?」

「家電量販店だな。ついでにスーパーも行ったぞ」

「へ……ぇーー」


金子潤という男をなめていた。

コンビニという手軽で身近な存在をスルーして家電量販店でかき氷を作る機械を買ってくると誰が予想した。

想像の斜め上をいく。

痺れるを通り越して呆れる。


「よし、削るか!」


金子先輩は意気揚々とかき氷機をセットし始める。

買ってきたばかりなので隅々まできれいに洗い、氷の受け皿を機械の下に置き、コンセントをつなぐ。

テーブルには色とりどりのシロップが並べられ、缶詰からフルーツが救出されている。

ここまでは完璧。


「…………」

「…………」

「…………」


しかし、あることに気づかなかった。

いや、当然のようにあると思っていて失念していた。


「専用の、氷?」

「えーっと…………付属のカップで氷を作る必要があるみたいです」

「うちの製氷機で作ったヤツじゃダメなん?」

「できなくはないみたいですけど、サイズがはまらないので上手く削れないみたいです、ね」

「おい……」


生丸さんがドスを効かせた声で発して金子先輩を睨みつける。

スムーズにいかないからといって金子先輩を怒るのはお門違いだ。

先輩はわざわざ機械を買いに出かけ、なおかつシロップまで用意してくれたのだ。

でも、怒りたい気持ちはわかる。


「今日の所は、おあずけだな。氷なら一晩でできるから、明日再開しようじゃないか」

「……今食いたいんだよ。今暑いんだよ、今!」

「ないものは作れないからなぁ」


キレてる生丸さんに素で対応するのは金子先輩くらいしかいない。

口をはさんで巻き込まれたくないから無言を貫く。視線も外しておこう。

何だこの怖い空間。言っていることは駄々っ子のこどもだけど。

とりあえず付属のカップに水を入れて冷凍庫に突っ込んでおいた。

カップ1つでいくつ作れるかわからないのであるったけ。

明日は高先輩田も休みなので4杯は必要になる。


「エアコンねーのにどうしろっつーんだよ、あぁ!?」

「仕方ないだろう。もう日が暮れて涼しくなるから我慢しろ」

「せめてコンビニでガ○ガ○君買ってこいや!」

「もう外出は嫌だな」


巻き込まれたくないので自室に逃げた。




翌日も太陽がギリギリ照る猛暑だった。

朝からもわっとした熱気が空気を支配し、不愉快さで目が覚めたほど。

起きてまずしたことは家中の窓を開けること。

熱を逃さないと頭まで沸騰しそうだ。

そんな地獄も、エアコンの修理士によって午前中に終わった。

直ったばかりのエアコンをガンガンに効かせた居間で住人が集まっている。

十分冷えた部屋に、満を辞して登場したのがかき氷機。

1日経って円柱に固まった氷もバッチリ。

溶けにくいよう器も冷やし、シロップもフルーツも準備万端だ。


「じゃあ、削るぞ!」

「次オレな!」


成人した男たちがわくわくしながらかき氷機を囲んでいる。

昨日の今日だからテンションが上がっているのだろう。

実を言うと自分もちょっと楽しみにしていた。

かき氷は外で買う物。

機械があれば家で好きに作れる。

シロップを何種類もかけてレインボーかき氷にすることだってできる。


「シロップこんだけ? あれ出すか……」


高田先輩が冷蔵庫からボトルを取り出す。

実家暮らしの弟くんが持ってきたおすそわけの白いジュースの原液。

お中元が被って消費に困っているからというノーマルとグレープ味の2本がこの家にある。

それをかき氷にかけると言うのか。

美味いに決まっているだろう、それ絶対。


「それ、オレ飲んだことねーかも」

「おまえはアウトだから」

「ほー。乳製品なんか。知らんかった」


金子先輩が買ってきたかき氷機は、ちょっとレトロなデザインの機械。

一見手動で削るように見えて、スイッチひとつで自動的に細かな氷の粒がつくれる。

氷の粗さもガリガリからふわふわまで好みで調節できる。

口に入れた瞬間溶けて消えるふわふわかき氷もいいが、学生時代に部活帰りコンビニで買ったガリガリかき氷を味わいたい。

まず1つ目は金子先輩の分。

自分の分は自分で削る。

台に器を置き、カップから出した氷をセットする。

スイッチを入れると、ガガガガッと音を立てて氷が削れていく。

器には雪のような細かな氷が山と積もっていく。

器を動かさないと一箇所に積もってしまい、細く高い山ができてしまう。

気づいた高田先輩が器用に位置を変えて高さを均一にした。


「いい感じだな」


金子先輩はスイッチを切る。

出来上がった氷の山にご満悦そうだ。


「何味にします?」

「練乳いちご!」

「ど定番すね」


一番人気で一番定番のいちご味のシロップを氷の上にドバッとかける。

さらに練乳を回しがけた。

店で売っているみたいに美味そうだ。

いいけど、金子先輩って甘い物が苦手なはずだ。

練乳が甘いって知っているのだろうか。

金子先輩から生丸さんへバトンタッチする。

新たな器に氷の山を作っていく。


「あ?」


ガリガリと削られていた氷が切れ、ヒュンヒュンと空振りする音だけがもれる。

スイッチを切り、蓋を開ける。

スプーンでガツッと突いたら一撃で割れそうなほど薄い氷があった。

5センチはあった円柱は削られてこれだけになってしまったようだ。

生丸さんが削ってできた山は1センチあるかどうか。

つまり、塊1つで1人分。

付属でついてきたカップは2つ。

足りない。


「あー……と。善行、半分にする?」

「いらん。俺のことは気にせず自分の分作っとけ」

「いやいやいや! 俺は気にしますけどぉ!?」


高田先輩はいいかもしれないけど、昨日から待ち望んでいたのだから、簡単に諦められない。

年功序列だから譲れと言われて納得できようか。


「心配すんな」


高田先輩が冷凍庫から取り出したのは丸型のタッパー。100均でも買える便利グッズだ。

まさか……!


「やるだろうなーと思ってしこんどいた」

「さすが抜かりねえ!」


似たようなサイズのそれをかぽっとセットする。

ジャストサイズだった。

新たな氷がセットされ、生丸さんがスイッチを押す。

問題なくガリガリ削られていく。

あっという間に1人分の氷の山ができた。


「おっし、こんなもんか。ブルーハワイ取って」

「はいはい。トッピングはいいっすか?」

「じゃあパイナップル」


缶詰フルーツをあけた器を渡す。

パイナップルの他にみかんと黄桃と真っ赤なさくらんぼがシロップに浮いている。


「次、小石川の番」

「いいんすか?」

「やりたいことあるからお先にどーぞ」

「んじゃお先っす」


新しい氷をセットしてわくわくしながらスイッチに手をかける。

おっと、その前に。粗さを調整する。

歯応えを楽しみたいから荒めに設定する。

改めてスイッチを入れる。

ガガガッと音を立てながら器に雪が落ちる。

3杯目だけれど、見ているだけで楽しい。

高田先輩がやっていたように器を動かして均等に積もらせていく。

荒いといっても削られているから軽い。

透明な氷の塊は削り痕で白くなり、溶け出した角が光を反射してキラキラ光っている。

塊1つ使い切ってフィニッシュを決めた。

なかなか上手に山ができたのではないだろうか。

円を描くように動かしていたのがよかったのか、丸っとした山ができた。

シロップはもう決めている。

未開封のグレープ風味の原液のボトルを手に取った。

ちなみにノーマルの方は口が開いている。

氷の山が濃いめのグレープ色に染まる。

かけたところから氷が溶けた。

氷で薄まってちょうどいい濃さになるはずだ。

さらにフルーツをこれでもかと盛る。


「うっ」


すでにかき氷を堪能している金子先輩が唸った。


「……甘い」


ほらみたことか。

甘いものが苦手なくせに練乳をたっぷりかけるから。

練乳を避けながらちまちまとかき氷を崩していく。

口に運ぶ即フォが極端にスローペースになり、器の底に溶けた水が溜まっていく。

水はいちごシロップと練乳が混ざった濁った色になっている。


「フルーツで中和したらどうっすか」

「なるほど。みかんで……なんというか、甘いとすっぱいが分離する……」

「あらら」


シロップとフルーツを選んだのは金子先輩自身なのだからもうフォローできない。

てっぺんにさくらんぼを乗せてフィニッシュ。

紫のコントラストに黄色とオレンジの斑点、てっぺんの赤と鮮やかでキレイな出来栄え。

非常に満足だ。


「おまえ欲張ったなぁ」

「余らせたらもったいないじゃないですか」


削る氷もないし。

美味いものを無駄にするのは好きじゃない。

あとが控えていて取っていくのは気がひけるが、残るは高田先輩だけ。

しかも氷が見当たらない。

氷譲ってくれたし、かき氷に興味がないのだろうか。

でも、高田先輩ってけっこう甘いの好きっぽいんだよな。

だとしても食ったもの勝ち。

ザクザクと中心からスプーンを入れて山を崩す。

中もほどよくスロップが沁みている。

色が濃い部分とみかんをすくいパクりと口に入れる。

キンキンと口の中を刺激する冷たさ。

遅れてクリーミーなグレープ味が染み出す。

ガリガリと噛み砕く氷と一緒に、時折みかんの酸っぱさがじゅわっと口の中を支配する。

金子先輩が言った通り、クリーミーな甘みと酸っぱさは調和しないが、これはこれで面白いし美味い。

氷で冷え切ったみかんがちょっとしゃりしゃりするのもまたいい。

クーラーが効いた涼しい部屋で食うかき氷最高だ。

体が一気に冷え、小さく震えた。

本当は、昨日の釜茹で状態の部屋で食いたかったけれど。

涼しい部屋でも脱水症状になることもあるし、溶けた水も美味しくいただく。うっすいカル○スだ。


「できた」


最後の一杯を高田先輩が作っていた。

白い氷にシロップをかけずフルーツを全部盛っている。

カラフルなフルーツが白をきわだだせている。

売り物のようにキレイだ。


「シロップかけてなくないっすか?」

「ああ。昨日から仕込んでた味付き氷で作ったからな」


なるほど、ノーマルの方口が開いているわけだ。

って、自分だけかよ!

美味いものを作る才能独り占めだ。

普通のかき氷も美味いし、また今度仕込み氷でつくってもいい。

まだジュースの原液はいっぱいあるのだから。




今年の夏は暑い日が続いた。

焼けたアスファルトを歩くだけで汗が噴き出た。

冷たいものが食べたくなるのは必至。

ランチの定番が冷やし中華にざるうどん、冷奴もつける。

コンビニ行けば冷凍ボックスからアイスコーヒーのボトルを購入。

家に帰ればかき氷が食えるのにな、と思いながら。



かき氷機が活躍したのは1日だけで、夏が終わった。

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