ゴールデンな祝日
※コロナ禍な世界軸ではない現代です。
空を見上げればカラフルな魚が泳いでいる。
風に乗って舞うそれらは、家に男の子がいる象徴。
住宅街ではごくごく見られる光景だ。
少子化だ、景観不良だ、事故に繋がるだと飾る家は少ないが、まったく見ないことはないのだろうか。
子供の健康を願って飾るんだ。力強くたなびいてほしい。
それはさておき、一仕事を終え家路についている。
今回は4日ぶりの我が家だ。
長時間拘束、長距離運転も楽じゃない。
がさごそと耳障りな袋を下げている。
中身はこの時期にぴったりなあれだ。
以前からサービスエリアや現地でいろいろ買っていったが、あんまり好評ではなかった。
特に魚。
未だに半年以上前のが冷凍してある。
肉なら1日でなくなるのに。
野菜も少量なら喜ばれたが(特に善行に)段ボール1箱は微妙な顔をされる。
なので、今回は菓子。
甘党もいるし、ちょうどいい。
長期間家を空けると女の所だパチンコだって言われるのは不本意だが、後輩くんにもやらんことはない。
パチンコは行くけど、女の所は……今年の頭にちょっと顔出した以来だな。
あっちも本命いるし、入り浸るのもなんか悪い。
厚顔無恥とか勝手に人格決められてるけれど、他人に対して罪悪感ぐらいは持っている。
見ず知らずの赤の他人に遠慮とかはしないけれど。
……あー、そうそう、これはあれだ。
年末にやってたやつだ。
「え、生丸さんも買ってきちゃったんですか?」
「…………ん」
花見団子を買ってきて以来、小石川はちょいちょいそこの商店街の和菓子屋に寄るようになった。
大福がうまいんだ、ここ。
それで時期だし、買うよな、柏餅。
柏の葉の香りがほんのりついたつやつや餅にあっさりめのこし餡が包まれている。
いかにも職人さんがつくりました! っていう美味そうな柏餅。
一方、オレが買った柏餅はスーパーで売ってた製パンメーカーのやつ。
美味いんだろうけれど、老舗のプロに及ぶかといえば自信はない。
比べるものでもないんだけど、誰が作ったかとか関係ないんだけれど、ちょっと凹む。
しかも生餅だから時間が経つと固くなる。
「こっち先に食おうぜ」
小石川が買ってきた方を手に取る。
仕事で体力削られ、家帰って来て精神的に凹んだ。
とりあえず寝よう。
車上泊で体が痛いから自室で大の字になって寝たい。
風呂はそれからでいい。
トントンと階段を上がり、一番手前の自室を開ける。
ベッドなんてない。
床にマットレスを敷いただけの寝床にダイブし横になる。
荷物は脇に放った。
左手には握った柏餅。
葉を剥いて餅をむさぼった。
「うめぇ」
甘いものはそんなに食わないけれどあんこは嫌いじゃない。
ほとんどの洋菓子が食えないオレに母が用意してくれた菓子は最中や大福などの和菓子。
5月は必ず柏餅を買ってきて家族で食べた。
滅多に帰らないけれど、家族は元気だろうか。
柏餅を食べたら眠気が本格的に襲ってきたので抵抗せず目を瞑った。
食った直後に寝るのは良くないって言うけど、本当だろうか……
「今年は何のケーキにするんだ?」
5月の初め、ゴールデンウィークが始まった日に仕事から帰ってきた父親が聞いてきた。
何の、って聞かれてもケーキなんて買ってもらったことはない。
ケーキ食べないの覚えていないのだろう。
母親に嗜められて、ああ、なんて言っているが謝罪の言葉もない。
気にしてないし、言われても困るけど。
5月、ゴールデンウィーク真っ最中に誕生日が来る。
学校は休みだし、休日まで遊ぶ友人もいないので祝ってくれるのは家族のみ。
誕生日は覚えていても息子のアレルギーまで覚えていない父親だが、嫌われてるとか愛されていないとかではないと思う。
自分にアレルギーがないから頓着しないだけだろうな。
「柏餅買ってきたからそれ食べてちょうだい」
「こどもの日だなぁ。ほら、健、好きなの選びなさい」
どれも一緒だろ、と思いつつ大きそうなものを受け取る。
美味そうに食べていたのか両親はにこにこと笑みを浮かべてこちらを見ていた。
何がそんなに嬉しいのか。
照れ臭くてむず痒い。
「美味いか?」
「もう1つ食べる?」
貰えるものなら貰うけど。
両働きで普段遅くまで帰ってこない両親。
一人で夕食を取る日も少なくない。
だけど、この日だけは2人とも少しだけ早く帰ってきて、一緒に夕食と柏餅を食べる。
何でもない日だけど、特別な日。
ふっと目が覚めた。
あたりは真っ暗。
手探りでカバンを手繰り寄せ、入れたままのスマホを取り出し画面を見る。
10時過ぎてる。
長く寝た。夢も見た。
昔の夢だった。
「そんな時期か……」
今年もまた1つ歳を取る。
思い入れも感慨もない。
世間は祝日で少し浮かれているけれど、365日の1日でしかない。
目が覚めたけれどまた寝てしまおうか。
腹が小さく主張する。
昼飯を食って、帰って柏餅を食べて寝た……
そりゃ腹も減る。
余り物でも腹に入れておこうと身を起こす。
外は暗くてもまだ10時。
誰か、というかみんな起きているだろう。
善行がいるのがベストだけど、もう帰ってきているだろうか。
祝日の連休は休みなし。客数が多くなるので忙しさも倍。
機嫌の悪さもいつもの倍。
ゴールデンウィークと年末年始、あと盆前後。
接客業の休みは一般とズレるからな。
タンタンと階段を降りる足が少し重くなった。
ダイニングのドアを開ける。
電気をつけても薄暗い廊下に白い光が伸びた。
眩しくて目を細める。
「よう」
ダイニングと続きになっているキッチンに立っていた男がいる。
この家男しかいないけど。
「……おかえり」
「ん」
料理しているのかコンロの前にいる。
夜食を作っているのならついでにもう一人分頼みたい。
「腹減って降りてきたんだろ」
「せーかい。なんかある?」
「今用意してるから座ってろ」
「やりっ! 持つべきものは料理好きな友人だなぁ」
「別に好きってわけじゃねぇよ」
善行は大きな鍋を火にかけた。
中は何も入っておらずただの水。
茹でるにしても具材は見当たらない。
湯が沸騰したら上にもう一段鍋を重ねる。
この家、蒸し器があったのか。
家にあるキッチン用具のほとんどは善行が持ち込んだもの。
新たに買ったものもあるけれど、レンジとか。
善行が持ってたやつが去年壊れたので新調した。
温めだけできればいいからシンプルで安いやつだけど。
エコバッグから大きな袋を取り出す。
口を開けて中身を4つ蒸し器に並べる。
「なにそれ?」
「粽。正社員に買わされた」
「ほーん」
善行の勤め先はデパートに入っているテナントなので、自社以外の店とも関わりがある。
この場合、正社員とは自社ではなくデパートの方の社員だろう。
お歳暮やらお中元やらの時期もノルマの手伝いとかで買わされる。
最近はネット販売が主流となっているので、わざわざ店に来て買う客も減っているらしい。
こんな時、善行が買うのは家ですぐ食える食品ばかり。
「何で粽?」
「端午の節句だから」
「端午の節句っつったら柏餅じゃねーの?」
「それもあるけど、粽もそうなんだよ」
「ふーん?」
数分で蒸し上がった粽をテーブルに持っていく。
「飲む?」
「いらん」
「じゃあ、オレも」
冷蔵庫からウーロン茶のペットボトルと2人分のコップを出す。
粽は中華料理のイメージがあるからウーロン茶、って安易かもしれない。
「他の奴らは?」
「金子と小石川は外行ってから帰ってきてない。真澄先輩は風呂」
「真澄ちゃん長ぇもんな」
降りてから10分近く経っているけれど善行以外の気配がない。
昼は小石川いたのに、出かけたのか。
飯にしては遅いけど。
ともかく自分の空腹を満たすことが優先だ。
蒸したての粽を手に取る。
ぐるぐるに巻かれた紐を解いて葉を剥く。
細長いので笹の葉かな。
中から出てきたのは茶色いおこわ。
香ばしい醤油の香りに腹が鳴った。
粽が熱くてずっと持っているのはしんどい。
だが空腹のが優っている。
おにぎり型のてっぺんをがぶりつく。
米はもちもち、具が多くて食べ応えがある。
濃い目を味付けだけどくどくなく、ついつい食べ進めてしまう。
2つ目を手に取る。
表面は冷めていたけれど、中はまだほかほか。
あっという間にぺろりと食べてしまった。
餅米で腹持ちがいいから2つで十分だ。
「ふー、食ったぁ。ごちそーさん」
「おそまつさまでした」
「つくったわけじゃねーだろ」
「買って蒸しただろ」
「そりゃ、ありがとうございました」
おこぼれ預かっている身としては、分けてもらえるだけでもありがたい。
いつものことだけど。
「あのさ」
善行も2つの粽を食べ終え、ウーロン茶を飲み干していた。
食べ散らかした笹の葉を皿にまとめている。
オレは2杯目の茶を注いだ。
「実家、帰らないのか?」
正月も、その前の盆も帰ってない。
最後に帰ったのは、と指折り数える。
覚えていないほど帰っていない。
「そうねー」
「電話とか」
「するわけねーだろ。子供じゃねーんだから」
「……心配してるだろ」
「しねーよ」
そんな発想をするのは善行の家が仲がいいからだ。
ことあるごとに連絡を取り合って行き来している。
母ちゃんに呼ばれれば仕事を手伝っているし。
「盆はともかく、正月と誕生日くらいは顔出してやったら?」
「お前はオレのかーちゃんかよ」
「似たようなもんだろ」
確かに。
世話焼いてもらっている自覚はある。
いくら付き合いが長くても、実家のことまで口出される覚えはない。
めんどくさいことになる前にこの場を離れたいな。
「いいじゃん、帰んなくてもさ」
「帰りたくないなら帰らなくてもいいけど。せめて電話くらいしてやれよ」
「めんどくせぇー」
「…………こっち向け」
「んあ?」
パシャリ、と善行のスマホからシャッター音がする。
突然のことでキメ顔対応できなかったが、写真を撮られたようだ。
なんでいきなり写真を撮られるんだ。
それからポチポチとスマホを操作している。
しばらくしたら通知音が鳴った。
まさかどこかに写真を送ったのか?
「なにしてんの?」
「お前の親に写真を送った」
「は?」
「ほら」
見せられた画面はチャットアプリ。
さっき撮った写真が添付されており、その返信が来たようだ。
『写真ありがとう。元気そうで安心しました。』
『誕生日おめでとう、って言ってもらえるかな。』
「自分で言えよ」
「お前が連絡先教えてないからだろ」
「てか、なんでお前がうちの親と連絡取り合ってんだよ。つーか、いつから」
「2年くらい前だな。不良息子が心配だからって、うちの親経由で連絡先もらった」
「なんだそりゃ」
互いの家が親交あるのは知っていたけれど、スーパーで会ってちょっと世間話する程度の仲だろ。
接点の片方が知らないのにいつの間にこんなことになっているんだ。
「今ならすぐ出るんじゃねーの?」
「わーったよ!」
善行のスマホを借りるわけにもいかないので一度部屋に戻らなくてはいかない。
コップに半分残っているウーロン茶を一気に飲み干し、席を立った。
「健吾」
善行の声に振り返る。
まだ何か言いたいことがあるのか。
「誕生日、おめでとう」
「!」
端午の節句、子供の日が誕生日。
親はどんなに忙しくても、この日だけは絶対に祝ってくれていたのは、中学まで。
学校は休みでよっぽど親しくなければ誕生日なんて聞かない。
友人が祝ってくれることなんてほとんどなくて。
今では善行くらいしかそんなこと言ってこない。
金子や小石川に誕生日を聞かれたことも明かしたこともないしな。
「サンキュー」
毎年、どんな顔していいかわからずつい目を逸らしてしまう。
戻ったら実家に電話するけど、やっぱりどんな顔していいかわからないだろうな。