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米が食いたい!  作者: 月湖畔
3 シーズン
27/28

夏の元気な贈り物

7月分です。

お中元は地域によって時期がずれるみたいなので、時間軸の解釈はお任せします。

昼、いやもう夕方と言ってもいい時間帯の食堂は閑散としている。

中途半端な時間で利用する人は少ない。

アルバイトを先に休憩に行かせて、諸々の作業をしてから自分の休憩に入るとこのくらいになってしまう。

食堂で注文するのは定番の日替わり定食かカレーライス。

今日はカレーの気分だったのと肉が食べたくなったのでカツカレーを注文した。

社員食堂のカレーとはいえ、具が大きめで食べ応えがあり、番人受けするほんのり甘みを感じる辛さで美味い。

それでいてワンコインという安価で人気のメニューだ。

セルフの水を同じ盆に乗せ、席に着く。

人通りが多いと気が散るので壁際の端に座ってひっそりと食事を取る。

うん、今日も変わらず美味い。

食堂を利用しているのは自分以外では二、三組。

これだけ少ないと意識せずとも会話が聞こえる。


「何件とれた?」

「全然ダメ。客来ない」

「ノルマキツすぎだよね」


ダレきった女性スタッフがドリンクを飲みながら愚痴りあっている。

会話の内容は時期からしてお中元だろう。

7月に入ってお中元の特設コーナーができたのでそこの担当になったと思われる。

オンラインで注文するのが主流となっている今、わざわざ商業施設の売り場に足を運ぶこと自体減っている。

その中でノルマがあるのは確かに辛い。

売り場で達成できなかったノルマは自主回収になってしまうので、身内や友人に頼むという手段に出るスタッフを毎年見ている。

ちなみに冬も同じ光景になっていた。

去年の冬は、何人かにカタログを渡され、買うよう強要されたな……

一番安い菓子の詰め合わせを実家と兄夫婦に贈った。

協力をしてもいいがせいぜい3件。それ以上は送り先がない。


「あのー」


食事を終わらせたところで、スタッフの一人がこちらに来た。

手にはカタログ。

さっそくか。


「お中元はもう決まってますか?」

「いいえ」

「よかったら……お願いできませんか?」

「あぁ……はい。いいですよ」


今年も、お中元商戦に参加せざるを得なくなってしまった。






ダイニングのテーブルにどさりとカタログを広げる。

パサ、ではない、ドサ、だ。

1日だけで何冊渡されたか。

厚さ数センチのカタログと数ページのパンフレットが複数。

断るのが面倒でもらってしまった。

その所為でもっと面倒なことになっているけれども。

断ることで角が立つのも嫌だし、仕方ないと割り切った。


「今年も多いな」

「おう。協力しろ」


ビール片手に覗き込んできた金子にカタログを一つ渡す。

同じものがもう2つあるからそのまま自室に持っていってくれも構わない。


「構わんが。数に制限は?」

「好きなだけ頼めば」

「うむ」


席についてカタログを眺める。

仕事だと思わなければ楽しいのかもしれない。

どちらかといえば現物購入の方が肌に合っているが、カタログを見るのも嫌いじゃない。

季節のおすすめから始まり、菓子の詰め合わせ、ビール、コーヒー、果物、ハム、日本酒。

食品がメインだ。

前回、実家には菓子を贈っているから他のものにすべきか。

忙しい両親と成人したばかりの弟にアルコールを贈るのも、抵抗がある。

特に父親は好んで飲むタイプではないのでアルコール以外を選びたい。

母親は各所に顔が広いので毎年えげつない数のお中元とお歳暮が届く。

なので、賞味期限が長くお裾分けができるものがいい。

だから果物などの生もの、分けづらいハムは除外される。

つまりせんべいやクッキーがベストなのだ。

余所への差し入れや来客の茶請けにもいいだろう。

実家には今度も菓子に決める。種類は変えるけれど。

兄夫婦には、小さな子供いるので野菜ジュースでいいか。

専用の用紙に欲しい商品名と番号を記入する。後日担当者に渡せば完了だ。


「あ。高田先輩、今年ももらってきたんですか」

「おう。お前も使うか?」

「俺は取引先から頼まれてるんでいいっす」


髪から水滴を滴らせながら小石川がやってきた。

人付き合いが基本の営業職は頼まれることが多そうだ。


「俺が頼めるのは実家と中学時代の友人くらいっすけどねー」

「中学時代のヤツと付き合いあるのか」

「実家に帰った時とか。え、ないんすか?」

「帰らないからなぁ」

「うん。もう2年帰ってないなぁ」

「金子先輩、実家どこでしたっけ」

「中国地方」

「結構遠いですね」

「帰るのめんどいよな」

「高田先輩は近いでしょ、実家」


金子に比べて、いや、この家では誰よりも近い。

家にいると母親の趣味兼仕事に巻き込まれるので年に数える位しか帰ったことがない。

現在、弟が一身に引き受けてくれているので感謝している。

中学の同級なら健吾が身近にいるが、あいつ以外の付き合いは薄い。

同窓会などの集まりもいったことがない。


「なあ」


カタログを真剣に見ていた金子が呼びかけた。

指名がなかったので両方にだろう。

小石川と同時に金子を見る。


「お前たち、俺に贈らないか?」

「はあ?」


同じ家に住んでいるのに何故買わねばならんのか。

二人で冷たい視線を送る。

金子に対して、小石川の対応が雑になったな。


「俺は家主だぞ!」

「家賃払ってんだろ」

「先輩用に買うならスーパーで買いますよ。ギフトは高い」


居候なら喜んで贈らせてもらうが、毎月定金は払っている。

俺に至っては飯も作っている。

金子に贈れと言うのなら、こちらにも贈って貰いたいくらいだ。

金子が見ているカタログのページを盗み見る。

金子が好んで飲んでいるビールのセットの写真が並んでいるページだった。


「人からもらったビールは美味いだろうなあ」

「自分で買っても同じ味だ。よかったな」


わざとらしいセリフはシャットダウン一択だ。

家用に買うなら普段買えないような高級食材がいい。

ブランド和牛とかお高い海鮮とか、またはなかなか買えない高級店の惣菜とか。

暑い日が続くのでアイスクリームも食べたい。

酒は嫌いではないが、好んで飲むほどではない。

喉が渇いたら水か茶で十分なタイプだ。

コーヒーは好きだから、ドリップコーヒーのセットか水で割るポーションセットなら買ってもいい。


「あらぁ。何見てるのー?」


日付が変わるギリギリで真澄先輩が帰宅した。

車通勤なので飲んでいないと思うが、やたら機嫌がいい。

テンションが高いのはいつものことだけれど。


「お中元です」

「高田がいつも職場で頼まれるので手伝ってるんですよ」

「そういえば、お歳暮の時期もパンフレットが山積みにされてたわねー」


真澄先輩も営業職なので、取引先から頼まれていそうだから協力要請をしなかった。

年末はお互い忙しいので時間が合わず、顔を合わせる機会が少なかったと記憶している。


「蝦名さんも見ますか?」

「見る見る」


小石川がカタログを1冊渡す。

お中元のカタログはやはり食品が多い。

カタログギフトも需要が高いが、人気はやはり消えものである食品だ。

種類も豊富なので選びが甲斐がある。

他は、タオルセットや洗剤セットなど生活用品が多い。

フラワーギフトもおしゃれだが、お中元らしくない。

時期的に盆だ。勘違いされるのは怖い。


「これ、美味しそ~」


真澄先輩がカタログの1ページを指さす。

お取り寄せでも定番の洋菓子だ。


「こっちもいいわよね」


今度は地方特産の高級フルーツ。

メロンではなくシャインマスカットを選ぶあたり、先輩っぽい。

これもいい、と指差したのは珍味を使った惣菜に箱に入れられた和牛ロース。

先ほどから自分が食べたいものを見ている気がする。

もしかして、協力しているのではなく、いいなと見ているだけなのだろうか。


「真澄先輩。注文するんですか?」

「え? えー、贈るとこないし。見てるだけよ」


勘当同然に実家を出てきた先輩が、進んで実家に関わろうとしない。

学生時代の友人とも疎遠。

付き合いが深いのはこの家に住む奴らと職場の人たち。

それでも人当たりがいいので多方面に知り合いがいそうである。

仕事で必要な分は会社で処理しているらしいので、お中元自体に無頓着らしい。


「なあに、これノルマ?」

「まあ。俺のじゃないですけど」

「ふーん」


興味無さげにぱらりとカタログをめくる。

金子は実家用にひとつ選んで、記入した用紙を渡してきた。

ひとつでも利用してくれるのはありがたい。

金子らしく、有名メーカーの食品油の詰め合わせ。

毎日使うものだしギフトの定番だ。


「ねえねえ。この家でもひとつ買わない?」

「ノルマうんぬんは俺と金子分があれば面目は立つんで、いいっす」

「そういうのじゃなくて。たまの贅沢しようってこと。みんなでお金出し合って、美味しいもの食べましょうよ」

「お中元の意義」

「いいじゃない。桃食べたくない?」

「……食べ損なって茶色くぐちゃぐちゃになった未来しか見えない」


時々健吾が買ってくる食材たちを思い浮かべる。

1種類を大量に買ってくるから食べきれず職場に持っていったり、冷凍庫にいまだに眠っているものだってある。

そんな家に果物なんて買おうものなら3分の1……いいや、半分がゴミ袋に行きそうだ。


「もう! じゃあ私が買うわよ! 私が食べたいものでいいわね!?」

「生もの以外、冷凍できるもので」

「注文多いわね」


パンフレットを再び初めから開く。

季節のおすすめをスルーして、次の高級フルーツのページに移る。


「さくらんぼ食べたいなぁ」

「はいはい」


だから生ものはだめだって言ったはずだ。

次はアイス。

俺的にはありだが、甘いものが苦手な男がいる。

案の定、渋い顔で先輩を見ている。

真澄先輩の奢り飯なら全員が食べられるものが好ましい。


「あ。これなんてどうです」

「なあに?」


ぺらぺらとページをめくり、和牛をとばし、海鮮をとばし、菓子をとばし、ビールやジュースをとばし、差し出したページはレトルトや冷凍可能な惣菜の写真が並んだ一面。

なんだかんだ時間に余裕があれば飯を作っている。

炒めてあえるだけ、茹でてかけるだけ、焼くだけ、と簡単ではあるが他の奴らよりだいぶマシ。

半ば好んでやっているため文句を言いようがないが、全員分作るのは面倒だ。

楽したい。

レトルトなら温めるだけ。

おかず系ならみんな食えるのでちょうどいい。


「有名店のお高いカレーにハンバーグに中華丼のレトルト……」

「こっちも美味しそうですよ。中華街の有名店監修の飲茶セット」

「夏季限定、焼き鳥詰め合わせ50本セット。いいな」

「俺的には缶詰がベスト。長期保存できる上、そのまま食っても美味い」


そうめんやうどんも茹でるだけという簡単調理でメイン食を張れるが、そろそろ健吾が買ってきそうなのでここはあえて避ける。

確か、今回は北陸へ行くと言っていた。

土産だと言って差し出されされるダンボールに印刷されたロゴが見えるようだ。


「じゃあ多数決。レトルトカレーがいい人!」






夜だというのに、蝉の鳴き声が聞こえる。

蝉にとっては朝だろうが夜だろうが関係ない。

ただ、聞いている側にとっては暑苦しいだけ。

それもすべて窓の向こうのこと。

冷房が効いた部屋でからんからんと涼しげな音が鳴る。

同時にズゾゾゾゾーーと品がない音もするが、馴染みがあるのか不快には感じない。


「夏って感じね」


ガラスの器に泳ぐそうめんを氷の隙間からすくい出す。

用意した付け汁は市販のカツオ出汁に醤油を足したよくある麺つゆ。

さっぱりしたものが食べたいとか言う奴がいたので、レモン出汁も用意した。

初めは美味いと言っていたが、3杯め以降は麺つゆ一択になった。このやろう。

薬味は擦り下ろしたショウガ、ネギ、かぼす。

ミョウガも入れたかったが、前に出した時にまるっと余ったのでそれ以来出していない。

彩りも気にしない。男しかいないのだから気にする必要もない。


「蝦名さんは出張で3日いなかったからいいじゃないっすか」

「5日もそうめん食ってれば、そんな感想出てこねーわ」

「バリエーションは変えてるだろ」

「熱いか冷たいかか、汁の違いだけな」


予想通り、長距離運送から戻ってきた健吾が買ってきた箱一杯のそうめん。

乾麺だしそこそこ日持ちはするが、夏のうちに食べきらないと餅の二の舞になる予感しかしなかった。

昨日は真澄さんが冷蔵庫に残した賞味期限ギリギリの豆乳で作った汁を出したが、あまり評判が良くなかった。

結局慣れた味がいいわかったので、もう変わり種は出さないと決めた。

そして、もう一品。

先日お中元で真澄先輩が買ったものがそうめんの横に並べられている。


「美味しー。買って良かったわね」

「ビールにも合って、そうめんにも合う」

「これって夏が旬なんですか?」

「確か、春と秋だな」

「いいじゃん、うまけりゃさ」


そうめんの合間にお中元で届いた鰹のたたきに箸を延ばした。

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